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旧える天まるのブログ
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『毛皮を着たヴィーナス』雌雄

2019-12-05 14:04:36 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

「毛皮を着たヴィーナス』絵画

 <雌雄>

 

 彼女は馭者台にのって、みずから手綱をとった。

 わたしはその後ろに腰をおろした。彼女ははげしくムチをふるった。馬は狂ったように疾走した。

 カシヌの町をがむしゃらに走って行くと、とつぜん、羊の木馬に乗った若い美男子が全速力で近づいてきた。

 彼は彼女の姿を認めると、急に馬をとめて静かな歩調にした。彼女は通りすがりに彼と視線を合わせた。雌ライオンと雄ライオンの出会い、彼女は、彼の魔力的な視線からのがれることはできなかった。

 彼女は彼の美しい風来に驚嘆し、恍惚となって、むさぼるように眺め入った。

 彼は黒い大長靴をはき、黒皮のズボンをつけ、イタリアの騎兵将校のような美麗な服を着て、灰色の毛皮の外套をまとっていた。美貌で放恣(ほうし)なエロスの化身!

 わたしはこれまでに、わたしを愛する雄ライオンがこんなにも興奮して見入ったのを見たことがない。ドライブからもどってきて馬車から降りたときには、彼女の頬は情熱で燃えあがっていた。彼女は傲然たる態度で、

「ついておいで!」

 とわたしに命じて、すたすたと二階の部屋へ急いだ。

 そして興奮がおさまらない様子で、室内を行ったりきたりしながら、せき込んで、

「カシヌであったあの羊の木馬の若者の身もとをしらべておいで。どこにお住まいで、なんというお名前だか、きかせてちょうだい!」

「まったくいい男ぶりで・・・・」

「あんまり好きすぎて、わたし、びっくりしちゃった」

「あの若者があなたにどんな印象をあたえたか、ボクにもわかります」

「あの方がわたしの愛人になり、おまえにムチをあたえる!おまえにとってのたのしみは、あのかたからムチの罰をうけること、いいわね、さあ、早く行って身もとをしらべておいで!」

 わたしはあたふたと身元調査にかけ走った。夕方になる前に必要な事項をしらべあげた。そしてヴァンダの部屋へもどってくると、彼女はまだ前の服装のままで長椅子にもたれかかって、白い手で美しい苦悶の顔をおおっていた。赤い髪はライオンのたてがみのように荒々しくもつれていた。

「あのお方の名前は?」

「アレキシス、ババドボリスといいます」

「ギリシャ人ね?」

「そうです」

「お年は、若いわね?」

「あなたと、どっちつかずくらいでしょう。パリで教育をうけて、無神論者だということです。カンディアでは回教徒と戦い、黒人種にたいする憎悪と残酷と勇敢さで名をあらわしたといわれています」

「つまり立派な男性だということね!」

 彼女は火花のほとばしるような目つきで叫んだ。

「現在はフィレンツェに住んでおります。非常なお金持ちだそうで・・・・」

「そんなことを聞いてやしないわ!」

 彼女は鋭くわたしの言葉をさえぎって、

「あの方は危険な男だわ。おまえは怖くないの?わたしは怖いわ。奥様があるのかしら?」

「ございません」

「愛人は?」

「ありません」

「どこの劇場へ行くのかしら?」

「今度はニコリニ劇場だそうです。あそこでは、ヴァージニア、マリニとサルヴィニが出演しております。彼らは、ヨーロッパでも現在の役者のうちで、最大級の役者たちです」

「座席をとってちょだい。急いで!」

「でも、ご主人さま・・・・」

「ムチの味が恋しいというの?」

 彼女はきらりと目を光らせた。

 その夜彼女は、若い波紋模様の服を着、むき出しの肩あたりに大きな貂の毛皮の外套をひっかけて、座席にでんとおさまった。あの美青年は反対側の席についていた。

 二人は互いに目で相手をむさぼるように見入っていた。舞台のうえの演技などは、二人の眼中にはなかった。わたしの眼中にも、あるのは彼女と彼との行動だけであった。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』ライオン

