会社の建て直しが一段落するとマクミラは、ヌーヴェルヴァーグ財団が所有する図書館で毎日を過ごすようになった。
名門大学の図書館に匹敵する蔵書数を誇るだけでなく、宗教、哲学、歴史、神秘学などの分野では世界有数の文献がオーディオ化されていた。しかも、盲目のマクミラのためにどんな言語で書かれた文献も短時間で点字化する設備と人員が用意されていた。
彼女は、まず哲学を調べた。冥界に来た哲学者や教祖の誰もが「なぜ人間は生きるのか」という問いに答えを出せなかったという話が気になっていたからだった。
調べ出すと、ほとんどの哲学書はくだらない代物だった。哲学者とはまるで最初から存在しない埋蔵金のありかを捜そうとする山師だった。ニーチェにだけは、にやりとさせられたが答えが提示されているとは思えなかった。まあ、答えがないと開き直っている分だけましだった。
だが、フランスの思想家ミシェル・フコーだけは例外的だった。
マクミラは思った。神の血筋を引く者だ。
並の学者なら一生かかってもせいぜいひとつしか扱えないテーマの数々をエイズで死ぬまでの短い生涯に取り扱っていた。狂気、性、刑罰、言語といった人間が作ったシステムや枠の理不尽さを緻密な分析と鋭い舌鋒で次々暴いていった。
デカルトの「我思うゆえに我あり」という言葉で有名な理性主体(コギト)の問題しかりだった。フーコーの理性や人間性など万人に共通な性質を否定し、すべては時代の文脈の中で力関係の一部として構築されるというアプローチにひかれた。彼は「なぜ」という問いには興味を持っていないようであり、「どのように」という問題を追い求めているようだった。
歴史。
この言葉が頭にひっかかったが、なぜかはわからなかった。
哲学に興味を失った彼女は、次に、歴史を調べることにした。人類の歴史は知れば知るほど驚愕の連続だった。それは、自らを「万物の霊長」と呼ぶ驕り高ぶった者同士の憎しみと闘い、際限のない環境破壊の物語だった。
地球上の動植物や微生物、森林や水資源、食物を一つの連鎖と考える歴史上の人物は見事に記述がきれいに抹殺されていた。これでは、この惑星と我が身を合体させてまで救おうとしたガイアも浮かばれまいとマクミラは思った。
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