だいすき

基本的に自分の好きなものについて綴っていきます。嫌いなものやどうでもいいこと、さらに小説なんかもたまに書きます。

一筆入魂!! (前編)

2006年11月27日 00時01分10秒 | オリジナル小説
 いまが二十一世紀なのは知っている。ITって言葉だって知ってるさ。だがな、こういうのは色気が大事なんだよ。艶っぽさというか、ロマンといってもいいや。だから俺はメールなんか送らない。
「でも……」
 せっかく説明してやったというのに、芳人は釈然としていない。
「ラヴレター、だろ?」
「ラブレターだ」
 胸を張って答える。好きな女性に告白するんだ。他にないだろう。
「ださっ」
「ださってなんだ!」
 大声で怒鳴りつけるが芳人は動じない。
「えっ、なに、昭和? オールウェイズ? フォークソング?」
「なんだ、フォークを馬鹿にするつもりか?」
 俺は右の眉を吊り上げる。
「別に馬鹿にしちゃいないが……。んでムッシュ」
「ムッシュ云うな!」
 芳人の言葉はいちいち気に触る。
「マジでラブレターなわけ? いまどき? うわっ、キモッ!」
 いい加減腹が立ってきたから芳人の頭をひっぱたく。
「うるさい! ラブレターのなにが悪い。メールなんかじゃ俺の想いは伝わらないんだよ。第一、悪戯だと思われたらどうする」
「いってぇな。勘違いされた方がマシだろ。誤解は解けばいいんだ。いまどきラブレターなんか書いたら、気味悪がられて一発でアウトだね」
 頭をさすりながら、もっともらしい意見が出てくる。
 そうなのか。ラブレターってそんなキモいのか。ずっと憧れていたのに。好きな女性が出来たら、絶対ラブレター書いて告白するって決めていたのに。ラジオで流れた昔の曲を聞いて以来ずっと思っていたのに。
 固めたはずの決意が揺らいでいく。胸を込み上げる不安が胸を締め付ける。
「それに本気を伝えたいなら直接コクれ」
 恐ろしいことをサラリと云いやがった。なんて奴。中一の時から四年間、腐れ縁を続けてきた親友が、情け容赦ない地獄の閻魔大王に姿を変える。
「そんななぁ、紙に綴った文字で漢の本気が示せると思ったら甘いんだよ!」
 うっ。こいついま絶対『男』を『漢』と云った。
 違う。こいつは俺の知る芳人じゃない。俺の知る芳人は『男』を『オトコ』と云う奴だった。
「い、いや、でもさ。初めての告白でいきなり直っていうのは、上級過ぎやしませんか?」
 見知らぬ親友を前に、言葉使いもあやしくなる。さっきまでの勢いは露と消え、自然おどおどした態度となる。
「ちゃんと喋れ。告白に初級も上級もないだろ。本気なら、らしい態度を示せよ」
 芳人の云うことはもっともだった。だが、正しいということを簡単に実践できるのならば、この世に苦労という文字は存在しないのだ。
「わかるけど。わかるけれどもそれはちょっと……」
 消え入りそうな声。情けないのも、意気地がないのも自覚している。
「けっ! ヘタレ野郎が。いいか、本物の漢って奴はな……」
 なぜか芳人は熱くなっていた。知る限りで最もチャラチャラしていることでお馴染みの彼が、この後なにを語るのか大変興味深かったが、責められている身としては呑気に耳を傾けているわけにもいかない。
 云い返す言葉もなかった俺は、とりあえず敵前逃亡を図ることにした。
「うっ、うるさいな! 俺のことはほっといてくれよーー!」
 我ながら胸に残る捨て台詞だ。放課後の、帰らずに暇を潰していた退屈な生徒が数人残る教室を後に、俺は廊下を駆け出していた。背後から芳人の怒声が追って来る。
