21世紀 脱原発 市民ウォーク in 滋賀

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福島第一原発のトリチウム汚染水の海洋放出問題 福島の漁民のみなさんによる漁業再開に向けての努力を台無しにする海洋への放出は中止すべきです

2023-09-03 22:36:03 | 記事
《 2023年9月:第116回・脱原発市民ウォーク in 滋賀のご案内 》

まだ残暑が厳しい日々ですが、次回の脱原発市民ウォークを9月9日(土)に
おこないます(午後1時半、JR膳所駅前広場に集合)。

どなたでも自由にご自分のスタイルで参加できます。
都合のつく方はぜひ足をお運びください。

■■ 福島第一原発のトリチウム汚染水の海洋放出問題 ■■
■福島の漁民のみなさんによる漁業再開に向けての努力を台無しにする
                   海洋への放出は中止すべきです■


皆さんもご存知のように、去る8月24日、国と東電は福島第一原発の事故により生じたトリチウム汚染水(注参照)の海洋への放出を開始しました。2011年に起きた大事故の後2~3年の間は、事故により原子炉などの原発施設内に拡散乱した各種の放射性物質を含んでいる原子炉の冷却水や原発敷地内に流れ込んだ雨水・地下水などは、何の処理も施されずそのまま海へ垂れ流されていました。その後、ALPS(Advanced Liquid Processing System:多核種除去設備、様々な核物質を除去する装置)が導入・設置され、そのため様々な核物質を基準値以下にまで除去してから原発敷地内に設置された多数のタンクに保管されるようになりました。一方、国と東電はタンクに保管されているいわゆる「処理水」(正確には「ALPS処理水」)の処分方法に関して検討を開始し、ALPSでは除去することができない放射性物質トリチウム(水素の放射性同位体)よりなるトリチウム水(水の分子を構成する2個の水素のうち1個がトリチウムに置き換わったもの)を海水で薄めてWHOが定めた基準値以下にした後に海へ放出するという方針を決定するに至りました。その後、国際機関である国際原子力機関(IAEA)が海洋への放出という処分方法は科学的観点から問題がないと評価したことを受けて、国と東電は海洋放出を実行することを最終的に決定し、2023年8月24日に放出が開始され、今日に至っています。

 放射性物質であるトリチウムが明らかに含まれている水を海へ放出することの是非という問題は、科学技術的問題と社会的な問題が入り組んだ複雑な問題であり、科学的に未解明・未確定な要因も少なからず存在しているため、簡単に結論的なことを述べることは容易ではありません。したがって、以下に記す内容は、あくまでも様々な資料や報道内容などに基づく私の個人的な見解に過ぎません。このため何らかの点において考えを異にする方もおられるかと思いますが、この問題を考えるに際して参考にしていただければ幸いです。
(注:トリチウムが含まれている廃水についてはメディアではほとんどの場合「処理水」という用語が使われていますが、「汚染水」と称するべきだという声もあります。ウィキペディアではALPSで処理された水という意味で「ALPS処理水」と称するのが適切としています。単に「処理水」や「汚染水」としたのでは意味するところが曖昧です。しかし問題の中心はトリチウムです。このため、後に記すIAEAの文書では「ALPS処理水(ALPS treated water)」という用語が使われていますが、この私の一文では「トリチウムで汚染されている水」という意味で、以下「トリチウム汚染水」という言葉を用いることにします)

私はこのたびの国・東電による「トリチウム汚染水」の海への放出に強く反対します。その主な理由は以下のとおりです。

・政府は「関係者の理解を得ずにはいかなる処分も行わない」とした漁業関係者との事前の明確な約束を意図的に反故にしました。しかし、重要な公的約束を一方的に破棄し反故にすることは、権力の濫用とも言うべき行為に他なりません。民主的な社会においては、とりわけ多くの人々が関係する事柄に関しては、権力の濫用が許されないことは言うまでもありません。したがって、たとえ海洋への放出に何ら科学的な問題がないとしても、このような国の行為を市民として看過するわけにはいきません。

