清々しい朝日が昇り、これ以上ないぐらいの青空が広がっている。
GW、せっかくの大型連休だしね~。
伊勢街道だけで終わらせたくない。
よし、中山道だ!!
いよいよ今回は、中山道のクライマックス、和田峠越え。
標高1600mの、中山道最高地点を走るんやね。
HPや、様々な資料によると、コースの険しさもさることながら、往復のアクセスも超難関で、ここを歩かれる皆さん、途中で宿泊や車中泊を強いられるなど、散々に苦労されているようだ。
現代もなお、江戸からでも京都からでも、ここは中山道の最大の難所であることは間違いない。
ただし、コスモタイガーには、「走る」という武器?がある。
一介の市民ランナーに過ぎないものの、さすがに歩行者よりは早いはず。
当然、今日も「日帰り」なのだ!
名古屋に住む人間が、長野県の山岳部を走り、日帰りしようというのだから、かなりの無謀かつ無駄な話なんだけど。
自分の足と地理感覚を頼りに、それを決行するつもりなのだ。
とはいえ、もはやのんびりと「鈍行乗継」などという状況ではない。
早起きし、大高駅に朝7時過ぎには到着。
今日、想定しているルートでは、該当しそうな割引切符も存在せず、経路通りに切符を買うしかないな。
名古屋駅に出て、中山道run初の「(ワイドビュー)しなの3号」に乗車。
朝からバタバタだったけれど、車内販売のコーヒーで、ホッと一息つくコスモタイガーなのだ。
今までのんびり楽しんでいた中央本線(西線)を快調に飛ばし、2時間弱で塩尻駅に到着。
そのまま中央本線(東線)の普通列車に乗換え、下諏訪駅には10時半少し前に着いた。
前回も利用した、町営バス「あざみ」号との乗継は約5分。
ちょっと慌ただしいため、懸念していたものの、順調に乗り継ぐことができ、ホッとする。
この「あざみ」号、今でこそ下諏訪町営のコミュニティバスとなっているけれど(運転のみをJRバス関東に依頼している)、つい2年ほど前(正確には2008年3月末)まではJRバス関東の正式な路線だったのだ。
下諏訪町内の中心部を抜け、住宅街をこまめに通り、前回runで登った国道142号に出れば、あとは道なりに快適なドライブとなり、約20分のバスの旅。
前回の無理矢理?ゴール地点の「樋橋」で下車。
一応循環バスの形態は取ってるものの、ここでバスはUターンするからね、事実上の終点とも云えるバス停だ。
そしてこの「樋橋」から、峠を越えた約15km先の和田集落(和田宿))までの公共交通機関は皆無。
人家も自販機もない山間の激しいクロカン道を、ひたすら走るしかない。
しかもその和田宿からのバスが、これまた1日4本!
14時半過ぎ発車が最終ときてるからね~。
それに合わせて、何が何でも和田宿まで辿り着く必要があり、気ままにのんびり走る、という状況じゃないんだよね。
それがNGなら、もはや野宿かヒッチハイクの選択しかないけれど。
どちらも経験ないし、そんな装備も持ち合わせていない。
とにかく予定通り、家には帰りたい!
時計はまもなく11時になろうとしている。
記念に?シャメだけ取って、覚悟を決め、いよいよ本日のトレーニング開始!
といっても、約5km先の、西餅屋茶屋跡までは前回の重複だけどね。(旧中山道編24参照)
水戸浪士の墓を通り、国道から外れた、崖沿いの恐怖を再び味わい、「西餅屋一里塚跡」を再度確認。
2度目だからね、写真も取らず、ノンストップで足を進める。
時間がもったいない。
記憶に新しい、ガードレールの切れ目をすり抜け、前回引き返した「西餅屋茶屋跡」に到着。
さぁ、ここからは本格的なトレイルモード!!
幸い、要所ごとに簡易案内板が設置してあり、見落とさないように注意してれば迷うことはないけれど、山の中のクロカン道をどんどん登っていく。
本当に見渡す限り、緑の中の1本道だ!
樋橋スタートして以来、国道を走る車意外は、誰ともすれ違わない。
汗が噴出し、一気にトレーニング強度up!
足元も良くないし、ひたすら登ってるだけだから、1km何分なんて、もう気にもしてられない。
途中、2度ほど国道142を渡るものの、どんどん標高を上げ、茶屋跡からでも30分以上走っただろうか?
何やら少し広い空間に出た。
着いた!
和田峠。
標高1600m。
ここが中山道最高点なのだ。
そこに設置してある説明版には「古峠」となっている。
明治になって新道ができたため、旧道側のこちらは呼ばれることもあるらしい。
視界が開いているため、願望は素晴らしいの一言!