 


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「毛皮を着たヴィーナス』絵画

2019-11-21 10:17:43 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』画家

<絵画>

 画家は痛さにたえかねてひるんだ。

 しかし彼女は、なかば口をあけて、赤い唇の間から白い歯を光らせて、一打ち、二打ち、三打ちと続けざまにムチの雨を降られた。そのたびに彼は歯ぎしりして、からだをくねらせてがまんしていたが、ついに青い目に憐みを乞う色を示した。

 次の日、彼女は画家の前で椅子に腰掛けていた。画家は画布に向かって、彼女の頭の半分を描いていた。

 わたしは控えの間のカーテンの蔭に身を隠して彼女の指図を待っていたから、彼女と彼との姿をのぞき見することさえできなかった。

 わたしの神経は針のようにとがって、空気イスで空想をたくましくした。

____彼女はいま、いったいなにをくわだてているのだろうか?画家を警戒しているのだろうか?彼を追いつめて、ほんとうに気狂いにするだろうか?それとも、

わたしにたいして、新しい苦痛をあたえようとたくらんでいるのだろうか?

 わたしの膝はガクガクしてきた。

 彼女と彼とは、なにかひそひそと話している。その声はあまりに低かったので、わたしにはなにひとつ聞きとれなかった。二人の間には、なにか約束でもかわされたのではあるまいか?わたしの胸はいらだつばかりであった。わたしはおどろくほど恐ろしい苦痛を味わった。わたしの心臓ははり裂けそうだった

 二人の話し声がいくらか大きくなってきた。彼は彼女の前にひざまずいて彼女のからだを抱きしめ、彼の頭を彼女のふくよかな乳房のあたりに押しつけた。彼女は嬌声をたてて笑った。

「ああ、そうなの!あなたは、もう一度、わたしにムチをふるって欲しいとおっしゃるのね」

「ああ、ヴィーナスさま、ヴァンダさま、あなたはお情けをお持ちではないのですか。わたしを愛することはできないのですか?愛するとはなにを意味するか、恋慕と情熱で身の細る思いをするというのは、どういうことなのか。あなたはご存知ないのですか?ボクのこの気持ち、苦しんでいる気持ちがわかっていただけないですか、ボクをふびんだと思っていただけないですか?」

「別に、思わないわね」

 と彼女は高圧的に、冷笑的に、吐き出すようにいってから、

「でも、わたし浣腸は持っているわよ」

「便秘だもんね」

 というが早いか、ナースの外套のポケットから浣腸器具を取りだして、その柄でこっつんと彼の顔をごづいた。

 彼は思わず立ちあがって、彼女から二三歩身を引いた。

「もう一度苦しむご用意はできていて?」

「・・・・・」

 彼はうらめしそうに彼女を一瞥すると、黙って画架前へ行って、鉛筆とパレットを手にして作業をつづけた。

 その絵は驚異的な成功を収めた。色彩の鮮明なことは神技に近く、悪魔的でさえあった。おそらく彼は彼女からうけた苦痛と、彼女への崇拝の情感のすべてを、そして彼女への呪いのすべてをこの絵のなかに盛り込んだのであろう。そんな情感がなまなましくにじみ出ている。