「待て、こらっ!」
 まったく、なんであいつが熱くなってんのさ。わけわかんないよ。
 なんだかフラストレーションが溜まっていたので、全力で校舎の外まで走った。校門を出た所で息を整え、気持ちを切り替える。
 嫌なことは忘れてしまえばいい。面倒なことも御免だ。
 そのまま、暗くなりつつある細い通りを、駅へと向って歩き出す。
 忘れたはず、切り替えたはずなのに、角をひとつ曲がったときには、もうさっきのことが頭の中を占拠していた。
 やっぱ直に云った方がいいのかな。確かそっちの方がグッとくるよな。夕焼けに染まる公園。街灯の照らす夜の帰り道。朝のホームでもいいや。いつ、どこでだとしても、燃えるシチュエーションではある。
 でも、緊張するな。絶対顔真っ赤になる。下手すると噛んじゃうかも。うわっ! そうなったら最悪。恥ずかしすぎる。どうしよう、初めての告白で「つきです! すきあって%$&%$」なんて云ってしまったら。うぅ、そうなったらもう生きていけない。もう二度と人を好きになることなんて出来ない。
 ダメだ、ダメー! 直に告白するなんて絶対ダメ。
 となると、メールか……。
 メールは、まぁ、悪くないよね。好みじゃないけど。好みじゃないけど、確かにいまどきだ。手頃だしね。固く考えずにさ、気軽に「付き合わない?」なんて送ればいいんだ。うんうん、簡単だよね。楽勝、楽勝。
 ……でもなぁ。やっぱ味気ないよなぁ。
 悩んでいるうちに、いつの間にか電車の走る音が聞こえてきた。高校に入ってからずっと通っている、ありきたりな私鉄沿線の駅が見える。
 なんてことのない駅。小さくて、古ぼけていて。それなのに視界に納めると、改札に近付くと胸の鼓動が早くなる。抱えていたモヤモヤは消えたわけではないけれど、ホームの右端に立ついま、胸を占めるのは淡い願いだけ。
 すがるような目つきで右側をずっと見続ける。乗るべき電車は出てしまった後だから、次に来るのは八分後ぐらいだろ。その電車に、どうか乗っていますようにと神に願う。これまで一度として会ったことはないのだから、そろそろ出会えてもいいはずだ。部活をやっていたら無理な願いかもしれないが、それでも会えることがあってもいいはずだ。
 神への願いは三十回を越えていた。いい加減、念だけで人ひとりくらいなら殺せそうなほど想いは高まってきている。
 今日は、今日こそは!
 告白をどうするか、というよりも大事な目先のイベントごとに、俺は集中していた。
 時計なんか見ていなかったから、感覚的には三十分ぐらい経っているような気がした。 実際には定刻通りに電車はやってきて、俺の前に速度を落としながら滑り込んでくる。
 目を皿のようにして電車の中を探したが、麗しい姿を見つけることは出来なかった。別段優れた動体視力を持っているわけではないんだから、見つけられなくても当然さ。心の中で言い訳を呟きながら、最後尾の車両に乗り込んだ。
 そこから先頭車両までを、さりげなく通り抜ける。目当ての姿を見つけるために。じろじろと探る必要はない。面影はしっかりと覚えている。匂いや気配だってばっちりだ。
 だが、電車の中に求める光輝を見つけることは出来なかった。
 深いため息をついて、先頭車両の運転席手前の壁に寄り掛かる。日頃の行いか? 俺が世界平和に貢献していないために、神はかくも見事に俺の希望をかなえてくれないのか?
