「エンデイングノート」、「天国からのエール」と実話を映画化したものが先週土曜日公開された。2本とも、主人公の死に行く姿を扱ったものである。前者は、父の死までをドキュメンタリーで写しだした実の娘さん監督の映画であり深刻そうなのでパス、後者の「エール」を観た。
沖縄本部高校近くの弁当屋が、騒音を発するというので練習もできないで悩んでいた高校生の為に、自宅の空き地にバンドの練習用スタジオを建て、彼らの成功するまでを見守ってがんで死んでいく実話をモデルにしたものである。阿部寛が7キロやせてまで入れ込んだ迫力が凄い。バンドが練習できずにチョイスする遊びが「釣り」というのは笑わせる。観に行った目的は、以下のあらましによる。
級友80数名は日本国中、なかには外国に飛びだして行った。卒後40周年経ったのを期に、卒後の生きざまを原稿にして送って貰い「私の履歴書」を平成16年に発行した。60名からの原稿で107ページになった。11名は故人となっていたが、弔辞や数名の奥さんからの原稿も集まった。友について、父あるいは母について、その人となりが浮かび上がってきて家族からの評判も良かった。
漏れた仲間からは「是非自分も書きたいから続編を」などの要望があって、故人の夫人からの原稿も追補版として集め「パート2」を翌年40名の原稿87ページにまとめ発行した。卒後45周年(2009年)には、大学の合格発表で張り出された模造紙の写真から授業風景、実習風景、旅行、行事などの他に各自の家族写真など1000枚以上から340枚をCDに納め全員に配布した。50周年には「家族にのこす言葉」などを集め「私の遺言」として発行する。これらの原稿入力はいままでは私ひとりで行ってきたが、最近では一部メールで届くようになりらくになった。
沖縄本部高校近くの弁当屋が、騒音を発するというので練習もできないで悩んでいた高校生の為に、自宅の空き地にバンドの練習用スタジオを建て、彼らの成功するまでを見守ってがんで死んでいく実話をモデルにしたものである。阿部寛が7キロやせてまで入れ込んだ迫力が凄い。バンドが練習できずにチョイスする遊びが「釣り」というのは笑わせる。観に行った目的は、以下のあらましによる。
級友80数名は日本国中、なかには外国に飛びだして行った。卒後40周年経ったのを期に、卒後の生きざまを原稿にして送って貰い「私の履歴書」を平成16年に発行した。60名からの原稿で107ページになった。11名は故人となっていたが、弔辞や数名の奥さんからの原稿も集まった。友について、父あるいは母について、その人となりが浮かび上がってきて家族からの評判も良かった。
漏れた仲間からは「是非自分も書きたいから続編を」などの要望があって、故人の夫人からの原稿も追補版として集め「パート2」を翌年40名の原稿87ページにまとめ発行した。卒後45周年(2009年)には、大学の合格発表で張り出された模造紙の写真から授業風景、実習風景、旅行、行事などの他に各自の家族写真など1000枚以上から340枚をCDに納め全員に配布した。50周年には「家族にのこす言葉」などを集め「私の遺言」として発行する。これらの原稿入力はいままでは私ひとりで行ってきたが、最近では一部メールで届くようになりらくになった。