・このたび海洋への放出の可否に関して評価を行った国際機関IAEA(注1参照)はその報告書で、人体への影響は無視できる程度であると結論付けてはいますが、一方において、国・東電による放出計画に関して「これは日本政府による国家の決定であり、報告書は推奨するものでも、支持するものでもない」と一定の距離を置いていることを明記しています(注2)。すなわちIAEAは海洋への放出が唯一かつ最適の方法であるとしているわけではありません。したがって、環境中に有害物を放出するという処分方法ではなく、より適切な別の方策を検討し、講じるべきです。

・間違いなく風評被害が起きます。風評による被害に最もさらされるのは福島を中心とした漁業関係者たちです。たとえ金銭的補償や賠償などの措置が講じられようとも、十年に及び本格的な漁業再開を目指してきた福島の漁民の方々の努力は台無しになります。
(注1:国際原子力機関:国連の保護下にある自治機関。目的は原子力と放射線医学を含む核技術の平和的利用の促進ならびに原子力の軍事利用すなわち核兵器開発の防止)。
(注2:また、2023年9月1日付けのプレジデント・オンラインは「IAEAのラファエル・マリアーノ・グロッシ事務局長は、ロイターのインタビューで、『IAEAは(処理水放出の)計画の支持も推奨もおこなっていない。計画が基準に合致していると判断した』と述べ、処理水放出の最終決定は日本政府が行うものだとゲタを預ける形になった」と報じています)

上記の反対理由が根拠を有するものであることを裏付けるために、以下に「トリチウム汚染水」問題を取り巻く最近の状況と問題点などを記すことにします。

【海への放出に至るまでの、国による処分方法の検討経過などの概要】

2015年:政府と東電が、処理水の処分を巡り、福島県漁連に「関係者へ丁寧に説明し、理解なしにはいかなる処分もしない」と文書で伝える
2018年8月:政府は、福島で2箇所、東京で1箇所、「説明・公聴会」を開催。意見を述べた44人のうち42人が明確に海洋放出に反対しました(その後、公聴会は開催されていません)
2018年11月11日:経産省の「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会」の第1回会合が開催される。以後十数回開かれ、トリチウム汚染水の処分方法が検討される。
2021年4月13日:政府がトリチウム汚染水を海洋へ放出する方針を決定
2021年7月3日:政府がトリチウム汚染水の放出計画の検証について国際原子力機関(IAEA)と合意
(IAEAの検証作業は海洋放出に反対する中国、韓国の他、米国など11カ国の専門家が関わり、現地調査も実施し、2年間で今回を含め計7本の報告書をまとめました。放出開始後も評価やモニタリングを行うとされています)
2022年8月4日:東電が海洋放出に関連した設備の工事を開始
2023年1月23日:政府が放出開始時期を「今年春から夏ごろ」とする方針を決定
2023年6月26日:設備工事完了
2023年6月28日:松野博一官房長官が、2025年に政府と東電が福島県漁連に伝えた「理解なしにいかなる処分も行わない」とする方針を「遵守する」と明言
2023年7月4日:IAEAが包括報告書を公表。「計画は国際的安全基準に合致」と結論
2023年7月:原子力規制委員会が東電に設備の検査適合の修了書を交付
2023年8月22日:国(岸田首相)が24日に放出を開始することを決定。今年度の放出計画を発表(貯蔵タンク30基分に相当する計約3万1000トンを4回に分けて放流)。西村康稔経産相が福島県漁連の理事会に出席、県漁連会長の野崎哲会長は「これからも放出反対の立場だ」と改めて強調
2023年8月24日:放流開始。中国政府が日本産水産物の輸入を24日から全面的に停止すると発表

