有名カントリー・スターの名前をミックスしたかのような名前を持つ、ザック・ブライアンのアルバム「American Heartbreak」とシングル曲"Something in the Orange"が、今年夏に入ったあたりからビルボードのカントリー・アルバムとホット・カントリー・チャートで上位を維持し続けています。7月30日付けでアルバムはモーガン・ウォレンの「Dangerous:The Double Album」に次ぐ2位、ホット・カントリーは5位です。一方、オールジャンルのビルボード200アルバムでは15位、最高位は5位と堂々たるチャート・アクションです。
しかし一方、カントリー・エアプレイはというとトップ40位にも入っていません。つまりは、ストリーミングと売上の好調さでホット・カントリーの上位に登っている訳で、メインストリーム・カントリーのコアなファンとは違う層から支持を集めている風に思えます。いわゆるアメリカーナ・カントリーやレッド・ダートというサブ・ジャンルに属するアーティストと言えると思いますが、そもそもそのジャンルはコマーシャルとは無縁なはずなので、その認識で留めて良いものかどうか・・・とても興味深い音楽を提供してくれるアーティストです。
プロフィールです。1996年に祖父そして父も海軍の軍人だった家庭に生まれますが、その生まれた地は沖縄だそうです。育ちはオクラホマ州のOologahとTulsaで、14才の頃にギターを弾き始め、曲も書き始めました。それでも、成人すると祖父や父と同じ海軍に入隊します。海軍では、時間を見つけては曲を書いていたようです。軍の休暇でフロリダ州のジャクソンヴィルで過ごしていた時、友達と自然な流れで曲を録音しようという事になり、それが後のデビュー作「DeAnn」になりました。つまり、海軍所属中にデビュー作を製作したのです。タイトルは亡き母親の名前からとりました。
2019年にリリースされた「DeAnn」が、アメリカーナ系のファンの間で好評を得た事から、翌年2020年に同様なスタイルで製作した「Elisabeth」をリリース。さらに2021年には、グランド・オール・オープリーにもゲスト出演を果たしています。そして、2022年の春に、CDで2枚組全34曲を収録した本作をリリースするのです。シングルとしては、 "From Austin"を手始めに、"Oklahoma City""Highway Boys"がリリースされて、"Something in the Orange"がシングルとしてブレイクしたのです。
"Open the Gate"
その"Something in the Orange"を始め、本作に収録されている音楽は、すこぶる素朴でシンプルなカントリー・バンド・サウンドで貫かれています。サウンドの中心は彼の弾き語りであり、そこに必要に応じてサポート楽器(フィドル、ハーモニカ、E・ギター、ドラム、バンジョー、マンドリン・・・)が付加される感じで、体裁の良いデモ・レコーディングのようでもあります。今時これで34曲も聴かされたら・・・・と思うのですが、これが意外に聴き進めてしまうのです。
とにかく各曲から感じられるスタイルが幅広く、マウンテン、ベイカーズフィールド、ホンキートンク、フォーク、ロックンロール、ウェストコースト、アメリカン・ロック等々・・・万華鏡のように移り変わり、懐かしさを漂わせつつ意外にしっかりとフックを持つメロディ共々楽しさがあります。古典的な演奏も多いですが、”Cold Damn Vampires”や"Billy Stay"あたりは結構モダンな曲想だったりして、決して古臭い表現に固執してません。そして、ザック自身の歌声はしわがれ声のテナーで、カントリーというよりロック的な力強さがあるもの。しかも、言い方は不適切かもしれませんが、ヘタウマの味があり、演奏共々とてもパーソナルな印象です。これは重要なポイントの一つでしょう。いわゆる主流のカントリーミュージックとザックの音楽の距離感は、あの超有名曲"You Are My Sunshine"の表現に良く表れているように思いました。
本アルバム、やはりモーガン・ウォレンの「Dagerous:The Double Album」の影響が有ったのではないかと感じています。「Dangerous」がメインストリーム・カントリーの枠いっぱいに幅広く音楽の可能性を表現していたのに対し、「American Heartbreak」は、アメリカーナ~レッド・ダート側からそれに呼応したもののような印象を持ちます。自然な成り行きで、思い付きで製作したような雰囲気ですが、実に丁寧に各曲が作り分けられているのが、「Dagerous」と同様に感じます。そして、これら2枚には近接する部分もあるようにも思えます。
"The Good I'll Do"
あとザックの魅力を際立てせているもう一つ重要なポイントとして、歌詞があるようです。瞬間を鮮明に捉え表現が個性的な事が指摘されてて、歌詞の解釈は荷が重いですが、"Something in the Orange"の歌詞のラフな訳を最後に載せておきます。メインストリーム・カントリーに直接影響を与えることは無いかもしれませんが、デジタル・テクノロジーがますますはびこるこの時代に、このあたかも原石のようなスタイルの音楽が持てはやされている事が興味深く、この後の成り行きを見守っていきたいと思います。早くも7月には、9曲入りの゛EP゛「Summertime Blues」もリリースしています。
"Something in the Orange"
゛夕暮れには晴れるって言ってるだろ/こういうのは君の骨を蝕み若い心を狂わせるんだ/でも君が僕の襟と顎の間に頭を入れると/よくわからないけど重みが全然ない/そして僕はやっても呪われるしやらなくても呪われる/だって寂しいって言っても君はそうじゃないだろうし/でも太陽が見える朝には君がいなくて寂しい/オレンジの何かが僕らが終わってないことを教えてくれるよ゛
゛君にとって僕はただの男、僕にはあなたしかいない/いったい僕はどこに行けばいいんだろう?/また毒を盛った/オレンジの中の何かが、君はもう帰らないと言っている/君が今日去っていくなら、僕はただその道を見つめていよう/オレンジは周りのものすべてに触れる/草も木も露も、いかに僕がそんな君が嫌か/どうかそのヘッドライトを振りむかせてほしい゛
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