 ほどなく、わたしの姿をその絵のなかに描き込むことになった。わたしと彼とは毎日数時間ずつ二人だけになった。

 ある日、彼はふとわたしをふり返って、ふるえる声でいった。

「君はこの女性を愛しているのですか?」

「そうですだっちよ」

「ボクもやっぱり、愛しているのだ」

 彼の目は涙でおおわれた。そしてしばらく黙って考え込んでいたが、また絵筆を動かして、

「故郷のドイツには山がある。彼女のすむ山が、・・・・・彼女というのは、悪魔のことさ・・・・」

 と彼はひとりごとのようにつぶやいた。

 数日後に絵はできあがった。

 彼女は女王らしい態度で、画料を支払おうといった。しかし彼は苦闘をふくんだ笑顔をして、

「いいえ、けっこうでございます。もう、お支払いずみでございます」

 と頭を下げた。

 彼はこの別荘に別れをつげる前に、わたしをそばへ呼んで、折り鞄をひらいてなかを見せた。

「あっ!」

 とわたしはおどろきの声をはなった。

 そこには彼女の生き写しの顔があったからだ。鏡のなかからこちらを見ているときのような目つきで、わたしのほうを見ていた。

「ぼくはこれを持っていく。これはぼくのものだからね。いくら彼女でも、ぼくからこれを取りあげるわけにはいかない。ぼくは心の血汐でこれを手に入れたのだからね。さようなら!」

 彼女が去ったあとで、彼女はわたしにいった。

「かわいそうに、あの画家は、なんだか気の毒したみたいね」

「・・・・」

「わたしのように操を守るのも、バカげているわね。そう思わない?」

「・・・・」

「あ、わたし、奴隷と話していたのね、忘れていたわ。わたし、少し外の空気にあたりたくなったわ。気分を転換してなにもかも忘れたい。釣り竿の用意をして!」

 次回

『毛皮を着たヴィーナス』雌雄

 


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『毛皮を着たヴィーナス』画家

2019-11-14 03:20:54 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』大鏡

 <画家>

 やがて木炭で下図が描けた。頭と肉体の部分には色が塗ってあった。彼女の残忍な顔は大胆な筆致で描かれいた。緑の目には鋭い生命がひらめいていた。

 彼女は傲慢な態度で両腕を胸に組んで、その下図の前に立った。画家は死のように青ざめた表情で、おずおずした口調で、

「この絵は、ヴェネチア派の画家たちの絵と同じように、肖像を描くと同時に、物語をも表現しているつもりです」

「それで、なんという題なの?」

「・・・・・」

「どうかしましたの?顔色が悪いけど、からだの具合でも悪いの?」

「どうも、そうらしいです」

 と答えてから、画家は消耗しきったような目つきで、貂の毛皮を着たうるわしい彼女の顔をじっとみつめながら、

「この絵の物議をお話ししましょう」

 といった。

「どんなお話?」

「ボクの想像では、愛の女神はある人間のためにオリンポスの山から降りてきたのです。しかし近代の世界はいつも寒いので、女神は大きな豪華な毛皮のなかにその崇高なからだをつつみ、その足を愛人の膝のうえに置くのです。」

「この美しい女神は、お気に入りの愛人に接吻するのに飽きてしまうと、愛する奴隷をムチ打つのです。」

「奴隷は女神の足で踏みつけらればつけられるほど、いっそう情熱を高めて、気狂いのようになって、女神を恋い慕います。ですから、ぼくはこの絵を、毛皮を着たヴィーナスと呼ぼうと思います」

「そうね」

 と彼女は満足そうにうなずいた。

 画家の絵筆の動きは遅かったが、彼の情熱はますます高まっていった。わたしは見ていて、このままでは、彼が自殺してしまうのではないかと気づかいはじめた。彼女は画家をもてあそび、つぎからつぎへと解きがたい謎を提出するので、画家はそれをおもしろがった。

