本を読まなくなり、難しいことを考えなくなり、息子の世話のためにあくせくして、体力を消耗し、食べて寝て、はやりのドラマを見る。
不満はあるけれど、息子の成長を確認できる日々、息子のかわいい表情やしぐさ、物言いに、愛おしさを覚える日々。
過去の私より、今の私は愚鈍かもしれない。
でも、今の私は、こうして、生きているのだろう。
生活する、ということを、しっかり生きているのだろう。
未来の私は、幸せではないかもしれない。
でもそれでも、今の私は、幸せなんだろうと、感じることができるんだ。そのことを祝福しよう。
大げさではなくて。