私が声楽を始めたのが17歳の時。
当時の日本人のソプラノと言うのが出していた声は、とても気持ち悪かったので
絶対に声楽なんかやりたくないと思っていたのだけど、親が桐朋に入れと言い出して
クラシックバレエをやっていた私を、桐朋学園大学のピアノ科から、日本人初
ジュネーブコンクールに入賞した先生に才能を見てもらったら
私がショパンの雨だれの前奏曲を弾き始めた、最初の一音で、「えっ!?」と身を乗り出してきて、引き終わると
「これは才能が有る!!あんた、何年生?」
「高2です。」
「ならまだ一年3ヶ月あるから、間に合うかも知れない。
若しか間に合わなくても、短大もあるから、そこから学部に編入も出来るから。
短大だと歌も有るので・・・
歌の先生で、丁度ジュリアードを卒業して帰ってきた人が居るから、紹介してあげる。」
と言う事に成って、若しかの為に歌をやる事になり、最初のレッスンで
「体がいいから声が良く出る!今は高2だから受けられないけど、
3ヵ月後の入試受けても受かるぞ!!」
と言われて声楽をやる事に成ったのでした。
でも、あの気持ち悪い声を出すのは絶対に嫌だったので、本物を聞いてみよう!
と思って買ってきたのが、
「世界一のプリマドンナ マリアカラス」のレコードで、日本人の発声とは全く違い
伸びのある素晴らしい声で、声域も2オクターブ半を上から下まで満遍なく鳴らすテクニックが有り、
更には、イタリア語がまるで分からなかった私でも、声の色だけで、怒っているのか、泣いているのかが分かり
歌にすっかり惹き込まれてしまいました。
そして、レコードの声(カラスの若い20代の録音)が私の声に似ているよ、と姉が言ったのだけど
似ていたお蔭で、真似る事が出来ました。
ウィーンでは、
「マリアカラスの若い時の声に似ている。」
とオペラ座の歌手等に言われたくらい似ています。
私にとってのマリアカラスとは、「歌のお母さん」です。