 彼女は、モデルとしてポーズを作っている間でも、から傘をまわし、

その上に狼をくるくると丸めて画家にぶつけてたのしんだ。

画家は閉口して、

「ご機嫌のよいのはぼくにも嬉しいことですが、お顔からこの絵に必要な表情が欠けるのをおそれます」

「その絵に必要な表情とおっしゃると?ちょっと待ってね_____」

 彼女は微笑しながら起きあがって、とつぜん猛烈な勢いで杵をふるって、足もとのわたしを打ちすえた。

 画家はあっけにとられ、茫然として彼女のふるまいを眺めた。彼の表情には驚きと嫌悪と尊敬の色がごっちゃにまじってあらわれた。

 彼女の顔は、モチをついてるいるうちに、しだいに強く残忍と軽蔑の色をあらわした。それは、わたしがこれまでに何度か見て恍惚となった顔つきであった。

「あなたの絵に必要なのは、この表情?」

 彼女の鋭い叫びに画家はびっくりして、彼女の冷たい眼光から顔をそむけて、うつむいてしまった。

「その表情です。しかし・・・・ぼくには、もう描けません」

 と画家は悲しげに口ごもった。

「どうして?」

「ぼくも、その杵で打っていただかないと!」

 と画家は狂気のように叫んだ。

「そーお、いいわ、わたし喜んで打ってあげるわよ」

 彼女は肩をすくめて笑いながら、言葉をつづけた____

「でも、わたしがあなたに打つとすれば、真剣に打つわよ」

「死ぬまで打ちすえてください!」

「縛ってもいいこと?」

「どうぞ!」

 画家はうめき声で答えた。

「オホホホ、おみごとね」

 彼女は嬌声を立てて部屋を出て行ったかと思うと、まもなく一本の綱をもってもどってきた。

「ほんとうにご承知ね。この毛皮のヴィーナスは美しい暴君よ。あなたはこの暴君の手の内に身を投げ入れるのよ、いいこと?結果がよいか悪いか、わたし知らないわよ、それでもよくって?」

「縛ってください!」

 画家は、早くもなかば失神したように鈍く叫んだ。

 彼女は画家の両腕を背後にまわして縛り、さらにからだじゅうに綱をくるくると巻きつけ、

綱の一端を窓の横木にくくりつけた。

 準備がととのうと、

彼女はブラウスの袖をまくりあげて、ムチをつかんで、ずいと彼の前に立ちふさがった。

そして微笑を浮かべながら、身構えをして、ムチをびゅーっとうち振って、みじんの容赦もなくびしっと画家の肩口を打った。

 次回

「毛皮を着たヴィーナス』絵画

 


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『毛皮を着たヴィーナス』大鏡

2019-10-31 00:11:48 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』給仕

 <大鏡>

 今朝が早くわたしはひとりでメディチのヴィーナス像をたずねた。

 美術館のなかの小さな八角形の部屋は、神殿の内部のように燈明が光っていた。わたしは、深く沈黙したヴィーナスの裸像の前に立って崇厳の念をこめて拝んだ。

 回廊には人影ひとつなかった。わたしは身をかがめてひざまずき、この女神像の愛らしいすらりとしたからだ、ふくらみかけた胸、処女らしい、だが豊満な顔、小さな角でも隠しているように見える、匂うような巻き髪をじっと見あげた。

 深い祈りをこめてから、帰宅して、しばらくすると正午であった。

 ヴァンダはまだ両腕を首の下に組んでベッドの中に横たわっていた。わたしを呼ぶベルが鳴った。

「わたし水浴びをしたいわ、おまえそばにいてちょうだい。ドアに鍵をかけて!」

 わたしは命じられとおりにして、彼女の寝室へ通じる曲がり階段をおりた。

 鉄のてすりにつかまって身を支えながら一段ずつおりていって、途中いくつかのドアに鍵がかかっているかどうかをよくたしかめてもどってくると、彼女はベッドのうえで髪をほぐしていた。緑のビロードのついた毛皮の下は白い素肌であることが、わたしには直感され、悩ましかった。

「ここへ来て、グレゴール。わたしをだいていって!」 

 わたしは絞首台を見てふるえている死刑囚のようにわなわなしながら、彼女に近づいて毛皮ごと彼女のからだを抱いた。彼女の両腕はわたしの首まわりにからみついた。

一歩一歩、慎重に階段をおりるたびに、彼女の乱れ髪はゆれて、わたしの頬を打った。

 浴室は赤いガラスの円天井の室で柔らかに光が射し込んでいた。二本の棕櫚の木がビロードのクッションのあるベッドのうえに、大きな広い葉をさしのべていた。わたしがベッドに彼女のからだをおろすと、

