置かれた場所で咲く

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駆け引き

2007-08-30 08:07:11 | インド旅行記
・・・ムリだ、これは・・・・・・。

お互いの目を見合わせれば、考えていることはすぐに理解できた。


「わたしたちにとって、ちょっと高すぎます。ごめんな・・・。」

言い終わるか終わらないかのうちに、言葉を遮られた。


これは、非常に高価なオイルなんです。
これだけの素材を使って、これしか採れないんです。
決して高くはありませんよ。



「わたしたち、とても貧乏で・・・」

空を渡ってきたんでしょ?今しかできないことをしなさいよ。


押しつけがましい言い方に、さすがにカチンときた。


「1500ルピーも払えません。受けたくありません。帰ります。」


席を立つわたしたちを、男たちは慌てて引き止めようとした。

「待って!!・・・いくらなら、いいんだ?」

受ける気など、さらさらなかった。


「・・・3、くらい?」
「そうだね・・・言いづらいけど・・・それなら断れるよね。」


日本語で短く相談したあと、彼らに話した。
「300ルピー。」

今度は、彼らが驚く番だった。



疑惑

2007-08-30 01:44:34 | インド旅行記
リクシャーを停めた道路の一角からガンガーまでは、バイクの通れない細い路地で結ばれていた。

ただ死を待つためだけに佇んでいる老人たち、小さな子がいるの、と身振り手振りで金銭を求める女、聖河ガンガーで死を迎えることを生涯の望みとし、そのためだけに遠路はるばるやってきた人も少なくないのだという。


帰り道、言葉少なく歩くわたしとは裏腹に、彼女はおっちゃんに、感動の一瞬の数々を伝えていた。
良かった、と頷くおっちゃんに、嬉しくてたまらないというような満面の笑みを返す彼女。


ホテルまでの帰り道、おっちゃんはマッサージとヘナをしないか、とわたしたちに尋ねた。
気は進まなかった。しかし、ここで断る理由も見つからなかった。
彼女は大乗り気だった。


月の光を鈍く反射する、小さな古いビルの二階に通された。
若い男が二人、にこにこしながら迎え出てきた。


アロマオイルを使ったヘッドマッサージ、ボディマッサージなど、4種類のマッサージが受けられます、と彼らは話した。


簡単な説明の後、値段を聞いて、わたしたちは驚愕した。

一回、1500ルピー。
90分。



再び、暗雲立ち込めてきた。



依頼

2007-08-29 21:10:10 | インド旅行記
彼の口から出た言葉は、わたしが予想だにしない言葉だった。

「手紙を書いてくれないか。俺が信頼できるリクシャーワーラーだっていう。」


衝撃だった。信じられなかった。

「・・・手紙?」

「日本語でいいんだ。いや、日本語が、いいんだ。こんなにいいサービスをしてくれた、こんなにいい人だった。そう、書いて欲しい。」


【・・・日本人が書いた手紙を見せつけるリクシャーのドライバーには要注意!本当かもしれませんが、日本人旅行者が書いた感謝のメモを持っていて、それを見せつけられました。でも実際に彼のリクシャーに乗ったのですが、違う場所で降ろされたり、みやげ物屋に連れて行かれたり。メモも無理矢理書かされていたりなど本当かどうかわからないので、安易に人を信じないことですね。


昼間彼女と話した、ガイドブックに書いてあった読者投稿記事が、再びリアルに蘇ってきた。

「・・・少し、考えさせて。」

そう、話すのがやっとだった。


少し機嫌を悪くした彼は、ばつが悪そうにゆっくりと立ち上がると、ガートに座り込む仲間のほうにいってしまった。



彼女に相談はできなかった。できるわけなかった。

明日も彼との約束がある。あんなに彼のことを慕っていた彼女に、こんな話・・・
できるわけ、ない。




夕闇

2007-08-29 01:19:15 | インド旅行記
ふと目を下に移した。座っていた石段を五段ほど降りた斜め左側に、ここまで連れてきてくれたリクシャーワーラーのおっちゃんが独りぽつんと座っている姿が見えた。
その背中は少し淋しそうで、小柄なおっちゃんがよけいに小さくみえた。
時計をみると、既に8時近かった。3時間もここにいたのだ。


「あたしちょっと、おっちゃんのところ行ってくる。」

マリオネットみたいにぎこちなく、やや痺れた身体を動かして、わたしはおっちゃんの隣に腰を下ろした。
どうしても、一言伝えたかった。


「連れてきてくれて、本当にありがとう。長い時間、拘束しちゃってごめんなさい。あなたとの出逢いに、心から感謝しています。」

大丈夫だよ、だってわたしたちは友達じゃないか。

虫歯だらけの歯を覗かせて、再度トモダチーと言い、わたしたちは笑い合った。


家族のこととか、日本のこととか、またたわいのない話が始まった。
心なしか、肌を取り巻く熱い空気が、少しずつ覚めてきている気がした。
じゃあ・・・と友人の隣に戻ろうとすると、おっちゃんの声に引き止められた。



「・・・・・・・くれないか?」




      ・・・え・・・・・・?

聞き違いかと思った。聞き違いであってほしかった。
おっちゃんの青いシャツが、まだ点いている蝋燭の明かりに怪しく照らし出されていた。



2007-08-29 00:07:15 | インド旅行記
夕闇にゆらめくガンガーは神秘的で神々しく、わたしたち異邦人をどこか寄せ付けない空気が漂っていた。


フェスティバルは夕方まで続いていた。
着いたわたしたちは、ポストカードやお香を売りにくる現地の子どもたちと交渉し、日本語ガイド見習いだというインド青年と文化や習慣、果ては恋愛やウエディングのことまで話して盛り上がって、ただただ時が過ぎるのを楽しんでいた。


陽が沈み辺りが暗くなると、どこからともなく数本の燭台がガートに運ばれ、蝋燭に火が燈された。

一人の男が狭い石畳の上に立ち、大きな燭台を手に祈りを捧げ始めた。
静寂のなか燃える炎の明かりと人々の微かな囁き声に、じんわりと包まれていた。


そこはわたしたちが生活を営む空間とはまるで別世界で、今この場で彼らと同じ時間を共有しているとはとても信じられなかった。

どこにいっても溢れる加工された音声と映像に慣れきった耳目は、どっと流れ込んできたこの刺激を脳に伝えきれずにいた。
麻痺した五感を通ってきたそれらに意識さえも麻酔をかけられたようで、わたしはなすがままにぼんやりと視線を泳がせていた。


ずっとこのままでいたかった。一言でも声を漏らしたら、この心地良い酔いから引き剥がされ夢から覚めてしまいそうだった。


遥か遠く、臨んだ船に積まれた十数もの火が、ガンガーに流された。
まるで死者の魂を慰めるかのように、またそのものであるかのように、いくつもの明かりが暗闇の中をゆらゆらと泳ぎ、いつしか散り散りになって川下へと流されていった。


祈りの儀式が終わり、男は壇を降りた。
すべてがあまりにも夢のようで、現実に還るまで、わたしはまた少し時間を要した。