今年3月に突如発表された、ミランダ・ランバートを中心に、同じテキサス出身の二人のベテラン・ミュージシャン、ジャック・イングラム Jack Ingramとジョン・ランダル Jon Randallの3人が共同で製作した、フィジカルではアナログ・レコード(ビニール)2枚組のみの特別なアルバムです。テキサスの荒野(なぜかそうとしか思えない・・・)を背景にたたずむ三人のシルエットに、これまでもサイド・プロジェクトのピストル・アニーズでカントリーらしいスタイルに取り組んで来たミランダがまたユニークな活動を始めたと、一ファンとしてときめきました。
まず、マーファ Marfa とは何ぞやですが、テキサスの地名です。テキサス西方、デイビス山とベッグ・ベンド国立公園の間にある、いわゆるハイ・デザートにある町です。ミランダ曰く、゛逃避したくなった時はいつも、テキサスのマーファに行くの。ジャック・イングラムとジョン・ランダルも来て、私たちは充電するのよ。その美しさに感動して、私達は曲を書くの゛「The Weight of These Wings」に収録の"Tin Man"がその最初の曲で、グラミー受賞アルバム「Wildcard」での"Tequila Does"が次にリリースされたものでした。そしてその間に作られた13曲と共に、曲作りの時のようなシンプルな弾き語りスタイルでレコーディングされたのが本アルバムで、2020年の秋にマーファ郊外の農場で改めてレコーディングされたもののようです。
共演の二人のプロフィールに簡単に触れます。ジャック・イングラムは、90年代中盤からテキサスでレコーディング活動を開始し、メジャー・レベルでは2006年、Big Machineからリリースした「Live: Wherever You Are」からの"Wherever You Are"がNo1ヒットとなり、時の人となりました。これはレーベルとしても初めてのNo1ヒットで、同年にBig Machineからデビューしたテイラー・スウィフトより早かったのです。その後、2007年の「This Is It」、2009年の「Big Dreams & High Hopes」を同レーベルからリリースしましたが、2011年にレーベルを離れました。10年代後半になって「Midnight Motel」や「Ridin' High...Again」で復活、今もテキサス人らしい音楽でレコーディング活動を続けています。しわがれ声の方の人です。ミランダは15才の頃から、当時テキサスで歌っていたジャックを追っかけてたそうです。
ジョン・ランダルは、もともとエミルー・ハリスのバンド、Nash Ramblersのメンバー(ライブ盤「At the Ryman」も参加)として名を知られていました。1995年にメジャーのRCAからデビューし、そのジャケットの長髪の風貌はなんとなく覚えています。アーティストとしてよりは、ソングライターや裏方ミュージシャンとして引っ張りだこで、本当によく名前を見かけてきた人です。テナー・ボイスの方です。
ミランダは本作をこのように紹介しています。゛このアルバムの作品はありのままを録音しただけのもので、風が吹いていたり牛が鳴いているのも聞こえるの。これを聴く皆が私たちのそばにいて、一緒にキャンプファイヤーを囲んで、世間から逃れて音楽に浸りきってくれることを望んでいるわ゛ 確かに野外で録音している曲があり、風や牛の声だけでなくいろんな物音も聴こえます。"Tequila Does"ではプロペラ飛行機の音が結構なボリュームで聴こえてきたり(たまたまなのでしょうか?)して、たしかにテキサスの自然の中に身を置いてるかのような錯覚を覚えます。一応レコーディング・セッションとして録音したようですが、笑い声もしょっちゅう聞こえて一緒に余暇を過ごしているかのようなリラックスした雰囲気に浸れるのです。
音楽的にはシンプルな演奏形態もあって、いわゆるトラディショナル系ファンを満足させるモノです。”In His Arms"や"Am I Right or Amarillo"は、クロース・ハーモニーが印象的なカーター・ファミリー風だったり、ジャック・イングラムの"I Don't Like It"や”Anchor”あたりはソウルフルな声で歌われるフォーキー・カントリーで、ミランダも子供時代から影響を受けたというガイ・クラークやジェリー・ジェフ・ウォーカーの、より粗削りな感じです。"Tin Man"のミランダは、スタジオ盤以上に歌声が染み入ります。合間の"Homegrown Tomatoes"や”Geraldene”ではファンキーに跳ねて、アルバムに活気を与えてますね。アコギの弾き語りだけですが、名手ジョン・ランダルが居るのでバックの質的には申し分ありません。
普通ならスタジオで生音をじっくりと美しく録るのが常套手段なのでしょうが、それだと逆にありきたりで個性が薄くなりがちになるので、今回の舞台設定のアイデアは見事と思いました。ハプニング的に捉えられた周囲の自然の音が、カントリーが本来持っていた(と思われている)機能を再認識させてくれてるようです。決して万人にお勧めできるような類のアルバムではありませんが、ミランダ・ランバートの高い志(自身の知名度を活用した伝統文化の継承と有能な才能へのクローズアップ)が溢れる活動の一つとして周知されて欲しいと思います。
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