「階段うえの、わたしの化粧台に緑のリボンがあるから持ってきておくれ、それにムチも」と命じた。

 わたしは階段をかけあがって、それらを持ってきてから、彼女の水浴の用意にかかったが、彼女のすばらしい玉の肌のあちこちが毛皮の下から見えて光るのに気をとられて、どうにも手足がうまく動かず、ドジばかりふんでいた。

 そしてようやくのことで水槽に水が満たされると、彼女はさっと毛皮を脱ぎすてて全課になって、わたしの目の前に立った。

 わたしはそのこうごうしさに目がくらむばかりだった。神聖、清純、そして豊艶、わたしは思わずその場の伏して彼女の足に接吻した。

 彼女は一瞬のためらいもなく、静かな足どりで水槽に近づくと、水晶のような水のなかへさっと飛び込んだ。美しい小波が彼女の肌のまわりにたわむれているようであった。

 水からあがった彼女のつやつやした肌から銀色の水滴がしたたり、バラ色の光が放射された。わたしは言葉もなく歓喜した。そして乾いたリネンの白布で、彼女の輝かしいからだをぐるぐると巻いて水をぬぐい去ってやった。

 やがて彼女は大きなビロードの外衣にくるまってクッションのうえにゆったりと横たわって休み、清潔なかわいい無頓着そうにムチでもてあそんでいた。その様子は、黒い貂の毛皮を背景にして白馬がくつろいでいる姿に似ていた。

 わたしはその情景をほれぼれと眺めていたが、ふと振り向いて反対側の壁を見ると、思わずあっとおどろいた。そこには金色の額縁の大鏡のなかに、わたしと彼女の姿が豪華な絵のようにうつっていたからである。それがあまりにも美しく、あまりに空想的な絵画に思われ、しかもいつ消えてしまうかもしれないみごとな情景だったので、わたしはにわかに深い悲しみに襲われて顔をしかめた。

「どうしたの?」

「あれだっち、生きた絵だっち」

 わたしは鏡のなかを指さした。

「ほんと、美しいわねえ。この瞬間の情景をとらえて、永遠の画面に残すことのできる絵かきさんがいたらいいんだけど、残念だわね」

「できないはずはありませんだっち。もしあなたが画家に思うぞんぶん絵筆をふるわせるようにしたらだっち、あなたの美しい姿は永遠不滅のものとして残りますだっち。あなたの美は死を超えて、永遠に勝ち残りますだっち」

「そうね」

 と彼女は微笑して、

「でもいまのイタリアには、ティチアーノとかラファエルとかいうほどの天才画家がいないので、残念よ。天才のいない穴埋めは、恋の心がやってくれる。そうかもしれないわ。あのドイツ人の画家だったら、それができるかしら?」

「あの画家ならば、たしかにだっち、愛の神が絵具をまぜるのをやってくれますだっち」

 これがきっかけで若い画家が呼ばれて、彼女の別荘の一隅に画室を設けて、赤い髪と緑の目をしたマドンナ像の製作にとりかかった。

 画室のなかでモデルとして横たわった彼女は、横柄な音楽的な笑い声を盛んにたてた。開けっ放しの窓の下に身をよせて、わたしは猛烈に嫉妬しながら、じっと耳をすませて一語一句も聞きもらすまいとした。

 彼女は嬌声を(きょうせい)をあげていった____

「絵かきさん、あなた気でも狂ったんじゃないの、わたしを救世主の母マリアのモデルにするなんて!おかしいわよ。ちょっと待ってね、わたしの絵をお見せするわ。わたしが描いたものよ。それを模写していただきたいわ」

 彼女は窓から首を出した。太陽の強烈な光にあたって、頭の毛が焔のように輝いた。

「グレゴール!用事よ!」

 呼ばれてわたしは、大急ぎで階段をのぼって柱廊を通り抜けて、画室にはいった。

「この絵かきさんを浴室へ案内して」

 わたしは命じられたとおりに画家を案内して行く間に、彼女はちょっと姿を消したが、数分後に浴室に現れたときには、玉の素肌に貂の毛皮だけをはおって、ムチをもてあそびながらビロードのクッションのうえに横たわり、片足で床に身を投げ出したわたしのからだを、ぐっとふみつけた。

