高野街道を極楽橋に向けてグハーと上っています。
もうまわりは町中の景色ではなく、
完全に山道です。
アスファルトではなく
コンクリートで固められた道は、
あまりに急傾斜なため
横に縞々のすべり止めが刻まれています。
これがいつまで続くのって感じです。
休憩を頻繁に入れつつ、
ああこんなのが高野まで続くの?
もうやめようかなあと
思ったころに前方に
お家が見えてきました。
ああ、とりあえず急坂は
いったん終わりです。
もう軽い登りなんて登りに見えないほどです。
ここから赤瀬橋に道がつながっているようです。
ということは、高野下の駅まで
先ほど歩いたのとは
丹生川の対岸に当たる道を
たどっていくわけですね。
山の集落には貴重な道です。
でも高野街道はまだまっすぐ行きますよ。
あ、ここには高野街道
第5の地蔵がありますね。
学文路の手前で第一地蔵で
そこから続いてきました。
最終第6地蔵まであるようです。
急傾斜もいったん楽になったので、
頑張っていきましょう。
先ほどもうやめようかなあと
思ったのですが、続けていて
よかったですね。
でもまただらだらと
登りが続いていきます。
この日はねえ、来ている服装に
主張がひとつありました。
タンスの中から、青い色の服と
黄色のウインドブレーカえお
引っ張り出してきました。
もうわかりますよね。
服の配色がウクライナ色です。
平和を訴えて、NO WARと
主張しながら歩きました。
そんな時です。
携帯はもう圏外かなと思っていたのですが、
プルプルとなり始めました。
そうです。この前の時にも書いたのですが、
それがS経新聞からの絵の掲載の
お知らせだったのです。
「絵を掲載しますので」
「はい。ありがとうございます。ホーホケキョ」
と鶯も返事をしています。
職業のことで少し話して
「じゃ、元公務員でいきます。」
「はい。結構ですよ。カアー、カアー、カアー」
と後ろでカラスも同意しています。
とまあそんな具合で
先日の絵の掲載が決まったのです。
でもねえ、電話で言っただけですから
「元公務員」もちゃんと伝わるか
少し心配になりました。
うしろでホーホケキョや
カラスが鳴いていたので、
元公務員ももしかしたら
炭鉱の炭堀りの職員で
元鉱務員にならんだろうか
と心配になりました。
全然それでもいいのですよ。
「わしゃ、炭掘ってるねん」
と言ってみたいものですが、
嘘になってはいけませんね。
そこはそれ少し心配しましたが、
掲載は間違いなかったですね。
まあそんな感じで、
うれしい掲載も決まり、
少しの登り位なんてことはないぞ
という軽い気持ちで、
山道を進んでいくのでありました。
あ、でもこんな時は
気を付けないといけませんね。
心が体を越えてしまってはいけません。
ちゃんと身体と相談しながら
進んでいきましょう。
しばらく行くと、ぽつぽつっと
あるプチポツンと一軒家の向こうに、
町石道の山々が見えてきますね。
ああ、高さ的にはまだ町石道の
最初の送電線の休憩所より下ですねえ。
これからまだまだ続くぞー
と自分に気合を入れる
doironだったのでした。
傾斜があちこちで急になってきます。
こんなとこに住んでて、
もしスイカなんか道に落として、
転がって行ったら大災害に
なるんじゃないかって感じですな。
またさすがにこの辺に来ると
道路の端に融雪剤が
置かれたままになっていたりします。
きっとねえ、標高も高いし
結構雪が降るんでしょうねえ。
そしてその先にあったのがこれ。
高野山街道第6の地蔵ですね。
お参りしていきましょう。
続く
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実は先週の土曜日に高野山からその道を下ってきました。
まだまだ高野山までは長いですが楽しみに読んでます。
もう高野の天狗みたいですねえ。
それにしてもすごいゲキサカでした。
空海さんに会うんじゃないかと心配したほどです。
全部上ったら、今度はまたまた堺まで帰り道ウォークをしようかなあなんて、ちょっぴり思っています。