こんにちはこんちゃんです😊
湯沢市にある湯沢城址にきています😌
ワタシがいるのは、国道398号線湯沢市裏門から姥懐山方面にある林道湯沢城址線を山の上まで登ってきた場所で湯沢城址の入口になっています😊
設置されている湯沢城址略図によると裏から入る形になるようです😌
それでは、第89回こんちゃんのお城めぐり「湯沢城址」です😊
すっかり林の中ですが歩道も道案内も整備されています😊
先程の湯沢城址略図に載っていた説明によると、鎌倉時代の後期、小野寺氏により稲庭城の支城として築かれたと伝えられているそうです😌
小野寺氏がのちに戦国大名へと成長する過程で重要な役割を果たすが、文禄4年(1595年)城主小野寺孫七郎のとき、最上勢の進攻により落城し、以後楯岡豊前守満茂が城主となったそうです😌
慶長7年(1602年)佐竹義宣の秋田転封に伴い、佐竹南家三代義種が城代となり整備を重ねるが元和6年(1620年)一国一城の令により破却されたそうです😌
お城の歴史がわかったところでお城めぐりを始めましょう😊
ワタシがご案内します❗タッタッタッ🐾
進んでゆくと現れたのは湯沢城馬場跡です😊
標柱と説明板が建っています😌
標柱には湯沢市指定史跡とありました😊
湯沢城址は湯沢市指定史跡だったのですね😌
馬場跡は城の南部に位置し、東西約30m、南北約160mの広さがあるそうです😌
次に湯沢城堀切跡がありました😊
湯沢城にはここの他に城域の東部に大堀切を、細小路からの大手道の頂上部と、馬場の南端にも設けていたそうです😌
堀切はちょっとわかりませんでした😅
堀切跡から少しゆくと本丸跡が見えてきました😊
ここが湯沢城本丸跡なんですね😊
東西約80m、南北約30mで、城の中核をなし、陣屋を置いた所であるんですね😌
おや?本丸より高い場所がありますよ😊
天守台?櫓台?なんでしょう😌
道標には五社壇跡とあります😌
行ってみましょう😊
登ってみると郭になってました😌
五社壇跡は、本丸の東南端に位置し、湯沢城で最も標高の高いところにあり、東西約10m、南北約20mあるそうです😌
ここには天照皇大神など五社が祀られ、城主が城地鎮護を祈願したと伝えられているそうです😌
本丸跡から先へゆくと湯沢城馬舎跡の標柱がありました😊
ここに馬舎があったとゆうことは、山の上まで馬が登ってきていたのですね😌
この先が見張台跡のようです😌
行ってみましょう😊
ここが湯沢城西端部に位置する見張台跡です😊
眼下に雄勝、平鹿の平野部が一望でき、周囲からの侵入に対する監視や対面する出羽丘陵側からの烽火を確認する場所であったそうです😌
ここから景色を眺めながら、在りし日の見張りの様子を思い浮かべてみましょう😌
では最後に皆さんで記念撮影いたしましょう😌
随所に説明板があり、色々勉強になる城跡でしたね😊
ピースくん「もぉ~おなか空いたぁ😞」
ぺろちゃん「うとうと😌💤」
まったくピース氏とぺろ氏ときたら困ったものです😔
以上で湯沢城址のお城めぐりはおしまいです😊
また次のお城でお会いしましょう😌
こんちゃんがお送りしました😊