話題の女流作家が書いた「対岸の彼女」(角田光代)と「天国はまだ遠く」(瀬尾まいこ)の二冊を続けざまに読んだ。
さすが、売れてるだけある。シンプルに面白かった。
娯楽性があるという印象は薄いけど、なんというか二つとも物語りとして、一級品だ。
どちらもストーリー展開にひきつけられるし、登場人物が魅力的で、いとも簡単に感情移入させられる。号泣というほどではないけれど、ところどろこで、うるっと泣ける。
ある特殊な人たちを描いたストーリーと言うよりは、自分もコレに近い経験をした、こんな気持ちになったことがある、
あるいは今こんな気持ちだ、と、多くの人たちが共感しそうなエッセンスがちりばめられていたりする。
多分、この二冊を読んで、「好き!」という人はいても、「嫌い」という人は少ない気がする。敵を作らない小説だと思う。
二つの小説というより、二人の作家に共通してそうなのは、「いいひとっぽい」感じ。登場人物からして、優しくて、繊細で、でもどこか強くって、素朴なのだから、きっと著者もそんな人たちなのだろう。
時折文芸誌に載っている写真なんかを見ても、二人とも斜に構えたところがないし、ギラギラ野心に燃えてる感じも受けない。
自分の才能がフルに発揮できる好きな仕事をして、身の丈にあった生き方を実践している、ある意味器用な人たちかもしれない。
今の女流作家というのは、普通のお姉さんっポイ人が書いてる風に見えるのがトレンドなのかも。
少し前に、林芙美子の小説をいくつか読んだけど、その登場人物たるや、イジワルだし、嫉妬深いし、強欲だし、いわゆる女性の嫌な部分を全部持ち合わせているような性質だった。そうした女性に共感はできないものの、なんというか、自分もここまで情熱的に生きてみたいな、
といったある種の羨ましさを抱いたりはした。
でも、あんなあくの強い人と友達になったり、一緒に仕事をするのは願い下げである。
林芙美子自身、極貧にあえぎ、人にだまされ、相当過酷な人生を送り、と小説そのままに生きた、いわゆる“人間くさい”人だったようだ。決して凡人に真似できる生き方をした人なのだろう。
昔の小説は、共感よりも羨望だったのかもしれない。今と一昔前とでは、作家も小説もずいぶん違う。