【政府・東電によるトリチウム汚染水の海洋放出計画の概要】

現時点で、トリチウム汚染水の総量は約130万トンであり、1000個余りのタンクに保管されています。トリチウムの総量は約780兆ベクレル(注1参照)とされています。計画によれば、一年間に22兆ベクレル未満の量を放出するとされています(注2参照)。この前提に立つと、現存するトリチウム汚染水が完全に放出されるまでには約35年を要することになります。またタンク内に現在保管されているトリチウム汚染水には1リットルあたり6万ベクレルのトリチウムが含まれているため、WHO(世界保健機構)の飲料水に含まれるトリチウムの基準値である1万ベクレルを下回るようにするために(注3参照)、40倍に海水で薄めて放出するとされています(このため放出される海水には計算上は6万÷40=1500ベクレル/リットルのトリチウムが含まれていることになります)。つまり国・東電は、WHOの基準を大幅に下回る放出が行われることになるとしています。なお、環境省の専門家会議は7月14日に、放出開始後から当面は週1回採水し、1週間程度で結果を公表することを決めています。

(注1:ベクレル(Bq)は壊変率という、放射能(放射性物質)の量を表す単位です。「壊変率」とは放射性同位体が単位時間あたりに「壊れて変わってしまう」数 のことであり、半減期の計算とも大きく関係する概念です。壊変率が高いほど、すなわちベクレルの数値が高いほど、放たれる放射線の数は大きくなることを意味します。いわば放射性物質の量を表示するための単位です)

(注2:年間に22兆ベクレルを超えない範囲で放出することにしているのは、事故以前に福島第一原発において設定していた年間のトリチウム放出量の管理基準を念頭に置いていることによるものであると推測されます)

(注3:水1リットルを飲んだ場合の被ばく線量は、計算上は約0.00019ミリシーベルトとなります)。

(参考:飲料水に関する各国の規制基準は,1リットルあたり、WHOが10000ベクレル、カナダが7000ベクレル、米国が740ベクレル、EUが100ベクレルであり、日本は基準を決めていません(トリチウムを含む水の規制値は? - SYNODOSによる)

放出計画における疑問点:ALPSによる処理は果たして完全に行わるのか?
上記の説明はALPS処理が完全に行われることを前提にしたものです。ALPSは科学的・物理的性質を利用した処理方法で、トリチウム以外の62種類の放射性物質を国の安全基準を満たすまで取り除くことができるように設計された設備であるとされているのですが、IAEAの報告書には「ALPS処理工程はですべての放射性物質が除去されるわけではないことに注意する必要がある、少量の異なる放射性核種は処理後も水中に残っており(ただし規制値をはるかに下回っている)、トリチウムは全く除去されない」と記されています。ところが、現在約1000基のタンクに保管にされている(注参照)トリチウム汚染水はすでに一度ALPSによる処理を施さてはいるものの、その7割近くはトリチウム以外の様々な放射性物質の量が基準値以下にまで達していません。東電は、放出が行われるまでにALPSによる再処理を行い基準値以下にするとしていますが、再処理が確実に行われ、ほんとうに基準値以下に収まるかは定かではありません。ALPSによる再処理の成否は放出の可否を判断するための欠かすことができない重要な要因であるため、IAEAや原子力規制委員会などの関係機関はALPSによる再処理について、その結果の関して厳重な監視を行う必要があるものと考えられます。

(注:東電は2024年の前半には既存のタンクは満杯に近づくとしており、また、今後の廃炉作業に必要なスペースを確保するためにタンクの一部を撤去する必要があるとしています)

【IAEAによる評価の内容、その科学的根拠、反論などについて】

1 IAEA(国際原子力機関)によるトリチウム汚染水の海洋放出に関する評価の内容
前述のように、国・東電によるトリチウム汚染水の海洋放出に関する評価に携わったIAEAは、去る7月4日に包括報告書を公表しました。この包括報告書は約二年間におよぶIAEAのタスクフォース(特別作業チーム)の活動に基づき、放出開始前の評価として、海洋放出が国際安全基準に合致しているかという点に関して評価を行った技術的レビューの最終的結論を示すものであるとされています(全文はIAEAのホームページに掲載されています)
Executive Summaryと題された 包括報告書の要旨が示されている文書によれば主な内容は以下のとおりです(訳文は原子力規制庁による仮訳です。出典は「ALPS処理水海洋放出の安全性に関するIAEA包括報告書の概要」2,023年7月5日:原子力規制庁)