 動き出している電車の中で、初めこそ馬鹿なことを考えていたが、やがて今朝のことへと思いは移っていた。
 いつもと同じ時刻。いつもと同じ場所。いまはくたびれた顔をしているサラリーマンが寄り掛かっていた、前から三両目の二番目のドアのところに女神は立っていた。
 背中の辺りまで伸びた艶のある黒髪。いつも憂いを湛え流れる景色を見ている瞳。化粧はそれほど厚くない、と思う。かすかにリップクリームを塗っているくらい。それが校則だからなのか、普段からそうなのかはわからないけど、俺はする必要がないからだと思っている。化粧なんかしなくても、彼女は充分綺麗だ。
 背は、女性にしては高いほう。わりと長身の部類に入る俺の口の高さに彼女の頭はある。いい匂いもする。何回か彼女の側に立つことが出来て、その度に気を失ってしまいそうだった。
 身体のラインは……。やめよう、そういうのはちょっと不潔だ。身体が目当てってわけじゃないし。芳人なんかは強く否定するだろうけど。そりゃあ、エッチに関心がないとは云わないけど、それでもこれは違うんだ。誰にもわかってもらえないだろうけど、これはもっとピュアな想いなんだ。
 その想いは、一月ぐらい前に始めて彼女と出会ったときから変わっていない。



 彼女と出会ったのは、広義な捉え方をすれば妹のお陰といえるだろう。妹はその日学校でなにかの行事があったらしく、いつもより早起きをしてはなにやら騒いでいた。俺はいつものように前日の夜遅くまでゲームをしていて、目覚ましが鳴るギリギリまで寝ていようとしていたから、部屋の外の騒々しさに耐えられなくなり、眠い目を擦りながら文句を云いに行ったのだ。そうしたら中二になっても相変わらず元気一杯で、自前の辞書からおしとやかという文字を消していそうな妹に、「うるさい、お前もとっとと起きて学校行け!」と思い切り蹴りを入れられてしまった。
 痛む尻をさすりながら、俺はまだ見ぬさわやかなる朝に別れを告げ、仕方なしに家を後にした。親が安易につけた弥生なんていう和風な名前より、カトリーヌとかのアメリカ全土を荒しまわりそうな名前が似合う妹の相手なんか、これ以上していられない。この時間なら芳人はまだ来ていないだろうが、眠りを妨げる奴もいない。一時間目は出席を取らない古川の授業だし、そのまま寝てても問題ないや。
 大きなあくびを隠しもせずに、呑気に考えていた。このときまでは、ありきたりないつもの一日の始まりだったのだ。
 駅について、ぼうと電車を待つ間も変わらない。だが、俺が気づいていなかっただけで、変化は電車と共に俺の前へと訪れたのだ。
 電車に乗り込んだ俺は、人込みに押されて反対側のドアにもたれかかった。
 やれやれ、早起きは三文の得だなんて嘘だな。嘆きつつ、流れゆく景色を眺める。そのときだ。芳しい香りが鼻先をくすぐったのは。
 電車の中で鼻につく匂いといえば、サラリマーンの汗の匂いだとか、OLの厚化粧の匂いとかそんなのばかりだ。だから嗅いだこともないような良い香りを嗅いだときは、本当にびっくりした。香りの元を突き止めようと視線を走らせ、隣に立つ彼女に気づいたときには、もっとびっくりしたけれど。
 彼女はまさしく美の化身であった。俺が追い求めていた、思い描いていた理想の女性そのものだった。もちろん、見た目の話だ。一目見た瞬間に頭や性格の良さまでわかるはずないから。それでも、彼女はきっと優しい性根の持ち主で、誰に対しても明るく笑いかけ、その笑顔だってとろけるくらいに可愛らしいに違いない、と瞬時に想像できてしまうほど美しかった。
 まだ衣替えも済ませていないような季節で、電車の中は少しも熱くなんかなかったけど、俺の顔は真っ赤になり、身体中が熱くなってきているのがわかった。心臓の鼓動も痛いくらいに激しさを増している。