遠く、岡谷市の町並みを見下ろせ、思わず足を止めた。(冒頭写真)
そしてここは、行政区域の境界にもなっていて、今までが下諏訪町、ここから先は、旧和田村、現在は広域合併で、長和町となっている。
観光客相手のお店も自販機もない。
あるのは雄大な山の自然だけ。
中山道というよりも、ほとんど山登りに近いよね。
せっかく苦労して登ったんだから、この充実感をもっとゆっくり味わいたいところなんだけど、残念ながら、この先の道のりも心配だし、上はTシャツ1枚、下はジャージというコスモタイガー、何より汗が冷えてきて寒い!!
GWの晴天、名古屋ならうっすら汗ばむ気候なのにね~、。
滞在時間約10分、この風景をしっかり目に焼き付け、さぁ、下るとしようか。
すぐにご老人?達の集団とすれ違う。
20人?30人?
こんな山中で、ずっと一人で走ってきただけに、随分とにぎやかに感じる。
きっと、ツァーか何かで、この和田峠をハイキングに来られたのかな?
恐らく観光バスなんだろうから、「アシ」の心配はないんだろうね。
相変わらずのクロカン1本道ながら、さっきまでの登りに比べると、やや整備状態が良く、走りやすい。
この辺りは冬になるとスキー場にもなるらしく、ところどころが広場のようにもなってたりする。
やがて、アスファルト舗装の車道にバッタリ。
県道460号。
というより、「ビーナスライン」の呼称の方が有名だよね。
そう、あの観光道路として有名なビーナスライン。
実は中山道と交差してたんだね。
しかも1度だけじゃなく、この先、ヘアピンカーブのビーナスラインをショートカットするかのように、4度ほど交差することになる。
4回目の交差を渡ると、石畳が残り、ここが単なるハイキングコースでないことを少しだけ実感できる。
再び国142に出た。
小さな個人商店を久々に見つけた!
ドライブインも兼ねているらしい。
って実はこれ、東餅屋茶屋跡ってことらしい。
残念ながら、往時の面影はなく、普通の売店なんだけどね。
また50mほど先で、右の未舗装の小道に入る。
ここは国道もヘアピンなってて、左に大きくカーブしている。
中山道は、国道とやや離れた感じで、併走。
すぐにこんもりとした塚が。
「広原一里塚」。
両側が今も残っている、貴重なもの。
まぁ、はっきり言って田舎だからね~。
「残した」というより、「残った」と言った方が近いかもしれんけど。
やがて所々で石畳となったり、柔らかい土の道になったりしながら、小川に沿って走る、気持ちの良い散策路となる。
下り坂も随分と緩やかになった。
途中、「近藤谷一郎巡査殉職の碑」。
どうやらここで、昔、お巡りさんが殉職したらしい。
再び国142に合流すると、藁葺屋根が見えてきた。
「接待茶屋跡」。
1828(文政11)年、和田峠のあまりの過酷さを見かねた、江戸の豪商、かせや与兵衛さんが、特に厳しい冬の間、ここで無料の茶屋を始めたんだね。
今で言う、ボランティア。
現代でも、ここを冬に超えるなんて、ちょっと考えられないなぁ。
ちなみに現在も、詳しい地図を開くと、この辺りの字名は「接待」とされている。
国道は左にカーブ、中山道は再び右に分岐し、山の中へ。
道幅も広くなり、草が生えていて足にもやさしい。
この辺りは、定期的に整備されているんだね、ありがとう。
やがて左手に、三十三観音。
すぐ近くの山の上にあった熊野神社の観音様、中山道とともにすっかり忘れ去られていたものが、1973(昭和48)年に発見され、ここに集められたとか。
もっとも、4体は行方知れずで、29体しかないという。
またまた何度目かの国142との合流。
ここに「男女倉口」のバス停留所を発見!
長和町のコミュニティバスの路線ね。
で、このバスに、ゴール後、和田宿からお世話になるわけなんだけど。
まだここをゴールにするには、ちょっと距離的に物足りないし、本数はさらに少なく、ここからだと実質1日3本!
