元大阪大学医学部助教授の辻悟先生が行った「辻説法」。
はたまた東京都精神保健福祉センターの相談員小坂英世先生の提唱した「小坂理論」。
それらの人々の後継者たちは、寡聞にして、完全治癒率や寛解率を公表しようとはしません。
「辻説法」は、いわゆる病的体験が病理的であることを認識させ、体験に病識を持たせるには意味があると、辻先生の本を読んで感じました。
「小坂理論」は、はじめはライバル理論、次に復讐理論に移行したそうですが、患者の逃げ道をふさいで、徹底的に人格改造を行う。
病気を治す。
それは正しい。
ただ、世の中、正しいことがすべて正しいというわけではないのです。
このことは、小坂先生の後継者と自称する、笠原敏雄先生のホームページの記事を読んで感じました。
どちらの「治療法」も、患者を選ぶようです。
辻先生の定則的接近を理解しない患者さんは、辻先生はほかの治療者と交代してもらい、小坂先生は、この療法は、私しかできないし、誰でも受け入れられる治療法ではないと、いっていたそうです。
どういう動機かは知りませんが、辻先生や小坂先生のタカ派的治療を患者さんに強いる彼らの理論的後継者は、完全治癒率や完全寛解率を発表しません。
彼らは、その治療法の切れ味に酔いしれ、治せばよろず好転していく。
そんな楽観主義にたっているように思うときすらあります。
さて、中井久夫先生の本に書いてあるエピソードを引用して、この記事を締めくくりたいと思います。
ある患者さんが、「先生。志賀直哉先生の『暗夜行路』とプルースト先生の『失われた時を求めて』を、貸してください。」といって、中井先生から本を借りましたが、患者さんはいっこうに読む気配は見せなかったそうです。
あるとき中井先生は、ハッと気がついた「この患者さんは、私に治してくれるな!」といっていると。
発病前から、真っ暗闇の中を手探りで歩き、病を発症して、いきづらさの上に症状というつらさがプラスされる。
病が治ったところで、もはや身内の数は少なくなって、社会に患者の受け皿はなく、世間が貼り付けたレッテルとスティグマは一生ついて回る。
失われたときは、いや、患者さんの若き日は、二度と戻ってこないのです。
そんな環境の中で、患者さんの人生苦を救うために現れた、患者の悲鳴とも言うべき、病という最後の適応手段を奪って、何の利益があるのか?
世の中、安心して病を治せる人ばかりではないのです。
それどころか、よしんば治ったところで、よりつらい人生苦が待っている場合すらある。
病よりもつらい人生苦。
病棟よりも過酷な環境に舞い戻らなければならない状況での、操作的に決められた退院。
それは誰得なんでしょうかねえ? 本当に誰得なのかしら?
閑話休題
Икэмотоがこれらのことに気がついた今、疾病利得の真の意味に気づいたのです。
もう一度いいます。
病よりも過酷な環境や病棟よりも過酷な環境に切羽詰まった人が、過酷な環境におぼれ沈む前に、わらにもすがるような気持ちで、病というわらにすがる。
そういうケースもあるのかもしれません。
さて、私の書いたこの記事をどのように感じるか、患者のずるさに憤るか、はたまた、八方ふさがりと孤立無援の中で、最後の最後に思いついた、悲しい自己救済とみるか。
いろいろ感じ方はありますが、その感じ方は、読んだ人の生き方の好み、はたまた人間観なのかもしれません。
さて、
孫子の兵法に出てくる「欠囲」、囲む帥は欠く。
小坂理論にはこれがない。
小坂理論の例に出てくる、イヤラシイ再発。
それは一切の逃げ道を失った状態で、人生苦に直面した小坂理論の「犠牲者」が放つ、イタチのなんとやらなのかもしれません。
そう思ったИкэмотоでした。