気づくと机上で真っ黒なベビークリフが揺れていた。闇夜のように不吉な思いが広がった。
まあ、最後の願いくらい聞いてやっても罰はあたるまい。ベイビーの顔を見たらおいとましてこの会社の精算の算段でもすることにしようと思い直した。
「お名前は?」
「マクミラと言います」
「めずらしいお名前ですな。パパに似てかわいいお顔をしてま・・・」
最後の部分は、声にならなかった。赤ん坊のするどい爪がのどぶえを絞りあげたからだった。助けを求めて声を絞りだそうとするが、ただ意味のないうめき声だけが漏れる。
「いいこでちゅね。もうすこしそうちてなちゃい」
暗い影が近寄ると、首筋に冷たい唇を当てられたような気がした。その後、貧血を起こしたような気分になって気が遠くなっていった。その後、彼は追加融資を破格の条件で行う契約書を締結すると、最高級マンションの自室から飛び降り自殺をしてしまった。
仕事を一歩離れれば、ジェフはマクミラの忠実なしもべだった。マクミラのためなら何でもするつもりだったし、出来るだけの財力を築き上げつつあった。
あの抜け目のないプルートゥがヌーヴェルヴァーグ製薬を立て直すためだけに自分を転生させるはずがないという確信がマクミラにはあった。その確信は正しかったことが、ジェフェリー・A・ヌーヴェルヴァーグ・シニアに会った時に証明された。
立志伝中の人物である彼は尊敬と愛情を込めてJANと呼ばれていた。
数十億ドル以上と言われる個人資産は自分でも完全に把握出来ない。一代にして巨万の冨を成した男。二十世紀初頭の「アメリカの夢」の体現者のご多分に漏れずその過去と私生活は謎につつまれていた。
数年前、重病にかかってからは引退して人前に出なくなっていた。
現在はニューヨーク州北部オルバニーのブドウ畑に囲まれた大邸宅に住んでいた。一度、英国で解体してから船で米国まで運ばせて組立て直させたというヨーロッパの古城は悪趣味の極みだったが箴言できる者など誰がいただろうか。
信じられないことに彼の部屋に着くには、列車を使わなければならなかった。ゴトゴトと音を立ててロココ様式の飾りのついた列車は広大な庭を抜けて、寝室のある地下室に向かっていった。通路はあちこちにたいまつがあって暗くはなかったが、ピラミッド内部のような室内は不気味な雰囲気を漂わせている。
「なんのためでちゅか? このちかしちゅは?」
日の光が届かなくなったので、幕がかかったゆりかごから少し顔をのぞかせてマクミラが言った。
「父は太陽の日差しが苦手なんです」
「人間のくせに?」
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