・IAEAは、国際安全基準を構成する基本安全原則、関連する安全要件及び安全指針を用いて、包括的評価を行った。その結果、ALPS処理水の海洋放出に関する取組、及び東京電力、原子力規制委員会、そして日本政府による関連する活動は、関連する国際基準に合致していると結論づけた(下線部の原文はare consistent with relevant international standards)

・IAEAは、ALPS処理水の海洋放出が、放射線に関連する側面との関連で、社会的、政治的及び環境面での懸念を起こしていることを認識する一方、現在東京電力により計画されている放出は、人と環境に対し無視できるほどの放射線影響となると結論づけた(下線部の原文はwill have a negligible radiological impact on people and the environment)

・放出開始前の段階でレビュてーおよび評価した多くの技術的事項については、放出開始後も関連する国際安全基準への適合性を評価する必要性があり、IAEAは、今後も活動を継続する。

以上の内容からIAEAがトリチウムの海洋への放出を可としていることは明らかです。ただし、IAEAの報告書は、放出に伴い生じると予想されるいわゆる風評被害の問題には具体的には何ら触れていません。

(なお、東電が運営する包括的海域モニタリング閲覧システム(ORBS)で、福島県、環境省、東電などの各機関が福島県沿岸で採取した海中の放射性物質のデータを確認することができるとされています)

2 IAEAが海洋への放流を可としており妥当としていることの科学的根拠・背景
東京電力は、トリチウムはベータ線という弱い放射線を出すものの、そのエネルギーは小さいため紙一枚で遮ることができ、日常生活でも飲料水を通じて体内に入るが、新陳代謝などにより蓄積・濃縮されることなく体外に排出されるとしています。また、カナダ原子力安全委員会(CNSC)は、ネット上に、トリチウムの健康への影響について「比較的弱いβ線源で、皮膚を投下するには弱すぎる。しかし、極端に大量摂取すると、がんリスクを高める可能性がある」と書いています。

またIAEAの報告書は、トリチウム汚染水の放流によって毎年放出されるトリチウムなどの放射性物質の総量について「宇宙線と大気上層部のガスとの相互作用など、自然のプロセスにより毎年生成されるこれらの放射性物質の量をはるかに下回ることに留意すべきである」としています。この点に関して、岸田一隆・青山学院大教授は「トリチウムは、宇宙から降り注ぐ放射線などで地球上に年間約7京ベクレル(京=兆の1万倍)生じており、自然界には100京~130京ベクレル存在するとされている。海水や雨水、水道水にも含まれており、私たちは日常的に体内に取り入れている。福島第一原発事故により飛散したセシウムなどと比べて放射のエネルギーが弱く、水と一緒に排出されるため、蓄積しにくい。WHO(世界保健機構)が定める飲料水に含まれるトリチウムの基準値は1リットルあたり1万ベクレルであり、基準値の水1リットルを飲んでも被ばく量は約0.00019ミリシーベルトに留まる。国内で生活すると、食品や宇宙、大地などの自然環境から年間約2.1ミリシーベルトの被ばくを受けるが、この1万分の1未満の量で、人体への影響は非常に小さいと考えられる(注:復興庁は、1年間放出した場合の放射線の影響は自然界からの放射線の影響の10万分の1としています)。東電は1リットル当たり6万ベクレルのトリチウム汚染水を1リットル当たり1500ベクレル未満になるよう海水で薄め、年間22兆ベクレルを限度に放出するとしている。22兆ベクレルというと大変な量のように感じられるかもしれないが、純度100%のトリチウム水(水の分子を構成する2個の水素の一つが水素の放射性同位元素であるトリチウムと入れ替わった水のこと)に換算すると、たった0.4グラムであり、これを1年間かけて薄めて放出するので、環境に対する影響はほぼないと考えられる。原子力規制員会やIAEAも同様の評価をしている・・・物事のリスクを科学的に評価することは重要だ。社会的決定が非科学的になされると、結果的に社会的不利益が大きくなってしまう」としており、科学と社会をつなぐ「科学コミュニケーション」の問題を指摘しています(以上、岸田教授の発言は2023年8月23日付け毎日新聞による)。