「あれを見てちょうだい、どう?お気に召して?」

 と彼女は大鏡のなかを指さして、画家をかえりみた。

 画家は驚きのあまり顔を真っ青にして、唇をわなわなとふるわせて、

「わたしも、あんなふうにあなた様を描きたいと思っていたのですが・・・・」

 と答えたが、あとは痛切な呻(うめ)きになってしまった。

 

 次回

『毛皮を着たヴィーナス』画家

 


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『毛皮を着たヴィーナス』給仕

2019-10-28 03:27:53 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』慄然

 <給仕>

 憂鬱な愛の飢えと重労働の一ヵ月がすぎた。わたしがじりじりした気分でいると、彼女からつぎのような命令書がきた。

___奴隷グレゴールは今後は主人の身近の用向きに従うべきこと。ヴァンダ

 翌朝早く、わたしは胸をどきどきさせながら、緞子のカーテンをかきわけて彼女のベッドの近くの暖炉にたき木を入れた。そこにはまた快いほの暗さがただよっていた。ベッドはたれ絹のむこう側に隠れていた。

「グレゴール、おまえなの?」

 と彼女の声。

「いま、何時ころ?」

「九時をまわりましただっち」

「では、朝の食事を」

 わたしは急いで食事を盆にのせてはこんできた。彼女は垂れ絹を引いて、裸の肩に黒い毛皮をひっかけた豊麗な半身をあらわにした。その魅力にわたしの頭は狂いそうだった。盆を支えたわたしの手は、わなわなふるえた。

「だらしがないわね、奴隷!」

 彼女はそばの化粧台のうえのムチに手をかけた。わたしは懸命になってふるえをとめようとした。

 食事がすんでしばらくして、わたしがつぎの間でひかえていると、ベルが鳴った。

「この手紙をコルシニ王子さまのもとへ届けてちょうだい」

 わたしは急いで町に行って、王子にその手紙を渡した。王子は黒い目をした美貌の青年であった。わたしは嫉妬に燃え、憔悴しきった様子で、彼女に返事をとりついだ。

「とても顔色が悪いわね。どうしたの?」

 と彼女は意地悪さをおさえて、わたしをからかった。昼の食事は、王子と彼女のさしむかいで、わたしは給仕を命じられた。ふたりの愉快そうな軽口のかわし合いに、わたしは目がくらんでしまった。

 王子の酒杯にボルドー酒をそそぐとき、思わず手がふるえて、彼女のガウンのうえにまでブドウ酒をこぼしてしまった。

「なんて不作法な!」

 彼女はわたしの顔をびしゃりと打った。

 昼食後、彼女は馬車を駆ってカシスへ行った。馬車への乗り降りのとき、彼女はわたしの腕に軽くもたれかかった。それだけの接触でもわたしのからだには電流が走るような衝撃が感じられた。

