国境はどこの国でもにぎやかなところにはない・・あるはずがない・・。どこの国でもへんぴな山とか・・川を境に・・ある。
トルクメニスタンとイラン国境は山の峠にあった写真上・・そういえばマケドニアとアルバニアの国境も山頂の峠だった。
国境を越えてイラン側に入ったところ。
トルクメニスタンからイランに入る
2003年9月29日月曜 はれ20℃ はれ22℃
10時にオープンと主人と長男、10時前の早目に銀行についた。エエーここはきのうおととい来てダメだったところだ。一応カードを持って銀行に入った。これマスターカード大丈夫・・。ノ―visaカードだけです。うーんそれにしてもご主人の友人がこの銀行にいると電話で確認してくれていたはずだったのに、どうなってんだろうか。もうここまできたらしょうがないイランに行こう。
ご主人も申し訳ないような顔になった。お金が降りたらユースープさん宅に20$おいて行こうと考えていたが40$しか残ってない。お金は渡せない・・「ほんとすみませんでした」「お世話になりました」「ありがとうございました」深々と頭を下げて合唱ポーズであいさつして別れる。
二日前ときのうも走っているのでイランへの道はわかっている。第一ゲート通過、ツーリングカードの半券はなくてもほんとうに大丈夫だった。よし第二ゲートへ。右のオフィスからちょっと離れたオフィスに行ったりして1時間近くかかった。お金がなくてようやく息苦しいトルクメニスタンをほうほうの体(てい)で出国する。車は通らない静かな白い岩山の道、道そのものはいい。カーブが続く山道を走り峠についた。
イランボーダーについた12時半。トルクメニスタンとイランの緩衝地帯も10km近くと長い。チリとアルゼンチンも14kmと長がかった。わたしの走った中で二番目に長い。峠にあるイラン国境オフィスは3か所に分かれていた。意外にスムーズに手続きは終わった。13時に入国できた。スイス人ライダーと再び会った。ウズベキスタンからトルクメニスタンに入る時会ったスイス人ライダーだ。
トルクメニスタンは「ノーだね」と嘆いていた。ここで彼はなかなか手続きがうまくいかないで手こずっているようだ。手伝うことも出来ないので悪いけど「お先に」と出る。通りかかった人に「マネーチェンジ」とゆうと青年が走って来て「ド―ラ」。最初トルクメニスタンの残った30000を両替、つぎに20ドルを両替した。160000なのに120000しか渡さない。さっきスイス人と1ドル=イラン通貨840と確認していたのだ。(トルクメニスタンの通貨の名前も知らないままイランへ)
両替の仲間5,6人集まっている・・数え方がおかしい・・少ない枚数だ。ヘルメットを脱いで「ふざけんなー」「この野郎」日本語で叫ぶと若い青年に代わってまとめ役みたいな男が来て正規な電算機どうりの「お札」を渡した、がいっせに逃げた所を見るとそれでも少しごまかされたのかもしれない。トルクメニスタンの国境でベンジンはイランに入って5キロのところにあると係官が話た。しかしイラン国境係官は25km先までないと話す。
手続きを終わり山をくだり始めた。カーブの道が続く、すこぶるいい道路だ。ヤギの子どもが一匹山の中カーブのところにいた。通りかかった小型トラックの二人連れはヤギを捕まえてトラックに乗せていた。きのうアシガバードで10リッターいれていま100kmなのにブスブスと「あれーっ」もう無くなったのかリザーブに切り替える。まだ100キロぐらいは走れると思っていたのになー。まぁ25キロ走ればスタンドがあるはずだ。
本線から外れた村のガソリン・雑貨屋に向かい・・再び本線に戻ったところ
しばらく走っているとオートバイに乗った中年の男の人がバックミラーに写った。停まって「ベンジン・ベンジン」とゆうと「うしろ」に「ついて来い」。あとについて走った。本線から外れてわき道に入った、うん?ハテ・・そう言えば「マガジン(雑貨屋)」とか言ってたそこに行くのだろう。本線から村の細い道に入る。村の雑貨屋の前に止まった。こんなところにあるのかいな。おばさんと何か話している。「ない!」男はまァ待て。おばさんはポリタンクを下げて来た。
3,4リッターのポリタンクだ。これ「ベンジン??」「ベンジンだ」フタをとり少しこぼしながら入れる。4リッターらしい。初めて使うイランのお金。男の人が交渉してくれてイラン・・・円。いくらだかわからない、少しやりとりして、又足して渡した。おつりはコインで戻ってきた。リザーブの残りを計算してもこれで60~70kmぐらいは走れることが出来る。
村の道からビックリするほど立派な幹線道路に出ると男の人は「先に行ってよい」と手で合図する・・ありがとうございました。80キロから100キロで走れる道路だ。最初の街についた。街の名前はわからないがそれなりに大きな街に感じられる。街の入り口でマイカーの人に銀行とベンジンスタンドを聞いていたらさっき村まで案内してくれたオートバイの男の人が追いついてきた。
銀行は閉まっていると男の人は話す。「ホテル・ホテル」と言うとホテルまで引っ張ってくれる。宿は最初80000の計算がつかなかった。エー10$=1200円じゃないか。いったん部屋に入ったがこれは高すぎる、すると60000にすると。いや他を探すと本気でリュックを背負うと、すると50000=(800円)でいいと言う。まぁいいか泊まることにする。駐車場10000=120円別の場所。
マイナス1時間30分イラン時間に直した。16時→17時30分。シャワー室で洗濯して日記を書いているところである。シャワーは水だけ・・で身体を洗って出て来たらホッともあることがわかった、今少し寒い。これからビールショップ探さなければ。ホテルには食堂はついているがビール・アルコールはご法度だから意味さえ通じない。ビール、ビ―ラ、ビーニャなにを言っても通じない。
クッチャン銀行が開いていたので夕方行ってみたがここではカードダメと銀行員、130km離れた街、マシュハドでOKと銀行員がアドレスを書いてくれる。よしあしたこれでお金は大丈夫だ。緊急用自分の常備アルコール・ウィスキーを飲んで一日が終わった。