次回の行程を考えると、多少なりとも?本数の多い、和田宿まで頑張っておきたい。
もう、この辺りは不便すぎるからさ、先々のこともセットに考えて、ゴール地点を設定する必要がある。
中山道は、第2のターニングポイント、下諏訪宿を過ぎた後、しばらく「鉄道」とは離れた山間をひっそりと、そして延々と続いているからね。
少し先で、国142バイパスが右から合流、随分と高規格?に整備された車道だ。
これを右(南)に少し入ると、「男女倉」という集落らしく、さっきのコミュニティパスの始発ってことなんだね。
土日祝日、つまり休校日は、わずかに1日5往復。
といっても、そのうち3往復は、和田宿が終点という、我々よそ者には何の意味もない便でさ、だから実質2往復なんだよね。
中山道は左に、そのまま国道を走る。
やがて案内に従い、右側の一段高い、未舗装道に入る。
ここも資料によれば、このクロカン道は、江戸前期のもので、後期の中山道は、すでに国142敷設の際に、かき消された可能性があるらしい。
しばらく走ると、今度は「唐沢一里塚」。
ここも、左右両側が現存。
不便なだけに、ちゃんと残ってるんだね~。
やや整備状態が悪くなるけれど、さらにクロカン道の中、足を進める。
またまた国道に下りる。
このまま進んでも良いんだけど、ここで国道を少し戻る。
実は江戸後期の中山道が、今度は国道の左側に分岐している。
分岐してすぐ、藁葺きの民家が左手に見えてきた。
茶屋本陣跡。
または唐沢立場、とも称したらしい。
京都からだと和田峠を越えて、やれやれと一息。
江戸からなら、これからの厳しい山越えを前にして、ちょっと一服。
ここで当時の旅人は休んでいったんだね。
気になるのは、表札が「本陣」になっていること。
資料によれば、羽田家のお宅のはずなんだけど。
これではまるで「本陣」が苗字のようだ。
しかも、茶屋本陣であって、正式な本陣じゃないからさ。
何かちょっと違う気がしないでもない。
再び国142に合流し、しばし国道run。
随分と高度を下げたとはいえ、両側は山に囲まれ、まだまだ山深き里であることを充分に実感できる。
つくづく、名古屋からこんなところまで来て走ってる俺って、素敵だなぁ♪
途中、ドライブインが、真ん前の藁葺きのバス停が印象的だ。
数少ないバスも、この辺りの住民にとっては、貴重な足として、愛されているんだね。
右手に水力発電所を過ぎると、中山道は右に分岐。
800mほどで、またすぐに国道に合流。
そこが「和田鍛冶足」の交差点だ。
物凄く久々に、いや、今日は走り出して初めてじゃないの?
信号。
信号がこんなに新鮮に感じるなんて!
この交差点を左に入るところに、道標と石柱がセットで建っている。
「鍛冶足一里塚跡」。
江戸からちょうど50里の一里塚ということらしい。
ゴールの日本橋まで、約200km、ということやね。
まだまだ先は長い・・・。
当然ながら、この一里塚の前をそのまま進む道が中山道だ。
沿道には道祖神があったりして、旧街道らしい道のりになってきた。
時間が止まっているかのような、山に囲まれた集落。
静かだなぁ、素敵だなぁ。
でも観光客らしき人物は誰もいない。
アクセス悪いもんな~、マジで。
峠降りたところですれ違った団体さんだけだもんな。
時計を見ると、まもなく14時になろうとしている。
でも実際には、時間が止まってるどころか、最終バスの発車時間は刻々と近づいている。
着替えとかも考慮すると、せめて10分前には着きたいもんな~。
和田宿まであと少し!
良かった!
何とか間に合いそうだ。
古い民家が増えてきた。
和田宿に入ったようだ。
すぐに右側、和田宿のシンボル?「本亭旅館」。
和風建築の堂々とした建物で、名前の通り、最近まで旅館業を営なみ、中山道ウォーカーの貴重な拠点となっていたらしいけれど、残念なことに、現在は商売をたたんでいるらしい。
まさにこの近辺では唯一と云っても良い宿泊施設だったらしいから、これでまた、中山道を歩く(走る?)人間には、厳しい条件が1つ加わったことになるね。
で、その正面(左側)が、小さな公園になっていて、その隣が脇本陣。
和田宿は、1861(文久元)年3月、大火の被害に遭い、かなりの建物を消失したらしいけれど、同年11月の和宮様の江戸降嫁の際に、突貫工事で再建。
今、目の前にあるのは、その頃の建物だ。
それでも築約150年になるわけで、貴重な文化財であることは間違いない。
さらに足を進めると、100m弱で十字路があり、その右手にある大きな建物が「和田宿本陣」。
この宿場では最大の建物で、こちらは1986(昭和61)年に、忠実に再現されたもの。
中を見学できるらしい
その正面に「かわちや」。
こちらも現存する旅籠で、現在は資料館になっている。
本陣とともに共通観覧券(300円、安!!)があり、もちろん拝観したいのはヤマヤマなんだし、ついでに言うなら、国142に出た反対側には、「ふれあいの湯」という温泉施設もあるらしいから、一風呂浴びたいのが本音だけど、そんな時間はない。
随分と早めの店仕舞だけど、ここをゴールにして、さっきの脇本陣まで戻る。
実はこの脇本陣の前に「上和田」のバス停があるんだね。
そしてここが、旧和田村の中心的な場所!
