〈スタートライン〉 映画監督 日向寺太郎
聖教新聞 2019年3月16日
映画「こどもしょくどう」 23日(土)より全国で順次公開
子どもは未来であり希望である――地域の子どものためにと始まった「子ども食堂」は、今や全国で2200を超える。その取り組みが全国に広がった背景を、子どもの目線で描いた映画「こどもしょくどう」が、今月23日に公開される。今回のスタートラインでは、監督の日向寺太郎さんに話を聞いた。
映画の企画をいただいたのは、15年の夏。当時はまだ、子ども食堂は今ほど多くありませんでした。
実際に、足を運ぶと、とても居心地のいい場所でした。何か決まり事があるわけでもない。知らない子どもが来ていても素性を探ったり、深く聞いたりもしない。それでいて、無関心とは違う、「ここにいていいんだよ」と言われているような温かさを感じました。
なぜ、子ども食堂をつくらなければならなかったのか。子どもたちが直面している現実と、子どもから見た社会を描きたくて、この映画を製作しました。
――厚生労働省の発表では、7人に1人の子どもが貧困状態にあるという。しかし、日頃その存在に気付く人は多くない。
子ども食堂に行ってみても、見た目だけでは分からない。しかし、子ども食堂に通い、さまざま調べ深めていく中で、貧困は身近なところにあるのだと知りました。
日本では、一度「軌道」から外れてしまうと、極端に生活が苦しくなってしまいます。思えば、私の身近にもシングルマザーの方が多くいました。大変な思いをしてお子さんを育てていらっしゃったと思います。まだまだセーフティーネットが不十分だと感じます。
それは地域を見ても同様です。かつては、町内会など、人との交流も多く、何かあれば自然に支え合っていましたが、今では希薄になっています。
裏を返せば、皆、しんどさや苦しい状況を抱え、自分のことで精いっぱいなのかもしれません。
こうした現状を変えようと映画を作ったわけではありません。映画を見て何を感じるのかは、人それぞれです。何か行動を起こさなきゃいけないわけでもない。ただ、こうした苦境の中で暮らす子どもたちが、身近にいることに思いをはせてもらいたいとは思っています。
――子ども食堂は、16年からの2年間で、約2000カ所増えたとされる。認識が深まりつつある一方で、「子ども食堂に行く人=貧困」との世間の目を気にして、足を運べない人もいる。
人は一人では生きていけない。困った時には遠慮なく助けを求め、助けられる時は全力で助ける。それが当たり前だと思います。
ただ、“かわいそう”と思われたくないという人も中にはいる。確かに現実と必死に闘っている人に、「かわいそう」と声を掛けるのは、生き方を否定することにもなるし、不適切でしょう。でも、かわいそうだなと思うこと自体、悪いことではないと思います。大切なのは思うだけで終わらないことです。
なぜ、そう感じたのかを考えることが、全ての出発点になります。両親に捨てられたことがかわいそうなのか。食事ができないこと、学校に行けていないこと、家がないことがかわいそうなのか。自分が抱いた感情に向き合うことが、自分の問題意識を知る上でも、具体的な一歩を踏み出す上でも大事だと思います。
――日向寺さんは、少年犯罪をテーマにした「誰がために」、戦争を題材にした「爆心 長崎の空」など、苦難の中に生きる人々を描く作品を多く手掛けている。
お話をいただいてから映画を作ることもあるのですが、過去の作品を振り返ると、人の生き方に迫るものが多いことに気付きました。
それぞれの時代状況の中で、人間がどうやって生きてきたのかは、私自身、とても関心があるテーマです。
時には理不尽ともいえる困難な現実に、気持ちの整理がつかないこともあります。それでも、現実と向き合い、立ち上がろうとする姿に、人間らしさ、力強さを感じるんです。最も尊い瞬間なんだと思います。
今作品でいえば、貧困の現実と、子どもたちが必死に向き合う姿を描きました。ある子どもたちにとって、現在は、孤絶し分断された世界かもしれない。その中でも、人と出会い、思うことによって、人は変わりゆくことを描きたかった。子どもたちの変わっていく姿に、希望にも似た思いを込めています。
――最後に青年に向けたエールを聞いた。
子ども食堂も一人の思いから始まりました。何かを変えたいという思いがあれば、少しずつ現実を変えていく力になると思います。
人はつながりの中で生きている。家と学校だけの生活では、いざという時、逃げ場がなくなってしまう。子どものためにも、こうした人とつながれる場所がもっとあるべきです。
それは大人にも言えることです。仕事より趣味が好きでもいい。何でもいいと思う。他者とつながれる「場」があることが、豊かさに結び付くと思います。人間関係って煩わしいと思う人がいるかもしれないけど、そうしたつながりを大事にしていってもらいたいです。それが生きる力に変わっていくと私は信じています。
ある日、ユウトとタカシは、河原で父親と車中生活をしている姉妹に出会った。あまりに“かわいそう”な姉妹の姿を見かねたユウトは、怪訝な顔をする両親に2人にも食事を出してほしいとお願いをする。
数日後、姉妹の父親が2人を置いて失踪し、行き場をなくす姉妹。これまで面倒なことを避け、事なかれ主義だったユウトは、姉妹たちと意外な行動に出始める――。