徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十五話 治療)

2005-06-20 14:08:50 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 金属音ともガラスの割れる音とも付かぬ音が響いた後で、割れた車の窓から修は自力で這い上がってきた。

 二人は駆け寄って修が車を脱出するのを手伝った。
車から少し離れた所で、修は力尽きたように地べたに腰を下ろした。

 「雅人…大丈夫か?怪我は無いか?」

苦しそうに肩で息をしながら修が訊いた。

 「大丈夫だよ。何とも無いよ。修さんこそ大丈夫?」

雅人は逆に聞き返した。

 「大丈夫。少し身体が痛むくらいで…。手を貸してくれ。すぐに修練場に戻ろう。」

透と雅人が同時に手を伸ばした。修は二人の手を取ったが立ち上がれなかった。胸を押さえ、その場に蹲った。

 「修さん!」

透が身体を支えた。意識はあるようだが呼吸の様子がおかしい。

 「雅人。僕らで運ぼう。」

 「救急車を呼んだほうが…。」

雅人に言われて少し迷ったが、透は修練場を選んだ。

 「救急車を襲われたら一巻の終わりだ。」

雅人が修を背負い透が支えた。

 「僕の力じゃたいした治療はできない。黒田なら十分な治療ができる。君連絡してくれないか?」

雅人は透に言った。

 「だめだよ。黒田は今は屋敷内に出入りできない。奴の目が光ってるから。」

携帯を手にしたものの急にボタンを押す手を止め、透は悔しそうに言った。

 「笙子さん…。そうだ。笙子さんならできるかも。」

雅人は透を見た。透も頷いた。透は修の背広のポケットから携帯を取り出した。腰の辺りのポケットに入っていたせいか幸いなことに壊れていなかった。
 
 呼び出し音がなった。ほんの1~2秒がものすごく長く感じられた。相手のキャッチした音が聞こえ、透はほっとした。こちらが話す前にしっかりした口調の女性の声が聞こえた。

 「透くんね。」

笙子の第一声だった。

 「修に何かあったのね。いま、そっちへ向かってる。
よく聞いて。修練場に入ったら決して外へ出てはだめよ。

 私が行くまで絶対に修の傍を離れないで。いまの修では遠くまでチカラを及ぼせない。傍にいれば護ってくれるわ。

 狙われているのはあなたたちだということを忘れないで。
黒田が修練場に結界を張ったわ。中に居れば安全よ。」

一方的に話すと携帯は切れた。
二人は顔を見合わせると修練場へと急いだ。




 修練場に修の身体を横たえ雅人は、あの暗闇では分からなかったが、自分のシャツが修の血で濡れているのを見て、修がかなり失血していることに気が付いた。

 「とにかく血を止めなきゃ。」

雅人の手が震えた。思うようにチカラが使えない。

 「雅人。落ち着け。」
 
 透が雅人の手を押さえた。雅人は頷いたが震えは止まらなかった。
何度も試みるが、修に怪我を負わせたという自責の念に駆られてうまく対処できない。
これでは普通の止血方法をとるしかない。

 「布を…何か布を持ってくる。」

 雅人は思い余って外に出ようとした。
透が手を掴んで止めようとした時、修が少し起き上がったような気配がした。

 「行くな!…出るな…雅人!」

 修が声を絞り出すように言った。

 「大丈夫だから…ここにいなさい。はなれては…だめだ。」

 それだけ言うと、再び崩れるように仰向けに転がった。
二人は急いで修の傍に駆け寄った。
修の容態の悪さは失血だけが原因ではないようだった。
 
 突然、ソラが飛び込んできた。修の枕元まで駆けていきそこに陣取った。
続いて笙子が現れた。笙子は不安げな二人を見て微笑んだ。
 
 「いい子にしていたわね。」

笙子は真っ直ぐ修のところに行き傍らに座った。修の額や腕に触れながら、雅人に向かって話しかけた。

 「雅人くん。いいこと。これはあなたのせいではないわ。修の油断よ。
相手を特定できなかった修自身のせいなの。気にすることは無いわ。
そうよね?修。」

修が『そのとおりだ。』と言うように頷いてみせた。
初対面の笙子が自分の心を軽く読み取ったことに雅人は驚いた。
  
 修の胸に触れた瞬間、笙子の表情が曇った。二人の心臓が高鳴った。

 「そんなに酷いの?」

 透が恐る恐る訊いた。

 「私は医者じゃないからよくは判らないけど、あばらが2~3本軽くいっちゃってるようだわ。
固定しないで動かしたのはまずかったかもね。」

 修の身体のあちらこちらを調べた後、笙子は二人の方へ向き直った。二人は思わず及び腰になった。

 「さてと、本格的に始めるわよ。
 呼吸がうまくいかない状態では自己治癒は難しかったでしょうね。
それでも止血だけは自分でしたようだから。

 怪我をしている場所を正確に知りたいの。
修の服を脱がせてやって。あんまり動かさないように注意してね。
服なんて破いてしまえばいいから。

 修。もう気を失っても大丈夫だからね。眠っちゃっていいわよ。」

 透と雅人は破れにくい背広だけを手早く脱がしてしまうと、修に振動を与えないように慎重に布を破り、血で張り付いた衣服をはがしていった。 
しばらくすると二人は困ったように笙子を見上げた。笙子は事も無げに言った。

 「ああそれ?それはいいわ。そこは問題ない。元気だから。」

 修が思わず噴き出した。が、相当痛むのかその後ひどく顔をしかめた。

 『修さん。こんな時に笑ってる場合かよ。』雅人は呆れて二人を見比べた。
怪我人を笑わせる笙子も笙子なら、笑う修も修だと思った。

 『まあまあ抑えて。命に別状なしってことさ。そうカリカリすんなって。』透が言った。

 「透くん。もう外へ出ても大丈夫だから、母屋へ行ってはるさんに事故の事知らせてきて。
後始末の手配と、修がすぐに休めるようにしてもらって。」

透は頷くと急いで母屋へ向かった。ソラがその後を追って行った。

 「それでは…と。雅人くん。細かい傷はあなたの仕事よ。
内部の隠れた怪我を見落とさないでね。」

 雅人も頷いた。さっきとは打って変わって落ち着いて治療ができた。
その様子をみて笙子はよしよしというように頷きながら微笑んだ。
 
 笙子はまず胸の治療を始めた。
子供たちの前では安心させるために余裕を見せたものの、修の状態は決して楽観できるものではなかった。 

 『修。あなたは本当に凄い人だわ。こんなになってもまだ意識を保ってる。』

 二人を護ろうとする執念のようなものを笙子は感じた。

 やがて治療が進むにつれて、修の呼吸が多少なり楽になってくると、修の身体自体が再生へ向けて活動を開始した。




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