今日の実走距離は、17~18kmぐらいかな?
純粋に中山道だけなら、15kmぐらいだけどね。
数字だけ見れば、たいしたことないんだけどさ、何より和田峠を越えた疲労は、相当にある。
バスの時間もいつも以上に意識したせいか、予定通り間に合ったということで、かなりの充実感。
それに、ここから名古屋まで帰るだけでも結構大変なんだよな!
まぁそれが1つの楽しみだったりもするんだけど。
14時36分、本日最終便の、長久保行のコミュニティハバスがやってきた。
・・・はずなんだけど、やってきたのは、10人乗りぐらいのBOX車。
ジャンボタクシーを誰か頼んだのか?
と一瞬思ったけど、実はこれが長和町コミュニティバス。
「男女倉」始発で、今、上和田にやってきたんだね。
といっても、客は誰もおらず、自分だけなんだけど。
運転手も、見慣れぬおっさんがジャージ姿で乗ってきたから、少し変な顔してる。
実は「長和町巡回バス」と称しながら、運行はJRバス関東に委託してるんだね。
だから運転手さんも、JRバス関東の所属ってことになるのかな。
途中で1人、地元のおっさんが乗ってきたけど、それ以外に出入りはなく、15分少々で、終点「長久保」に到着。
ここも中山道「長久保宿」で、恐らく次回、走ることになるんだけどね。
なるべくなら、こういう「先回り」的なシチュエーションは避けたいんだけど、ルートを選べる状況じゃないから仕方ないよな。
東海道の箱根以来の先回りやね。(旧東海道編36、37参照)
で、この長久保から、JRバス関東の「上田行」に乗り換え。
幸いにも、上和田からのバスとは、数分の接続でつながっている。
といっても、この路線も、わずかに1日4本!
途中の中央病院まで行く便が数本あるけれど、当然ながら、それでは意味ないしね。
こんな少ない本数のバスに、乗り損なっては大変と、双方の運転手さんが連絡を取り合っている姿には好感を覚える。
こちらのバスは、ちゃんとした?JRバスの車両で、利用客も10人ほど乗っていた。
途中、依田窪病院という、この近辺では大型病院に寄り道し、バスはどんどん高度を下げ、丸子町というちょっとした街中を通過。
約40分で、「大屋駅前」に出る。
このまま乗り続けて、終点の上田まで出ても良いけれど、鉄チャン的にはなるべく鉄道を使いたい。
ということで、ここで下車。
多分、余程の鉄チャンじゃないと聞き慣れない駅名なんだろうけど、第3セクター「しなの鉄道」の駅だね。
実はこの大屋駅、あの有名な北国街道の「海野(うんの)宿」の最寄り駅でもあるんだけどね。
ここから線路沿いに東へ約2kmほどの距離なんだけど。
すでに気分は帰宅モード。
旧街道run初の「しなの鉄道」の旅を楽しみ、JR篠ノ井線との接続駅、篠ノ井駅下車。
このまま「ワイドビューしなの」で、としたいところなんだけど、しなの鉄道との接続が悪く、1時間弱の待ち。
幸い?店仕舞が早かったから、まだ周囲は明るい。
もう一丁、楽しむか!
ってことで、数分後の普通列車に乗車。
そうそう、鉄ちゃんなら知っている、あの日本三大車窓の1つ、スイッチバック駅、姨捨駅を通るのさ!
普通列車だけが味わえる特典。
ワイドビューしなの号は、駅の下の、通過用の線路でショートカットしちゃうのさ。
結構混んでて、座れなかったのはショックだけど、姨捨駅から見た善光寺平の、広大な風景は、疲れを忘れさせてくれる。
スイッチバックだから、ちょっとだけ停車時間が長いのも嬉しい。
松本駅に到着。
さすがに疲れた。
もうお腹いっぱい。
「しなの」で帰ろうっと。
といっても、「しなの」まで30分あるんだよね。
改札出て出歩く気にもなれないから、とりあえずやってきた電車で、塩尻まで移動。
ちょっとでも節約にもなるし。
塩尻駅で、「しなの」に乗継、ようやく腰を落ち着けたコスモタイガーであった。