図書館でもこの手の本が文庫本の棚で一大勢力となっているのは見ていたので、もしかして、と思ったら本当にあった。
高校3年の春にキャパシティを超えて以降、何度か「発病」しては鎮火させていたヒロインの「ストレス」。
それは元々あくまで「最もプライベートな部分」から発生し蓄積されたものであり、その、発生させる環境は、結局のところ、とにかく、依然として、安定していた。
が、ある朝、氷の三すくみによって維持されてきたその安定が崩れていることをヒロインは(無意識のうちに)気づく。自宅の中にさえプライベートな空間を持つことを拒否していたヒロインは、長年棲んできたおぞましい「家庭」さえ「外部」となったことに、「決定的に仲間はずれ」にされたことに気づく。
親からの愛情の欠如、つまり自分のアイデンティティのかなり根本的な部分で生じてきた痛みを切り離し、虚像として生きてきたヒロインにとって、外部の事柄は言ってしまえば取るに足らないものだったが、「外部の侵入」によって、久し振りに外部を意識することの辛さ、己の孤独を強烈に感じさせられることとなる。そしてヒロインが、「血の通った外部」に「生身」で触れて感じさせられる熱さとそれに対する飢えが新たな怪異という形になった。
シリーズ内世界の時系列で言うと『化物語』の最終話まで来て、まだまだバリバリの活火山として残されていた件の一応の決着ということになるのだろうか。ここまで来ると、そもそも最初の吸血鬼もヒロインが呼び寄せてしまったように思えてくる。
いや、ちょっと違う。その「どうしても引き寄せられてしまう」生まれながらの性格により傷ついてきた(と本書でほのめかされている)、「本物」である少年、「より人間らしく」傷つき、「何か」を抱えている阿良々木と、(ちょっと変な形で)「遭遇」したヒロインは、自らが「偽物」であり、そして既にイッパイイッパイであることを初めて自覚、そして彼が自らにとっての「生きた鍵」であることを(戦場ヶ原同様)本能的に察知し、ゆえにどうしようもなく惹かれることになる。のだが、猫や虎の怪異同様、この二人が出会うことで発生した、本書で「黒羽川」の言うところの「エルニーニョみたいなもん」が、吸血鬼およびそれに関連する事件なのだろう。更に付け加えるならこれはあくまで人間側の視点であり、その逆の因果関係もまた真と観る「余地」もこのシリーズでは与えられている。
物語の終りでヒロインは、「苛虎」の出現は自分が文字通り致命的状況にいたことを示していた、ということを改めて確認する。
ヒロインが自らを「取り戻し」てゆく過程がミステリー形式で描かれているところは(原作は読んでいないが、)『化物語』の戦場ヶ原編と似たところがあるが、他のヒロイン達と違い?エキセントリックなキャラクターづけがされていない分よりストレートに共感しやすく、『(黒)』編で目を向けさせられたポイント*、これまでの「羽川物語」の「回収」も素直に感じられる。
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いまさらながらちょこっとレビュー:猫物語(黒) 参照。
が、やはり引っ掛かる。「人の心」を取り戻したヒロインは、もう以前とは違う「自宅」へ戻ることになるが、これははっきり言ってギャンブル、格段にボラティリティが増した「虎穴」(笑)に飛び込むことを意味する。怪異に頼れなくなったヒロインは卒業までやっていけるのだろうか?これもやはり(戦場ヶ原同様)阿良々木と出遭った成り行きの結果であり、そこから得た友人達への信頼の強さゆえということであろうか。
(まあお話だからね、と書いてしまう僕はシニカルということになるのか?)