徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

一番目の夢(第三十六話 陰の長出陣)

2005-06-21 11:59:48 | 夢の中のお話 『樹の御霊』
 笙子の治療を受けている間、修はずっと考えていた。

 なぜ三左の呪縛が解けなかったのか…。攻撃を仕掛けたのはまったく別の人物だったのか…。
三左の他にも敵が…?

 いいや…修は確かに三左の呪縛を解いた。だから、ぶつかる直前に車の方向を変えることができた。ならばあの反応の鈍さは…いったい…どうして?

 『夢あやつり…。』修の中で一つの言葉が閃いた。

 三左が誰かの夢を操り、能力者に夢の中で修たちを攻撃させる。無防備な状態のその人は夢を見ているだけなのに知らず知らずに力を使ってしまう。
 修によって三左の呪縛が解けるのと同時にその人が目を覚まし、その人からの攻撃が止む。
ただ、その間微妙にずれが生じる。そのずれが今回の事故を引き起こした。

 相手さえ分かれば直接その人の夢の攻撃を防げばいい。三左にばかり気を取られているからこんな怪我をすることになる。『何たる失態。修。おまえはまぬけだ。』修は自嘲した。

 「修。服着ていいわよ。言っとくけど、黒田さんのように完全な治療はできないからね。
ほとんど応急処置状態。後はあなたの治癒能力次第よ。」

 笙子は笑いながらそれでもほっとしたように言った。
雅人も透もやっと不安から解放された気がした。



 修が何とか動けるようになると、皆で修の身体を支えながら母屋に戻った。
ふらついてはいたが、雅人に肩を貸してもらい何とか自分の足で部屋までたどり着いた。

 『旦那さま。まあ。旦那さま。大変な目にお遭いになって…。』はるが心配そうに声をかけた。
通りすがりに笙子ははるに修のための重湯や飲み物を頼んだ。
 『ああ。お嬢さま。本当になんとお礼を申し上げてよいか。ようございますとも。すぐにご用意いたします。』
はるは急いで台所に走っていった。

 修を寝かせると、枕辺に座った笙子はもう一度軽く修の容態をチェックした。
それから二人の方に向き直った。

 「がんばったわね。二人とも。修のことは私が看ているからもうお休みなさい。
 明日が土曜日でほんとラッキーだったわ。でなきゃ、この人すぐにでも出勤するつもりでしょうから…。
二日休めば何とかなりそうよ。」
 
 透も雅人も修に付き添っていたい気はしたが、お邪魔虫になるのも嫌なので静かに修の部屋を後にした。しかし、あくまで『修』が気になる二人は雅人の部屋で様子を見ることにした。
 雅人はそうしようと思えば、自分の脳がキャッチする画像を透にも見せてやることができる。
口げんかもどこへやら、二人は今興味深々で修の部屋を覗き見ていた。 



 「そうですねえ…。長老衆以外に強いお力をお持ちの方ですか…。」
 笙子に頼まれた修の重湯と飲み物の他に、笙子の夜食を運んできてくれたはるが、二人の質問に首をかしげて考えていた。

 「それは多分、岩松の多貴子さま。豊穂さまのお母さまではございませんでしょうか。
もうお一方…赤澤の古都江さま。修さまの叔母さまでございます。
はるの存じております限りでは…。」

 笙子は修の方を見て頷いた。修もそれに応えた。
 
 「有難う。はるさん。参考になったわ。」

 「どう致しまして。お嬢さま。まあ、お召し物が酷いことに…。申しわけございませんでした。
どうぞお湯などお使い下さいまし。すぐにお着替えをお持ちいたします。」
はるは笙子のために風呂の様子を見に行った。   
 
 笙子は重湯の椀を取り上げると、スプーンで修の口元へ運んでやった。
修はいらないというように首を振った。

 「だめよ。血が足りないんだから。少し何か胃に入れないと。」

 「そのおはるの特製ジュースでいいよ。それに自分で飲める。」

修が起き上がろうとするのを笙子はそっと支えた。
修がその手を取った。

 「ごめんな。また君に迷惑かけてしまった。」

 「謝ってばかりね…。いいってば。でも…。」

笙子の目からはらはらと大粒の涙が落ちた。

 「心配したんだから…。あの子たちには黙ってたけど…その怪我あまりに酷くて…。
うまくいくかどうか…本当に心細かった。」

修は微笑んで笙子の髪を撫でた。しかし、すぐに真顔になった。

 「笙子…もしもの時は…あの子たちを頼むよ。黒田にもよく頼んでおくつもりだ。」

笙子ははっとした。修の考えているある計画が笙子にも見えた。

 「本儀式の時に…?あなたまさか…本気で…。」

修はそれ以上言わせなかった。珍しく自分から笙子の唇をふさいだ。

 「お風呂行ってくる…。」

笙子は呟くように言った。

 「ああ。ゆっくりしといで。」

修はいつものように微笑んだ。




 覗き見の二人は『見ちゃった!決定的瞬間!』と子供のようにはしゃいだ。が、はしゃいでいる場合でないことにすぐ気が付いた。

 笙子が部屋出て間もなく修の容態が一変した。眉が苦痛にゆがみ肩で息をしている。
声を上げそうになるのを必死で堪えているようだ。

 笙子は確かに治療はしたが、攻撃・防御型の笙子の力では完全な治癒は難しい。
折れた骨を接合し、内臓や皮膚の創傷・裂傷を接着しというような過程までは何とかいけるが、壊れた組織を再生し、成長させるとなると修の自己再生能力に頼るしかない。
 
 通常、怪我をすると人の身体は自覚的にはゆっくりと壊れた部分の修復を始める。修たちも例外ではない。ただ、特殊な力によってそのスピードを上げることができるだけだ。
修のようにハイレベルな能力者はより速く効果を上げることができるが、あまり、極端なことをすれば、逆に正常な部分に大きな負担がかかる。

 「大変だ!」

二人ははすぐにでも修の所へ向かおうとした。

 『来るな!』 

修の声が二人の脳に響いた。

 『心配ない…。再生スピードの上げすぎで身体が悲鳴を上げているだけだ。
情けない顔見せたくない。』




 風呂に向かう途中、笙子は一左と廊下ですれ違った。
一左はニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべた。

 「これは藤宮の姫さん。今日は修が世話になったそうじゃな。」

ぞっとするような猫なで声に笙子は嫌悪を感じた。

 「いいえ。どういたしまして。」

 「修も果報者じゃな。綺麗な姫さんが付いておってくれるのじゃから。わしも安心じゃて。」

取ってつけたような褒め言葉にカチンと来た。

 「一左大伯父さまには、かえってご迷惑かと存じますわ。」

笙子もありったけの皮肉を込めて言い返した。

 「何の別段何とも思っとりゃせんよ。」

ほっほっと笑いながら一左はその場を後にした。

 『上等じゃない。その言葉そっくりお返しするわ。』笙子の怒りが爆発した。
防御に徹するのはやめだ。もともとは紫峰の問題だから後手にまわってきたがもはやその必要は無い。存分に戦ってやる。

 修のためでもなく紫峰の子供たちのためでもない。三左を倒すのは藤宮の『陰の長』としての自分の責任だ。紫峰が負ければ三左は必ず彼の正体を知っている藤宮の当主の一族を襲うだろう。そんなことはさせられない。
 
 当主輝郷のみならず次郎左をさえ凌ぐ藤宮最大の力を持つ者。
『修…。もう遠慮は要らないわ。あなたの戦いは、いまこの時から私の戦いになった…。』
笙子は修のいる部屋に向かってそう囁いた。



次回へ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