(以上の内容は上記の岸田教授の発言以外は「日本ファクトチェックセンター・JFC」による「福島第一原発の処理水を巡るファクトチェックまとめ」などの内容も参考にしたものです)

3 IAEAによる評価に対する反論などについて
2023年8月27日付け(デジタル版)のBBCニュースは「トリチウム汚染水に関してIAEAは、環境に与える影響は無視できる程度としており、圧倒的に大多数の専門家は安全だと説明しているが、果たして安全なのだろうか、海底や海洋生物、人間に与える影響に関する研究がもっと必要であると多くの科学者が言っている」として、IAEAの評価を疑問視する声を下記のように紹介しています。

・米ジョージ・ワシントン大学の環境関連法の専門家、エミリー・ハモンド教授は「放射性核種(トリチウムなど)が難しいのは、科学が完全に答えることができない問題を提示するからだ。つまり、非常に低いレベルでの被曝において、何が『安全』と言えるかという問題だ」「たとえ基準が守られたと言って、その決定に起因する環境や人体への影響が『ゼロ』になるわけではないと、それを認めつつも、IAEAの活動を大いに信頼することができる」などとしています。

・全米海洋研究所協会は2022年12月に、日本のデータは信用できないとの声明を出しました。米ハワイ大学の海洋学者ロバート・リッチモンド氏は「放射性物質や生態系に関する影響評価が不十分で、日本は水や堆積物、生物に入り込むものを検出できていないのではないかと、とても懸念している。もし検出しても、それを除去することはできない」としています。

・環境保護団体「グリーンピース」の原子力専門家ショーン・バーニー氏は、米サウスカロライナ大学の科学者が2023年4月に発表した論文に言及して、植物や動物がトリチウムを摂取すると「生殖能力の低下」や「DNAを含む細胞構造の損傷」など「直接的な悪影響」を及ぼす可能性があるとしています。

4 トリチウム汚染水の放出が開始されたことに関する世論調査の結果

様々な報道機関が調査を行っていますが毎日新聞による調査(2023年8月28日:26日と27日に調査を実施)では、海洋放出開始を「評価する」とした人が49%であり、「評価しない」(29%)を上回っていたとされています(「わからない」は22%)。海洋放出に関する国・東電の説明に関しては、説明が「不十分」とした人が60%であり、「十分だ」との答え(26%)を大きく上回ったとされています。

5 トリチウムの人体への毒性・悪影響の有無などに関する緒論について
市民団体「原子力市民委員会」は「トリチウム汚染水海洋放出問題資料集」(トリチウム汚染水海洋放出問題資料集 (ccnejapan.com))において、「疫学調査により放射性物質の影響を調べようとしても、対象者が調査対象の物質以外の放射性物質を同時に摂取していることが多いため、調査対象の放射性物質単独の影響を調べるのは困難です。また、疫学調査の代替手段としてマウスなどの動物を用いた実験が行われていますが、ほとんどの場合、高線量を被曝させるという条件での実験であり、低線量被曝に関する研究は数少ないというのが現状です。このためどのような放射性物質であっても、その健康被害を立証することは困難です」としています。

