cry&smile

海外ドラマの感想、子育て、結婚時代のいろいろなど、ありふれていると思ってるのは自分だけらしく、怒涛の日常を綴っています。

2007.7.11

2007-07-11 15:03:41 | 過去ブログ
AUTHOR: cocona
TITLE: 夫のマインドコントロール??
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PRIMARY CATEGORY: 離婚調停
CATEGORY: 離婚調停

DATE: 07/11/2007 14:39:02
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ちょうど、東海に住んでいたときに通っていた幼稚園の同窓会が一ヵ月後に迫っていたので、

私の腰の調子が良くて、医者の許しが出れば行くので、

そのときに子供たちに会えば?



と、 提示してしまった私。

実家の両親には、

そんなことまでする必要はない

と言われながら、

夫に背いた私が悪いのだから、

夫が望むことは、少しでも叶えてあげなくちゃ。

そうすれば、夫は私のことを

少しでも理解してくれるかもしれない



とぜんぜん夫のマインドコントロールから抜け出せない私。


モラハラに遭った方なら分かると思いますが、
もともと、夫の愛情が欲しかったり、理解を得たいがために
理不尽な夫の言動を許したり、
自分が悪いんだからと従ったり、
激怒、無視を恐れて夫のマインドコントロールにはまってしまうのです。

まったく、典型…(汗)



久々に会った子供たちは、
なぜかあんなに暴言を吐かれておびえていた娘まで、
夫にべったり。

同窓会は、朝早くからだったので、
市の宿泊施設に泊まっていくことになっていました。

次の日の早朝、
離婚か同居かはっきりしてくれとせまった夫に、
離婚を示唆したところ、
夫からとんでもない言葉が飛び出してきたのです。
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2007.7.10

2007-07-11 15:02:23 | 過去ブログ
AUTHOR: cocona
TITLE: 夫のトンデモ発言 1
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PRIMARY CATEGORY: 離婚調停
CATEGORY: 離婚調停

DATE: 07/10/2007 08:00:00
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うつ病はほぼ良くなったらしいが、
完治していないのに、県外に転勤になった夫。

さすがに、別居しているとはいえ、気にかかりました。
が、義母がしばらくはついているので安心か…と思っておりました。

何度か、夫から実家へ電話があり、
そんな感じで気にかかっていたので、
快く電話に出て話していました。
時には子供たちに代わったりして…。

実際、別居するときに、
話し合いってことが不可能だったので、
夫は、
夫のいる土地に子供と私の三人で来てほしい。話し合いたい。と
電話のたび、言っていました。

まあ、その気持ちもわからなくはない。
話し合いをせず出てきて、ちょっと私も後ろ髪を引かれる思いもあるし…考えてみようかな…

と、当時の私、激甘!!

そのうち、二ヶ月もたつと、
威圧的な声で

「子供に会わせろ!!」

と言って来る様になりました。
躁状態の夫の様子が蘇ってきて怖くなったのと、腰痛を理由に
電話で話すのを極力避けるようになりました。

その頃、心労、身体的な過労がたたり、
椎間板ヘルニアになってしまった私。
二週間寝たきり。
そんな私が、小さい子供を連れて、電車で五時間など無理な話。

こちらに来てくれれば子供に会えるよ、と伝えたところ、

夫側の言い分は、

「勝手に出て行ったのに

呼びつけるのは何事か!!」

と激怒。


ああ、やっぱり出てきて正解



でもその頃の私は、

夫の意向に背いてしまったから

夫が激怒してる

どうしよう………


とおびえるばかり。

よせばいいのに、夫と会うチャンスを提示してしまったのです。
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2007.7.7

2007-07-07 15:00:32 | 過去ブログ
AUTHOR: cocona
TITLE: 夫の転勤
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PRIMARY CATEGORY: 離婚調停
CATEGORY: 離婚調停

DATE: 07/07/2007 08:00:00
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BODY:
社会的には、しっかりとした言動をしていたのでしょう。

別居前後に、もともと居た東海のほうに一つ空きができたから転勤するか?
という話があり、
子供たちが東海に戻りたがっているのを知っていた夫は、
嫌いな上司に土下座までしてお願いしたのだという。

しかし、なぜか、甲信越(もともと本社のあった土地)のほうの営業職に異動。
内勤事務から営業職に返り咲いたものの、扱う商品は今までと違うもの。

うつ病治ってないのに、まだ通院してるのに、

転勤って!!

