掛川駅まではいつもの名鉄→東海道本線乗継。
いくら電車が好きでも、新鮮さがないねぇ。
西側はすでに関西圏(滋賀県)に入った上に、変化に富んだ経路。
それに比べると、何だかねぇ。
白須賀宿手前で静岡県に入ってから随分経つけれど、行けども行けども静岡県。
何せ東西に長い静岡県を、東西に動くわけだから。
まだ半分も来てないよ~。
といいつつ、ここまで来たら、旧東海道への好奇心は抑えようがなく、やめられません!
掛川駅前から、掛川バス東山線(東山行)に乗る。
「東山」なんて、どこかで聞いたような名前だが、日坂よりさらに山奥に、そういう集落があるらしい。
2時間に1本のバスに合わせて行動しているため、「日坂」のバス停に降り立ったのは、12時半近く。
前回の終了地点、日坂宿本陣跡(日坂幼稚園)前をスタート。
すぐに旧国1にぶつかる。
反対側から急激に駈け上がる狭い道が見えているが、これが旧東海道。
ここからは「小夜(さよ)の中山」と呼ばれる峠を越えることになる。
凄い登り坂だ!
曲がりくねって登り切ると、今度は反対に穏やかな道が続く。
道標もあるし、しばらくは一本道だから、迷うところはない。
「夜泣石跡」なる史跡が出てくる。
昔、ここで妊婦さんが山賊に殺され、その怨念が乗り移って夜な夜な石が泣いた、という伝説がこの辺りにはあったらしい。
茶畑が広がり、見晴らしも良く、静岡らしいのどかな風景が広がる。
やがて小夜鹿一里塚跡。
さらには某電話会社の無線中継所。
採算だけなら、こんなところに中継所は作らないけどね。
全国くまなくサービスしないとね♪
ってなぜか突然某社をヨイショしたりして。
左側に、江戸から続く由緒ある茶屋「扇屋」が今も営業している。
この扇屋に、先ほどの妊婦さんの子供が生き残って育てられ、やがて仇を討つ、というストーリーになっている。
すぐ隣、久延寺。
関ヶ原の合戦に向かう徳川家康を、山内一豊が接待したという、名刹だね。
しばらく走ると、左手に看板があって、掛川市から島田市に入る。
坂道を駈け降り、道は右にカーブするが、東海道は正面の階段を降り、やや広い道に出る。
反対側に明らかにそれとわかる旧道が集落の方へ向かっているからね、一応資料を確認しながら走る。
小さな川(菊川)を渡り、左手に「法音寺」というお寺が見えたら正解。
で、いよいよ東海道ラン初の石畳「菊川坂」の登り口がある。
季節柄、雑草も少し生え、欝蒼とした雰囲気だけど、それは入口だけ。
かなりの急坂だけど、すぐに人里離れ、周囲は緑に囲まれ、自分の足音だけが聞こえる素敵な空間となった。(写真)
ただ、しばらくして気づいたけど、石畳は走りづらい…!
まぁね、走ることを前提に作られてないしね、当たり前だけど。
この菊川坂の石畳、江戸時代のものはごく一部で、大半は平成13年に地元の有志により復元されたものらしい。
これだけの石畳を、(恐らく)手作業で丁寧に復元したとはたいしたものだ。
登り切って県道と交差する。
左手に「諏訪原城址」。
武田勝頼により築かれた、広大な城跡だからね、凄く興味あるんだけど。
未練たらしく入口付近を少しウロウロしたけどね、旅の者なので、先を急ぎます。
いつのまにか峠を越え、道は下りになった。
分岐点があるけど、道なりに左を選ぶ。
今度は金谷坂の石畳の下り口。
こちらも静かな山里の雰囲気で素敵だね。
菊川坂同様、地元の有志により復元されたものらしい。
頭が下がります。
石畳を降り切ってすぐ、国道473号に突き当たる。
左に目をやると、さらに降り口があって、道が続いていることがわかる。
さらに坂を下ると、左からトンネルを出た東海道本線が姿を現し、金谷駅に到着。
どうやら金谷駅は、旧東海道の真上に鎮座しているようだ。
ということで、駅前(というより駅裏?)を通って、左折し、線路を潜る。
駅前通(国道473)に出て右折。
ここに「金谷一里塚跡」の木柱がある。
この国道473が、メインストリート兼旧東海道だけれど、残念ながら街道らしい佇まいはあまり残っていない。
とはいえ、しばらくすると「柏屋本陣跡」「佐塚屋本陣跡」の大きな案内表示に出くわすから、目印にはなるね。
「金谷扇町南」の交差点もそのまま直進。