 ダメだ、ダメ。このままではどうかなってしまう。俺、ここで死んでしまう。
 彼女の顔なんか見ていられなかった。そんなこと耐えられない。電車の外に目を向け、拷問に似た幸福なひとときを必死に耐え続ける。
 駅までの二十分間がこれほど長く感じられたのは初めてだ。
 ようやく電車が止まり、人込みに紛れて外に出た。改札口へ向う人の流れに逆らいながらホームに佇み、去って行く電車に視線を向ける。ちらと見えた少女は相も変らぬ姿勢のまま、あっという間に遠ざってしまう。
 この日、俺は学校に遅刻した。その後ホームで、一時間ばかり立ち尽くしていたからだ。乗客のほとんどいなくなったホームで我に返った俺は、この日のことをしっかりと胸に叩き込んだ。初恋記念日として。



 初めて恋に落ちた日の淡い想い出に浸りながら、いつもよりちょっと早い時間に帰宅した。真っ直ぐ自分の部屋に向う。妹はまだ戻っていなかったから、隣の部屋の騒音に邪魔されることはない。いまのうちに考えをまとめよう。
 とはいえ、結論はもう出ている。初めて会ったあの日から、それはわかっていたことだ。あとは、いつ勇気を振り絞るかっていうことと、どうやって告白するかっていうことだけ。
 勇気は、いつだってみせてやる。というより、もう自分の恋心を抑えておくことができない。告白は恥ずかしいし、ふられてしまうかもしれない、ということを考えたら途端に足が震えだしてしまう。それでも、内に溜めておくことは出来ないから、恥ずかしくてもなんでもやるしかないんだ。
 ではどうやって告白するか。直か。メールか。
 ……ラブレター、だな。
 芳人の云っていることが理解できないわけじゃないし、メールやなにかの方が受け入れられやすいというのもわかる。それでも、俺は自分の理想を貫きたい。それでフラれてしまうというのなら、いいさ、見事に散ってやる。というか、絶対ラブレターっていいよ。こっちの方がすごいロマンチックだって。
 想いを込めた手紙を渡すときのドキドキを想像しながら、俺は机に向う。
 まず、書き出しはどうしよう。ここは普通に『はじめまして』かな。初めて接するわけだから、おかしなことはないはずだ。けれど、なんか固い気がする。もう少しやわらかいてもいいんじゃないかな。それにラブレターは手渡しするんだから、『はじめまして』を云うならそのときだろ。
 『はじめまして』が違うんだから、『好きです。付き合って下さい』が王道か。いや! いやいや待て待て、それはおかしいだろ。いくらラブレターとはいえ、開口一番にそれか? こういうのはもっとこう前置きとかがあって、気分を盛り上げて、そんでもってドドーンと告白するんじゃないのか?
 まったく、初めてのことで舞い上がるのもわかるが落ち着け、俺。これは大事な手紙なんだ。これには俺の一生がかかっているんだぞ。
 浮き足立つ気持ちをなんとか抑えつけ、懸命になって自分の想いを綴ろうとする。
 知らぬ間に、だいぶ時が過ぎてしまっていたようだ。ドアを荒々しくノックする音に気づいた時には、窓の外はすっかり暗くなっていて、時計の針も八時を廻っていた。
「おい、俊之。夕飯できたってさっきから呼んでるだろ。とっとと降りてこいよ」
 粗野で粗暴な怒鳴り声。次いで、一月かけてようやくつけてもらったドアの鍵の悲鳴。それを断末魔のものに変えようと、災厄の妹はやっきなっている。
「うるさいな。いま行くよ」
 書いては消してを繰り返したために、かなり汚れてしまった便箋を引き出しにしまい、俺は席を立った。部屋を出たところで、俺の言葉を欠片ほども信じていなかったマイヤンガーシスターに睨まれる。
 帰ってきてだいぶ経つのか、すでに風呂に入ったらしくショートカットの髪が少し濡れている。そこだけ見れば色気もあるかと思えるが、着ている服が子供っぽいキャラクターもののTシャツに短パンでは女として失格だ。そういえば、妹が制服以外でスカートをはいているところを見た覚えがない。見込みがないとはいえ、この段階で女を諦めるとは我が妹ながら憐れである。