会社も無謀なことするなー。
と思ったものです。

でも、夫のところには義父母がついているし安心
と思っていたら、
夫が、帰ってくれというから帰ってきた。
って、四国に戻っていました。

お願いしますっていったじゃん

親が言い含められないほどのドラ息子でしたか…

しかし、血を吐いてでも大学通わせてみせるっていって
そのとおり血を吐きながら4年間通わせたほどの(?)有言実行型の義母が、息子が帰れって言って素直に帰るとは思わなかった。
だって、息子はつれて帰ります。夫と責任を持って面倒をみます。
って私たちに公言していたんだもの。

…それとも私の勘違いで、有言実行型ではなく息子の言いなり型だったのかな。

とにかく、荷物を整理しないといけないので、一度上京しろ、との義母からの電話を受け取り、
捨てるものリストを夫の家にファックスし、日程調整をすることにしました。
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2007.7.6

2007-07-06 14:59:13 | 過去ブログ
AUTHOR: cocona
TITLE: 別居、その後
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PRIMARY CATEGORY: モラ
CATEGORY: モラ

DATE: 07/06/2007 08:00:00
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ようやく別居。
モラ夫から脱出した私たち。


モラ夫の母からは、何度も

「離婚するのなら、期待させたら可哀想だから、早くモラ夫くんに言ってあげなさい。」

「離婚するかしないかなんて、愛情があるか、ないかよ。
私が、ここ2,3ヶ月で離婚に話をもっていく。
離婚させてあげるから。」

と、離婚の催促の電話。

「まだ、私は重大なことを考えられる精神状態ではないですから。」
と、離婚決定には難色を示していた私。


そのときの私の気持ちは

娘と私があの場所に夫と居続けたら、心が破壊される。

出てくる前に夫は家族に対して愛情はあったと言っていたが、どんなところを愛情と取ればいいのか。
夫の躁状態が落ち着けば、多少、冷静に話し合えるかもしれない。

とにかく、私よりも子供にとって、
別居したまま家族を続けていき、お互いに和解する。
病状がほぼ完治した時点で話し合って離婚する。
どっちがいいのか納得いくまで考えないと、
人生後悔する。

と思っていました。


9年も夫婦でいたんだから、

しかも、夫の愛情を得るために、無視されないために
夫を怒らさないように、言うとおりに生活してきたんだから、

しかも、うつ病治ってないのに、
本当は私が面倒見なきゃいけないのに
義父母に看護を頼んで強引に出てきて、
後ろ髪引かれる気分でいるんだから、

ひどい仕打ちがあっても
私の中で愛情が全くなくなったとは言い切れない。
夫を見捨てるわけにはいかない。


と、主観的な思いでいっぱい。

今思えば、↑って、DV被害者が加害者から離れられない理由に似ている…。

周りのものは、危なっかしくて見ていられなかったでしょう。
知り合いには、
「そこまでされて、離婚しないほうがおかしいわ」
と、言う意見もありました。


まったくわたしってば大甘

まだ、夫に蛇のような恐ろしい執念があることを知る術もない私。

まだ、話し合えば何とかなるとおもっていたんだから。
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2007.7.5

2007-07-05 14:57:57 | 過去ブログ
AUTHOR: cocona
TITLE: 別居理由その11~脱出
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PRIMARY CATEGORY: モラ
CATEGORY: モラ

DATE: 07/05/2007 09:00:00
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BODY:
念書騒動は、義父から夫に伝わり、
後日、夫と実父が二人っきりで話した、と夫は言い張るのですが、
実父いわく、二人では話し合っていない、とのこと。

もともと妄想癖の、被害者意識丸出しの夫のこと、

実父も私も、夫の妄想なんじゃないか、と思っておりますが、

実父が夫を目の前に

「念書を書く」と言ったそうな。


いや、それはないって。
しかも、父であろうと、成人した私の意見を代弁して言うのはおかしいでしょう。
私はこの話にいっさいノータッチなのよ!!

でもね、実父が「書きます」と言ったときに、
あっ、これ、絶対「書きます」って言ったでしょう!
って揚げ足とられるなあ。まずいなーって思ったんです。
モラ夫、そういう人ですから。

後日、脱出後、モラ夫は

お前の父の言ったことは

お前が言ったことと取るのは当たり前だろう

とのことでした。

全く、自分勝手な解釈にもあきれますが、
揚げ足取られることを、頭の隅に入れてしゃべらない実父もいかがなものか…

まあ、夫は別居については最後まで首を縦にはふらなかったものの、
義父母は、
病気が治れば帰ってきてくれるんだから、
と説得し、

私と娘にすれば、緊急避難を要する問題だったので、
早速別居準備にかかりました。

今となれば、もうすこし粘って私が夫を説得すべきだったと反省していますが。


夫がうつ病じゃなければ、夏休みに帰ったまんま、戻らない、って脱出方法もあったのですが、
さすがに、病人を見捨てて行くわけには行かず…

結局両家を巻き込んでの大家族会議に発展してしまいました。


さて、脱出に向けて、
子供の転校手続き、保育園の打ち切りの手続き、
公共料金の支払口座の書き出し、
必要最低限の荷物の荷造り
など、
二日ほどかけて用意し、

荷物も、家を出るのも、夫が仕事の日に出ることにしました。



夏休みで実家から帰ってきてちょうど一週間。


迷惑をかけた、これからもかける、義父母に、
三つ指をつき、感謝とお詫びをし、

また、飛行機で実家へと向かいました。

別居理由 終わり



脱出までのエピソードにお付き合いいただき、ありがとうございました。
別居についての出来事はこんなところです。
おいおい、困った脱力のエピソードも書いていきますが。

次回からは、
離婚をかたく決意するまでを
書いていこうと思います。

なかなか、唖然、愕然とするエピソード満載です。
また、読んで見てくださいね。 

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