しかし、このたびのIAEAによる評価の内容を直接念頭に置いたものではありませんが、トリチウムが環境や人体に対して有害である、あるいは有害である可能性が考えられるとする指摘あるいは主張を内容とする報文は少なからず存在しています。たとえば、上記の「トリチウム汚染水海洋放出問題資料集」」と題された文書にはその例がいくつも紹介されています。この資料集で紹介されている緒論は、実際の実験などにより裏付けされた内容のものであるのか、科学的・論理的に考えた推論に基づき有害と考えられると主張・指摘したものであるのかは文面からは不明であるため、また紹介内容が簡単なものであるため、、その評価は差し控えることにします。このため上記の資料集に掲載されているいくつかの報文について、その内容をごく簡単に以下に紹介するにとどめることにします。

・河田昌東(かわだまさはる)(生物学・環境科学の専門家)
トリチウムは普通の水と同様、口や呼吸、皮膚を通して体内に入り、水素と同様に蛋白質や遺伝子DNAの構成成分になる。体内の有機物に取り込まれたトリチウムは「有機結合性トリチウム」と呼ばれ、その分子が分解されるまで細胞内に長期間とどまり、ベータ線を出して内部被ばくをもたらす。放射線生物学者ロザリー・バーテルによれば、この「有機結合性トリチウム」の体内残留期間は少なくとも15年以上とされており、体内に入っても短期間に排出されるというのは間違いである。トリチウムの生物への影響に関しては、実験に基づいた研究が行われており、たとえば人間のリンパ球を用いた実験や雌のサルを用いた米国ローレンス・リバモア国立研究による長期間の投与実験では、染色体の破壊などの有害な作用が認められている。

・馬田敏幸(産業医科大学アイソトープ研究センター)
トリチウムの被爆の形態は低線量の内部被ばくが想定されるが、経口・吸入・皮膚吸収により体内に取り込まれたリチウム水は、全身均一に分布することから、その影響は小さくないと考えられる。低レベルのトリチウム曝露によって、事実、人体に影響が出るか否かの議論には、客観的な生物影響データの蓄積が必要であり、低線量・低線量率放射線影響解明のために、トランスジェニック(遺伝子導入が施された)
マウスを用いた、突然変異や発がんなど、放射線の確率的影響に関する研究の推進が望まれる。

・伴秀幸(原子力資料情報室)
トリチウムの生態濃縮が指摘されているレポートがある。英国政府のRIFEレポート(2002)では、トリチウムの濃度は環境中よりも生物中の方が高いとする測定結果が示されている(ただし程度は低い)。ドイツ政府によるKiKK報告書では、原子力施設周辺の子どもたちの白血病が有意に増加していることが疫学的に示されていた。その原因は特定されなかったが、Ian Fairlieは、仮説ながら、原因がトリチウム放出に在ることを問題提起している(定期検査中にトリチウムが放出されることに原因を求めた)。

・国連科学委員会(UNSC)報告書(UNSCEAR 2016 Report Annex C)
職業人と公衆へのトリチウムの放射線毒性について2006年~2010年の間に関心が高まり、カナダ、フランス、イギリスを含む多くの国々で広範な再調査とデータ分析が行われた。トリチウムの人体への影響については、1950~1960年代における米ソ英仏などの核兵器実験で大量のトリチウムが環境中に放出されたため、これがノイズになり、特定の事故などによるトリチウム放出がどれだけ寄与しているのかの判別は難しい。

【トリチウム汚染水の放出に起因する風評被害問題について】

このたびに放出に際して、水産物中に有意な量のトリチウムが検出されるなど、いわば実害が生じて大きな問題となる可能性は極めて小さいものと推測されますが、放出に伴う現実的な最大の問題は風評被害の問題です。風評被害は根拠のない懸念であるとする言説がありますが、有害物を故意に環境中に放出する限りは、放出による被害を定量的に示すことができなくても、そのことが直ちに被害そのものが存在しないこと意味するわけではありません。このため、放出することに伴う風評被害の問題には正面から取り組む必要があります。