「遅いぞ。呼ばれたら五秒で降りてこいよな」
 我が家はいまどき珍しく、家にいる者が全員食卓につかないと食事が始まらない。
 これは夜遅くまで帰って来ないとおさんの考えではなく、家事の全てを取り仕切るかあさんの命令だ。一家の大黒柱といえどこれには逆らえない。かあさんにべったりの妹ならなおさらである。
 そんなだから、腹を空かした野生の狼さながらの妹が、食事に遅れている俺に対して噛み付くのもわかるのだが、
「まったく、こんな時間から部屋に閉じこもってスケベなゲームなんかしてんなよ。やるならみんなが寝静まった頃にこっそりやれよな」
 いくらなんでも失礼すぎる言葉である。俺は反射的に妹の頭をひっぱたいていた。
「誰がやるかそんなもの。俺はな、お前みたいながさつで無教養な人間には到底理解できない、崇高な行為に没頭していたんだよ」
 そうさ、こんな色恋沙汰には縁もゆかりもないような妹に、ラブレターの色気なんか理解できるはずがない。こんな……、こんな……。
 思いの続きは形にならなかった。右のふとももが激しく痛んでそれどころではない。俺は廊下の真ん中にうずくまり、ふとももから全身を侵食しようとする激痛に歯を食いしばって耐えた。
「かよわい少女の頭を軽々しく叩くな。俊之のくせに生意気だぞ」
 尊大な声が上から降ってくる。生意気なのはどっちだ! と激昂して云い返したいが、痛みのせいでそれも出来ない。
 小五のときからフットサルに興味を覚え、ネットで知り合ったという隣町のサークルに参加している妹は、よき仲間に巡り会えたお陰か毎日真面目に練習を重ね、いまでは中学生ながらに高校生とも渡り合えるほどの腕前になっているという。
 興味がないので試合など一度も行ったことはないが、食事中に嬉しそうに話すかあさんの話しはどうやら嘘ではなかったようだ。日々の中で繰り出される殺人キックが日増しに威力を増している。このままでは近い将来、必殺シュートなんかもマスターするかもしれない。
 かわいそうに、これでますますモテなくなるな、なんて思っていると、さらに追撃がきた。
「だいたい、がさつで無教養の根拠はなんだよ。こう見えても学校じゃかわいいって評判だし、テストの成績だって上位に食い込んでんだぜ。万年、平均ギリギリの俊之と一緒にするな」
 云うだけ云って去っていってしまう。なんて勝手な奴だろう。
 足を引きずりつつ、居間に向う。なにごともなかったように席についている妹の横に腰掛け、いただきますと共に夕食が始まった。
「なあ、かあさん。子育てってやつについて、もう少し真面目に考えた方が良かったと思うぞ」
 オムライスをつつきながら斜め前に座る母親に文句を云う。ちなみにオムライスは妹の好物だ。俺の好きな牡蠣フライは、季節が限られているために滅多に食卓を飾ることはないが、妹の好きなメニューは簡単なものが多いため、月に何度も食べさせられる。妹の方が贔屓されているようなそうでないような、微妙なところだ。
「暴力は振るう。嘘はつく。このままでは、人としても女としても将来が見えないじゃないか」
「そうねぇ。それは大変ねぇ」
 わかっているのかいないのか。おっとりとした感じで母親はオムライスを口元に運んでいる。
「あたしは嘘なんかついていないだろ。勝手なこと云ってんなよ」
「テストの成績がいいのは認めるが、かわいいと評判は嘘だろ。お前のどこがかわいいんだ」
 今日のオムライスは塩加減が微妙だな、と思いつつ、妹の言葉を否定する。
「顔だろ。あるいは身体? たぶんどっちかだよ。クラスの連中如きに、あたしの本当の魅力がわかるはずないからな」
 お前はどこの何様だ!