 午後の六時の正餐には、彼女は数名の男女を招待した。

 わたしは給仕役であった。晩餐後は、バーゴラ劇場へ観測に出かけ、夜中近くに帰宅した。

 数日後、わたしは、コーヒー盆を捧げて彼女のベッドのそばにひざまずいた。すると、彼女はとつぜん、わたしの肩に手をかけて、深々とわたしの目のなかをのぞきながら、

「なんと美しい目をしているのでしょう」

 とやさしくささやいて、

「いまは特別に美しいわね、でも、おまえは非常に不しあわせだと思っている?」

「・・・・・」

 わたしは黙ってうなずいた。

「ゼフェリン、まだわたしを愛していて?」

 彼女は急に情熱的になって、はげしくわたしをひきよせた。コーヒー盆はひっくりかえり、壺やコップが床のうえにころがった。

「ヴァンダ!ヴァンダ!ヴァンダ!」

 わたしは熱狂的に彼女に抱きついて、彼女の口といわず、頬といわず、ノドといわず、胸といわず噛みつくように接吻した。乳首をもぎっとってやりたいほどだった。

「あなたがボクを手ひどく扱えば扱うほど、ボクを裏切れば裏切るほど、ボクはますます狂いたって、あなたを恋し、嫉妬し、苦しみ悶えて死ぬかもしれません」

「わたしがあなたを裏切った?そんなこと一度もないわ。わたしは絶対にあなたに忠実だったわ。誤解しないでね。わたしの愛するただ一人のゼフェリンさんにね。あなたの服は、実は大切にタンスの奥にしまってあるのよ。さア、行って着がえてらっしゃい。いままでに起きたかずかずの事件は、みんな忘れてね。きっと忘れてくれるわね。あなたの苦しみは、わたしの接吻で、みんな吹き飛ばしてあげる!」

 彼女は若い日のカテリーナ二世のように、部屋の中央に立って、タイヤの浮輪を腰にまいた。

 それからふたりで長い間、長椅子にならんで恋を語り合った。彼女は、いまはまったく立派な淑女であり、わたしの優しい愛人になっていた。

「あなた、幸福?」

「いや、まだ・・・・」

「そーお、では」

 彼女は柔らかいクッションによりかかって、仰向けになり、静かにジャケットのホックをはずして、半裸になって、貂の毛皮でふんわりと胸を隠しながら、

「いらっしゃいナ」

 わたしは彼女の胸に抱かれた。彼女は蛇のような舌でわたしの唇の中までキッスした。

「幸福?」

「かぎりなく!」

「ホホホ!」

 彼女は高らかに笑った。

 わたしは長椅子のうえから彼女の足もとにおりて、両膝の間に身を沈めた。

 わたしのかわりに給仕役を勤めた黒人女ハイデェは、上品で黒大理石で彫刻された美女のようなすばらしい胸をしていた。わたしがそれに気づいて、ちょっとうっとりしていると、この黒い悪魔は白い歯をむき出して、ほがらかに笑った。

 それを横目で見ていたヴァンダは、黒人女が部屋から出て行くと、にわかに激高してわたしに飛びかかって、

「どうして、おまえはわたしの目の前で、ほかの女をじろじろ見るの!わたしをさしおいてあんな黒い悪魔を!」

 と叫んで、悪魔のかぎりをわたしに投げつけた。

 わたしはビックリした。彼女は唇まで真っ青にしてぶるぶるふるえている。激しい嫉妬だ!

 彼女は壁の掛け針からムチを取ると、いきなりわたしの顔面をびしりと打ちすえた。それから黒人たちを呼んで、わたしを縛りあげて、暗い地下室にほうり込んだ。

 鍵がかけられ、鉄のカンヌキがかけられ、また鍵がかけられて、わたしは完全に囚人になってしまった。何時間、何日経ったか、わたしにはわからなかった。餓死か、凍死か、わたしは悪寒(おかん)でふるえた。

「憎いヴァンダ!」

 わたしはたしかに彼女を憎みはじめた。

 ふと気がつくと、血汐のように赤い一筋が床を横切って流れた。押し開かれたドアから差し込む灯火の光であった。

 彼女は貂の毛皮をまとい、たいまつの灯火を手にしてあらわれた。

「まだ生きているの?」

「ボクを殺しにきたのですか?」

 わたしは低いしわがれ声でうめいた。

 彼女は二足、三足、大股でわたしのそばへ歩みよると、しめった床に膝をついて、股の間にわたしの頭を抱え、

「病気になったの?あんたの目は病気みたいに光わよ。まだわたしを愛していてくださるの?わたし、わたし、わたしは、愛してもらいたいのよ」

 彼女は懐中から短剣を出して鞘をふり払った。鋭い刃が赤い灯にきらりと光った。わたしはおどろいて飛びあがった。

____殺される? ?

 だが彼女は、わたしを縛っている綱をぶつぶつと切って、

「ホホホ!」

 とあやしく笑った。

 次回

『毛皮を着たヴィーナス』大鏡

 


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