 福島県の漁業関係者や漁協の全国組織が、政府の説明を一定程度理解するとしながらも最後の瞬間まで放出に反対であるという姿勢を明確に貫いていたことの最大の理由は風評被害の問題です。福島原発事故後、過去十年にわたり漁業の再開を目指して努力を積みかねてきて、ようやく本格的な再開の時期が近付きつつあるという状況の中での風評被害を招きかねないトリチウム汚染水の放出は、漁民のみなさんにとって最悪の状況です。このままでは後継者が育たないと憂慮する関係者もいるなど、風評被害の最大の被害者は漁業関係者であることは明らかです。

 福島第一原発の大事故の後、かなり長期にわたり国内で福島県産の農水産物の買い控えが生じていました。たとえば福島県産の米に関しては、全量検査が行われ、そのほとんどの放射能レベルは基準値以下であり、検査に合格したものだけが出荷されていたにもかかわらず、売れ行きは芳しくありませんでした。これは風評被害の典型です。このたびの放出では、このような農水産物中の放射能のレベルを問題視することによる風評被害が生じる可能性は福島原発事故後の時期よりも小さいのではないかとも思われますが、「福島民報」の世論調査(2023年6月19日:福島県民テレビとの共同調査)によれば、「大きな風評被害が起きる」とした人が32.1%、「ある程度風評被害が起きるとした人」が55.7%とされており、福島では大半の人々が風評被害をかなり懸念しています。

 一方、7月には欧州連合(EU)が福島産の水産物などに課していた輸入規制を完全に撤廃していましたが、当初から日本によるトリチウム汚染水の放出に強く反対していた中国は、放出開始当日の8月24日に、日本産水産物を全面的に禁輸とする措置を発表しています。放流開始以前から、中国は「日本は太平洋を自分の下水路にしている」などとして強く反対していました。しかしながら、反対するに際して、その具体的な科学的根拠にはほとんど言及していません。このことは中国による反対は、日本から実際に放射能レベルが高い危険な農産物が入ってくることを懸念していることによるものではないことを意味しているのではないかと考えられます。すなわち、中国による反対は、日本側が事前に十分な科学的説明を行っていたとは言えないことも反対の原因の一つであるとは考えられるものの、科学的根拠に立脚したものというよりも、最近の日中の外交関係が急激に悪化していることに起因したものではないかと考えられます。特に、昨今、台湾問題などを中心に日中の安全保障環境が急激に悪化しており、日中関係が緊張の度を増しているという状況がこのたびの禁輸措置の根底にあるのではいでしょうか。このような状況を考えるならば、このたびの中国による禁輸措置はいわば「政治的風評被害」というべきものであり、このような事態が引き起こされてしまったことの責任は政府にあると言わざるを得ません。中国がいつまで本気で全面禁輸という極端とも言うべき方針を続けるか定かではないものの、中国は日本の農水産物の最大の輸出先であるため、日本側の経済的損失は膨大なものになることは間違いありません。

 政府はトリチウム汚染水の放出が終わるまで、30年以上にわたり、風評被害に起因した損害に関して、補償金や賠償金などを用意するなど、十分な風評被害対策を講じるとしていますが、30年以上もの長きにわたり風評被害が続くようならば、福島の漁業は壊滅しかねません。このような事態を避けるためにも、海洋への放出というトリチウム汚染水処分の方法を断念し、陸上でも保管の継続や陸上での封じ込め、トリチウム除去技術の開発など、他の処分方法へ転換を図るべきです。

