★急遽リリースされた、裏アルバム(!?)「Ballerini」を取り上げました★
ポップ界でのクロスオーバーな知名度も高い、カントリー界の若
手女性アーティスト、ケルシー・バレリーニの3枚目です。前作の
「Unapologetically」で確固たる人気を確立し、昨年には世界で一
番長いラジオ・ライブ番組”グランド・オール・オープリー”のレギ
ュラー・メンバーになるという栄誉も得た彼女。「Unapologetically」
の華やぎある雰囲気から一転、爽やかでナチュラルなジャケット
を身にまとい、リード・シングル"homecoming queen?"で垣間見
せたパーソナルなイメージを醸しています。自身も初めて共同プ
ロデューサーにクレジットされています。ただ、NBC局のTV番組、
ソングランド(Songland)で製作された"Better Luck Next Time"は
収録されていません。
前作にも増して、EDM的なダンス・リズムが幅を効かせ、乙女チ
ック(?)な装飾音よりモダンなサンプリング音を散りばめて、
アーティスティックに成長した彼女を演出したカントリー・ポッ
プ作という感じでしょうか。そんなダンス曲の筆頭が、ニューヨ
ーク生まれのエレクトロ・ポップ・スター、ホールジーをゲスト
に迎えた"the other girl"でしょう。二人ともチェインスモーカーズ
と共演経験がありますね。骨太なドラム・ループ音(なぜかSoul
Ⅱ Soulの"Keep On Movin'"を思い出しました。喩えが古い・・・)
が実にアーバンですが、ケルシーの歌声共々サウンドの肌触りは
あくまでソフトです。ここらが彼女の音楽の個性・魅力と思いま
す。
ダンス・サウンドの一方で、かつてよりシンプルな音創りで聴か
せる部分もこの新作のポイントでしょう。"homecoming queen?"
は、最近のシングル曲としては新鮮な、アコギのアルペジオが中
心になり、ありのままでいたい主人公(彼女自身?)の心情に焦
点が当てられています。また、コチラも超大物ポップ・スターで
あるエド・シーランと共作した"Love & Hate"も、ピアノと小編成
のストリングス(何となくブリティッシュ)をバックにしたさり
げないバラードです。カントリー界からは大御所、ケニー・チェ
ズニーが穏やかなカントリー・バラード”half of my hometown"で
デュエットして華を添えています。
”ケルシー節”とでも表現したい、コーラスのメロディが印象的な
”Club"で彼女は、ダンスは好きだけれど、自分の周りに纏わりつ
いて来たり、意味のない事をまくしたてる人を見たくないので、
「クラブ」には行きたくない、と云います。そして、6曲後の、
ドラム・ループを取り除けばクラシックなホンキー・トンク・ス
トンプ以外の何物でもなくなる”hole in the bottle”では、ワインの
ボトルがすぐに空くのはボトルに穴が開いているからで、自分の
せいではないし男性を偲んでいるわけではない、と強がりを云っ
ています。この曲調ですから、彼女のいる場所は、おそらくホン
キー・トンク・バーとまでいかなくとも安酒場の類でしょう。曲
の冒頭には、適度な飲酒は体に良い事を延々論ずるコメントが流
れる、というヒネリも面白いです。ここには、”南部のホワイト・
トラッシュ”を酒飲みと決めつける対抗層への反骨も含んでいるの
では、と想像してしまいます(ケルシーはテネシー州ノックスビ
ル出身)。
ラストの爽やかな次世代カントリー・ポップ”la"で、彼女はLAとは
愛と憎悪のまじりあった関係を持っている、と繰り返し歌います。
"LAに来ると寂しくなり家に帰りたくなるけれど、またある時は自
分の血がカリフォルニアを駆け巡る”、”電話できる有名な友達がい
るけれど、私は十分にクールなのかわからない”、しかし、”別の日
には住まい情報を探している"、などと相反する感情が綴られていま
す。”(LAの)海風に髪を解かしたら、テネシーは私を怒るかしら?”
という一節は興味深いです。こんなポップ曲にも、アメリカ南北の
水面下の対立構図、地域間の社会・文化的差異がさりげなく語られ
ているのです。
ただ、ケイシー・マスグレイブスが、南部を捨ててベガスに去って
しまう話("Blowin' Smoke")をするのに比べれば、この歌のスタンス
は穏健であり、華やかな土地に憧れる地方の若い女性(それはケル
シーのファン層)のよくある気持ちを代弁しているのだろうと思い
ます。ケルシーは昨年、グランド・オール・オープリーの招待を受
け入れた人です。これは重要な事です。カントリーで西海岸に憧れ
る若者が描かれる事はありましたが、大概が現実逃避のイメージで
捉えられます。ただ、テイラー・スイフト以降の若手ファンの台頭
で変わって来てるのかもしれません。ケルシーは最後に歌います。
”カーペットの赤、エゴの満足。私が向き合うべきは私自身”。
だから、EDMサウンドの拡大やポップ・スターとの共演・共作は、
ポップ・フィールドへの志向を意味してはいないでしょう。"a country
song"で”私はカントリー・ソングを書きたい”と、明言しているの
です。
今年冒頭、あのキャリー・アンダーウッドが、2008年からブラッ
ド・ペイズリーと(2019年はキャリーがメインで、リーバとドリ
ー・パートンがサポート)務めて来たCMAアワードのホスト(司
会)を降りる、と発表しました。そしてトーマス・レットと共に
その「玉座」の後継として有力視されるのが、このケルシー・バ
レリーニです。女性でその勤めを果たしたのは、バーバラ・マン
ドレル、アン・マレー、ドリー・パートン、リーバ・マッキンタ
イアそしてキャリーというごく限られた人たちのみ(男性では、
ジョニー・キャッシュが5回の他、ウィリー・ネルソンや、つい
先日残念ながら亡くなったケニー・ロジャースも)。当然皆、CM
Aアワードを受賞しています(アン・マレーはホストを初めて務め
た1983年の翌年に初受賞)。
ケルシーは、CMAアワードを取れる手ごたえをしっかりつかん
で、ホストを努めたいのだろうと思います。その為には、この
アルバムがしっかりヒットして、アメリカ音楽界全体に広く認
知される事が望まれるのでしょう。この話題性やクオリティ
でも万全を期した作品がどう受け入れられるか、とても楽しみ
です。
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