途中、右折すると、すぐに大井川鉄道「新金谷」駅に出るけど、そこも直進。
ここをゴールにして、大井川鉄道をちょいとつまみ食いすることも考えたけどね。
今じゃすっかり有名になったSLはもちろん、近鉄ビスタカーの中古が走ってたりして、話題性に富んだローカル私鉄だもんね。
でもすでに乗車済だし、もう少し先に行っておきたいし、ここは素通り。
直進し、やがて大きな川を前にして、堤防に行く手を遮られる。
この川こそ、江戸の旅人を悩ませてきた大井川やね。
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と唄われた大河。
橋なんて当然なかったし、渡し船も禁止された大井川。
あるのは人足のみ。
人夫さんが肩車したり、駕籠(蓮台)に乗せたりして、旅人を運んでいたけれど、増水するたびに「川止め」になって、手前の金谷宿や島田宿で何日も足止め食らってたわけだ。
中には悪質な旅籠もあって、実際には通れるのに、「今日は川止めだ」と言って旅人を留まらせ、宿泊費をぼったくってたところもあったらしいしね。
もちろん現代ではありがたいことに橋がかかっているため、左折して幅広の県道381号(多分旧国1)に出て、「大井川橋」を渡る。
これでやっと遠江国から駿河国に入ったわけだね。
やっと駿河の入口だよ。
ホント、静岡県は長いね~。
渡って最初の信号(大井川橋東)を右折し、そのまま堤防沿いの道を走るつもりだったけど、車が多く、走りづらいからね、早々に左折し、堤防の下の道を走る。
そうすると、島田市博物館の前に出る。
ここで旧東海道が復活する。
すぐに左折。
何やら如何にもという雰囲気の街並みに入った。
博物館の別館もある。
ここは「川越(かわごし)遺跡」として、町全体が江戸期の大井川越えの史跡として保存されているんだね。
金谷宿同様、こちらも京に向かう場合は大井川越を前にした宿場だったからね。
実は随分前に訪問済で、確かマスターズ主催で島田市ハーフマラソンがあり、その帰路に寄った記憶がある。
この時の島田市ハーフマラソン、雨の中、「リバティ」とかいう大井川沿いのサイクリングロードを延々と走らされ、何とか入賞こそ手にしたものの、起伏もほとんどなく、実に単調なコースでうんざりした記憶がある。
で、これがのちの島田大井川マラソンの原型になっていると思われる。
蛇足ながら、コスモタイガー、単調なコースは嫌いでね~。
走ってて楽しくないからね~。
起伏のない名古屋ハーフよりも、風光明媚な犬山ハーフの方が走りやすくて記録も出る。
理論上はどうか知らないが、「記録のために作られたコース」よりも、ある程度変化がある方が良い意味での緊張感が持続できるし、何より「楽しさ」を感じ取れるしね。
その延長で、同じところを周回するというのも基本、苦手。
トラックよりもロードの方が圧倒的に大好き。
ワンウェイはもっと大好き♪
だから街道ランは楽しいね~。
珍しく?マラソントークしちまったけど、このまま進むと左から県道が合流し、さらに進むと「大善寺」というお寺が左側。
この辺りからが「島田宿」が始まってるのかな?
でも宿場らしい雰囲気はあまりないかな。
途中、大井神社という、ちょっと広めの神社がなぜか気になり、参拝する。
この辺りではメジャーな神社のようだ。
立派な社務所もあった。
再び旧東海道に戻り、すぐに「本通2」の交差点。
左側に島田信用金庫本店があるのが目印。
旧東海道はここでとりあえず打ち切り、右折して南下。
約200mほどでJR島田駅前に出て、ここを本日のゴールとした。
今日は峠越えもあったし、無駄にウロウロもしたし。
時計を見ると、正味100分以上は走ってるようだし。
(観光や撮影時はストップウォッチは止めてます、ハイ。)
多分実走距離17~18kmぐらいかな?
島田駅からは何度目かの東海道本線→名鉄乗継。
それでも掛川まではのどかな風景で、そこそこ楽しめるけど。
あとは寝るか本読むぐらいしかないけどね。
そして何気にマイブームなのは、豊橋駅でのオヤツ代わりの立ち蕎麦。(または立ちきしめん)
走って消耗してるってのもあるかもしれんけど、結構うまいんだよ、これが。
※2014.9.30追記
地図、作成しました。(ここをクリック)