【トリチウム汚染水に関する海洋放出以外の解決策について】

IAEAの報告書は、「海洋への放出は、人とか環境に対して無視できる程度の放射線影響になる」と結論付けていますが、一方において「海洋放出を推奨するものでも支持するものでもない」としています。このことは、海洋放出は必ずしも最適・最善の処分方法とは言えないことを意味している、すなわち、環境中に有害物を放出するという処分方法は基本的に最適な方法とは言えないことを意味しているものと考えられます。また、IAEAは原子力利用の科学的技術側面に携わる機関であるためやむを得ないのですが、海洋放出に伴う、避けて通ることができない風評被害という問題に関しては何も具体的に触れていません。これらのことを考えるならば、トリチウム汚染水の処分にあたっては、海洋放出以外の、風評被害を招くことがない、より安全な処分方法を考え、実行に移すべきです。海洋放出以外の処分方法の関しては様々な方法が考えられますが、紙面が尽きましたので、以下のその内容を簡単に記すことにします。

一般的に環境中に存在する有害物への対処の仕方のなかで最も優れていると考えられる方法は有害物を無毒化することです。しかし、ある種の化学物質は加熱したり他の物質と反応させることなどにより有害物を分解して無毒化することが可能ですが、トリチウム水の場合、無毒化はおそらく可能ではないであろうと考えられます。
無毒化が不可能な場合の次善の方法は、何らかの技術的手段により、有害物を環境中から分離して、何らの手段で封じ込め環境から十分に遮断することです(たとえば使用済み燃料の再処理により生じた高レベル放射性廃棄物を地下深くに処分する、いわゆる「地層処分」はこの方法に該当します)。トリチウム汚染水の場合は具体的に以下のような方法が考えとられます。

・まず、海洋放出を中止し、当面、陸上での保管を続ける。保管用のタンクが足りないのであれば、隣接地などにタンク設置用の土地を確保し、現存する保管用タンクより容積がずっと大きい(たとえば10万?)、石油備蓄用のような大型のタンクを設置するという方法や数十万?の石油を輸送できる大型の石油輸送用のタンカーを活用するという方法も考えられます。

・次の段階では様々な方法が考えらえます。たとえばトリチウム汚染水をモルタルと混ぜて固めて、汚染水が周囲に拡散しないようにするという方法があります(米国の原子力関連施設で実施された例があります)。また、トリチウム水だけを分離する様々な方法(通常の水との物性の差異、すなわち、沸点や融点の違い、質量の違いなどを利用した分離技術)が研究されつつあります。国はこれらの新技術の開発を積極的に促進するべきです。たとえば、以前にも紹介したことがありますが、5年ほど前に、近畿大学と日本アルミ㈱のチームがアルミニウム製の多孔質のフィルターで吸着・濾過することにより、普通の水とトリチウム水を分離することに成功しています。

【トリチウム汚染水の海洋放出に関連したその他の問題点】

 以上に記した様々な問題点以外にも、下記のような問題点が存在しています。
・世界中のすべての原発・再処理工場から年間を通じて常時トリチウムが大気や海洋に放出されているのが現実です。このため、トリチウムの環境中への放出に関して、何らかの国際的な規制体制が必要ではないかと考えあられます。たとえば、六ケ所村の再処理工場からも、試験運転の期間中(2006から3年間ほど)に、このたびの福島原発からの放出量(約30年間に総量約860兆ベクレル)を大きく上回る大量のトリチウム、すなわち約2200兆ベクレルが3年足らずのあいだに放出されていました。このようなトリチウムが各原発や関連施設などから事実上自由に垂れ流されているという現状に対して、世界的にトリチウムの放出に関する具体的な規制措置を講じる必要があることは明らかです。
・また、各種放射性物質の環境中への排出基準が国ごとに設けられていますが、その科学根拠は何なのか、排出基準は科学的妥当性を有しているのかという点は改めて検討されるべきではないでしょうか。

・一方、このたびの海洋放出という処分方法の決定に関して、市民が決定過程に関与していないことは問題であると、国連の人権問題の専門家が勧告しています(公聴会は1回開かれただけです)。このたびの放出問題に限らず、原発に関連した問題に関する政府による意思決定の方法・過程をもっと市民に開かれたものに改革する必要があることは明らかです。

2023年9月3日 

《 脱原発市民ウォーク in 滋賀 》呼びかけ人の一人:池田 進

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