 あまりに上からの発言に、ハリセンでもって激しく突っ込みを入れたくなったが、もちろんそんなことはしない。食事中に行儀悪いし、左の太ももも蹴られては明日からの生活に関わる。
「ちなみに、思い込みや妄想とかじゃないからな。俊之と違って、あたしはそんな気持ちの悪いことしないから。これは本当。二年になってあたしもう三人フッているくらいだもん」
 カチーン、とスプーンの落ちる音が静かな食卓に響く。あまりの衝撃発言に二の句が告げない。俺は真っ青な顔で妹を凝視していた。
「お、驚いてる、驚いてる。俊之、ナイス間抜け顔だぞ」
 無邪気に笑うその顔が憎らしくてしょうがなかった。突っ込みたいことは沢山あったが、とりあえず一番肝心なことは、
「お、お前……、フッたのか。……三人も」
 声は掠れるだけではない。震えてもしまう。サンタがいないことを知った幼稚園児と同じくらい、俺はいま動揺していた。
 だって……、だって……、フッたということは告白されたということだ。そんなことが本当にあるのか。賽の河原鬼達でさえ裸足で逃げ出すほどの恐ろしい妹に、告白した男子が三人もいるだなんて。しかも、その三人ともフッてしまっただと。
 俺は滑稽なほどに動揺していた。そんな俺を見てさらに妹はケラケラと笑う。
「うん。だってあたしモテるから。俊之と違って。ちなみに、フッたのこれが最初じゃないし、最後でもないと思うよ。だってあたしいま、彼氏作る気ないから。ま、どっかの大金持ちのボンボンがあたしに貢ぎたいっていうのなら考えなくもないけど」
「あら、そうなったら母さんにもバックとか買ってね」
 いや、かあさん。それどころじゃないから。
 相変わらずのおっとりさで妹の話しに乗っかる母親に、無言の突っ込みをいれる。
 娘が男から金を巻き上げるのを知ったら、親としてちゃんと注意しなくちゃ。いや、それ以前になんでこの暴力娘がモテるのか考えようよ。いやいや、それ以前になんで俺モテないの。
 思考回路が麻痺してきたような気がする。俺は緊急回避をする為にオムライスを猛烈な勢いで食べ、ごちそうさまを済ました。
「トシくん食べるの早いわねぇ。おかわりはいいの?」
「いらないって」
 吐き捨てるように返事を返し、ダッシュで部屋に戻ろうとする。
 だが、重要なことを思い出したので、踵を返して妹に詰め寄った。
「お前、告白ってラブレター貰ったのか?」
 真顔で聞いた。それなのに、爆笑が返ってきた。
「あははは、いないってそんな奴。いまどきラブレター? マジありえない。そんなキモい奴がいたらクラス中に情報流して、気をつけるようにみんなに呼びかけなきゃ」
 再びの衝撃が、俺の顔から血の気を奪い去った。
「そ、そうか」
 かろうじてそれだけ云うと、ふらつく足で居間を出ようとする。
「あ! ひょっとして俊之、ラブレター書いたことあるのか? もしくは、いま書いている途中か?」
 あるいは妹の本当に嫌なところは、こうした勘の鋭いところなのかもしれない。
「バッ、おまっ、なに云ってんだよ。そんなわけあるはずないだろ。てゆうか、ラブレター書くのってそんなにキモいのかよ?」
 不安を拭い去ることが出来ず、最後にそう聞いてしまったのは失敗だった。妹の顔に、これ異常ないくらい邪悪な笑顔が浮かぶ。
「当りなんだ。どうせさっき云ってた崇高な行為って奴がそれなんでしょ。うわっ、マジキモい。どうする、お母さん。高校入ってたった数ヶ月で、憐れな高校生活を送ることが決定された人がいるよ。どうしよう、イジメられた果てに三年後ニートになっていたら。そうなったら力ずくで、この世から追い出しちゃっていい?」
 あまりといえばあまりにひどい台詞だ。俺は泣き出しそうになるのをぐっと堪えることしか出来ない。そんな俺に、優しい聖母が手を差し伸べてくれる。
「ダメよ、ひどいことばかり云ってトシくんをいじめちゃ」
「かあさん……」
 普段は感じたことのない母の優しさを、俺は久し振りに実感した。
「ラブレター書いたっていいじゃない。かあさん好きよ。そういうロマンチックなの。トシくんがんばってね。失敗してもちゃんと云うのよ。トシくんの好きな料理作って励ましてあげるから」
 失敗って表現が胸に痛かった。かあさんは優しさで云ってくれているというのはわかっていた。なにかの根拠があってフラれることを前提に話しているわけではなく、優しさから、万が一。いやいや、億にひとつの可能性でそうなったとしても、励ましてあげるわよ、と云ってくれているのだ。そうに決まっている。他に捉えようなんかあるわけないじゃないか。
 俺は強く思い込もうとしたが、妹の更なる大爆笑がそれを遮り、遂にはやりきれなくなって泣きながら部屋に駆け込んだ。
 あとはもうなにもする気が起きず、布団を被って悪夢と闘いながら夜を過ごした。

コメントを投稿