ナオミは吹き出した。
「ハワイから来たと思ってバカにしているの。ファントム・オブ・ザ・キャンパスってわけ。あなたたち本当は演劇部?」
「冗談だと思うのも無理ない。だが、黒マントのあやしい人影が深夜にうろついているのは本当だ。大学のキャンパスなんて、変質者野郎にはたまらなく魅力のある場所らしい。さあ、送っていこう。泊まっているのは学生寮だね」
「送ってくれるのはうれしいけどひとつ教えて。あなたの拳法、不思議な動きをしてる。シラットにも似ているし、カラリパヤットの動きも入ってる。でも、わたしが知ってるどの拳法ともちがう」
「驚いたな。クンフーと間違われたことはあるが・・・・・・正解は、古代中国の龍神拳さ。今では使えるのは俺とじいちゃんだけになっちまったけど」
「わたしもパパからマーシャルアーツを習ってたの」
「お父さんから?」
「ネイビーだったの。海辺で毎日練習したわ」
「ホントかい?」彼が肉付きのよい腰をちらっと見た。
「疑うの? それならここで手合わせしてみる」
「女と組み手はしない主義だ」
ナオミには絶対に許せないことが三つあった。一つ目が、育ててくれたケネスと夏海がバカにされること。二つ目が、オンナだからと差別されること。最後が、出身地のハワイを低く見られることだった。
「ここは男女同権の国アメリカよ。日本と一緒にしないで。それともマーシャルアーツと聞いて怖くなった?」
ケイティが例によって服の端を引っ張っているが、その気になったら後には引けないのがナオミの気性だった。
だが、今回は思い通りにならなかった。
「孔明、ちょっと稽古を見せてあげたら納得するんじゃないか?」
クリストフが割って入っていった。
「そうだな。皆、組み手に入ろう。まずは俺とクリストフからだ」
ナオミはムッとしたが、とりあえずお手並み拝見といくことにした。
クリストフは上体にバランスを置いて勝負するカンフー系らしくつま先で軽く二回ジャンプすると、フリッカージャブを次々と打ち込み始めた。手応えをたしかめるように最初はゆっくり、だんだんスピードを上げていく。
孔明はゆうゆうとかわしていく。
クリフトフは、腕組みをしたままジャンプすると空中コザックダンスを踊る鮮やかさで連続回し蹴りを見舞った。バラライカの響きが聞こえてきそうだった。
それを、流水の動きで孔明はかわす。
クリストフはむだな攻撃が多くてすでにグロッキーになっていた。
「どうした? もっと思い切って来ていいぜ」
けっして大柄とは言えない孔明が前年度全米カラテ選手権大会で決勝まで進出した秘密がこのディフェンスの妙技だった。キャンパスでは有名人だった彼は腕自慢たちからしょっちゅうケンカを売られていた。
全米カラテ選手権決勝戦で蹴りがたまたまあごに入った時、怒りに我を忘れた孔明は相手を半殺しの目に遭わせてしまった。あやうく人殺しをしそこなった彼は誰に対しても技をふるうのをやめていたのをナオミは後から知った。最初からLUCGのハイレベルの稽古を見せるだけで、「かわいいチャレンジャー」にお引き取り願うつもりだった。
女の子の前でいいかっこを見せるはずが不様な格好をさらしたクリストフは、やけくそで前蹴りを放った。それまで攻撃をやすやすとかわしていた孔明のあごをクリストフのつま先がまぐれでかすった。
「やべー」
チャックが言うのと、ビル、クリストフが身構えるのが同時だった。
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