<嬢>
フランチャイズのラーメンショップで夜10時まで待ったマッチ棒。そこで二杯目のどさん娘味噌ラーメンを食べ、お腹は満腹状態。店の畳敷きのテーブルで横たわってテレビのニュースを見ていると、"伊藤みどり"の特集をやっていた。
今年行われるアルベールビルオリンピック。目玉は”伊藤みどり”で、小学生時代からの映像が流れ、ワカメちゃんカットの”伊藤みどり”が、なんとなくそのワカメちゃんカットが彼男の面影に似てきて、大人になり女っぽくなった”伊藤みどり”と彼男との間に心の綱引きが生じ、マッチ棒が”伊藤みどり”に引っ張らてれていくのが辛くなり、畳の上で苦しい時間を待っていた。
テレビに没頭していると、時計の時刻はあっという間に経ち、マッチ棒はラーメン屋から出て宮古駅に向かい、駐車場にレパードを置いて駅前からタクシーでパブ改め、宮古のバーのママが居る飲み屋まで送ってもらった。
「ここでしょうね」
「あそこの二階です」
「あ、はい、ありがとうございます」
宮古市の繁華街のような場所で、飲食店や飲み屋などが並ぶエリアで、教えられた店の建物は一階も飲み屋のようで、目的のお店はその建物の二階に看板が灯ってあった。
「あの階段から登っていけるみたいですね」
「そのようですね」
マッチ棒はタクシーから降りると、店に向かう階段を登りパブ改め、宮古のバーのママが居る店のドワを開け、中へ入った。
「カランコロン」
「いらっしゃいませー」
店の中へ入ると挨拶してきたのは、おばさんではなく若い女性だった。店の中はやや広いフロワーになっていて赤い絨毯(じゅうたん)が印象的な店内だった。カウンターには客が四、五人座っていて満席状態の席から一斉にこちら側を振り向いていた。
「あ、あの、町野ですが」
「先程、お電話した者ですが…」
「えーとーうちのママにですか?」
「はい」
「ママはちょっと出かけていまして、飲みにいらっしゃたんですか?」
「あーはい、飲みにです」
「もう少しで戻って来ますが、ちょっと待ってます?」
「それとも他で飲んでます?」
「いや、ここで飲んで待ってます」
「すみません」
マッチ棒は、店のママではなく従業員と初対面は会い、満席のカウンターから少し離れたソファーの席へ、釜石で買った土産の紙袋を片手に待ってポツンと座り、ママとの面会を待つことにした。
「こんばんは、エリコです」
「こんばんはー」
「何にします?」
「水割り?」
「はい」
「あ、これ、ママに渡してください」
「なんですか?」
「釜石観音に寄ってきて、そのお土産です」
「釜石に行って来たんですか?」
「はい」
「何もなかったでしょ?」
「いえいえ、立派な観音様が」
「あなたママのタイプだよ、ママが喜ぶと思う」
「そ、そうですかー」
店の従業員のエリコとソファーで話していると、カウンターの客たちががエリコに問いかけた。
「エリちゃん、ミカちゃんまだ来ないのー」
「あの娘は他のお店なのよー」
「他のお店ってどこー?」
「ここで飲んでてください」
「なんでよーミカちゃんここの店にいるっていうから来たのにさー」
「エリちゃんタクシー呼んで、ミカちゃんのお店に行くんで」
「はいはい、しょうがないわね」
エリコはカウンターを満席にしている団体客のほうへ戻った。マッチ棒は,その様子を眺めながら水割りをちびちびと飲み、バーのママが戻ってくるのを待ちながら、フロワーのやや広めのスペースの中でパブ時代の面影に想像を巡らしていた。
バーのカウンターとソファーの席で一件分、残り一件分は絨毯(じゅうたん)敷きではなく、ステージがあったような床があり、そこだけが妙に無駄に空いたスペースになっていて『夢の跡』のような哀愁が漂っていた。
「あ、タクシー来たみたい」
「じゃね、エリちゃん」
「ミカちゃんはどっち?」
「階段気をつけてくださいね」
バーのカウンターを満席にしていた団体客は一斉に店内から出て行き、エリコも客を見送りに店の外へ出て行った。ひとりポツンと残されたマッチ棒は、ポケットからタバコを出し火を付けてテーブルにタバコの箱を置いてぼんやり『夢館』で待っていた。
「カランコロン」
エリコが戻って来た。
「ママはもう少しで来るから」
「こちらにどうぞー」
「あ、はい」
エリコがカウンターの席に呼び出すと、マッチ棒はタバコの火を消し、カウンターの席に水割りを持って移動した。
「ママとお知り合いなんですか?」
「いえ、東京の妹さんの紹介で寄ってみたんです」
エリコを前にちょっと照れ臭くなったマッチ棒。俯き加減でエリコと会話し、二本目のタバコに火を付けたときに、エリコがマッチ棒のタバコの箱に何やらペンで書いた。
「エリコです」
タバコの箱にピンク色の油性ペンで『ERIKO』と書いて自分のことをマッチ棒に紹介した。
「さっきのお客さん、お座敷のお客さん」
「お座敷って?」
「観光ホテルの団体さん、新年会だったらしくて」
「あー、電話したときにコンパニオンに出てるって訊いてました」
「さっきの団体さんがここの店に来てくれて」
「目当ての女の子がいないから、すぐに帰っちゃった」
「人気の女の子が居てねー、そこにお客さんが集中するから、その時、一緒に相手をしていて、ここにお客さんを呼んだの…」
「このとおり、今暇だからさー」
「ママもコンパニオンに出てるんですか?」
「今、新年会シーズンで追加があると、お店が留守になることがあって」
「あたしが早く帰って来たから、他のところにお手伝いで店番に行ってて」
「もう少しで帰ってきますから」
エリコの髪型は若い時代の”渡辺絵美”のような髪型で、肩幅と腰は広く、太っているわけでもなく、顔は”渡辺絵美”をヤンキーにしたような感じだった。
『可愛い』という印象より”工藤静香”と中山美穂”を足して2で割ったような、喋ってる感じは優しく、顔を見ていると、目と目の間に引き込まれていくような感じがした。
エリコで思い浮かぶのは”田村英里子”。かつて、若者を虜にした”小泉今日子”を彷彿させる『半尻グラビア』でトレンディーになり、柔道界では”田村亮子”がヤワラちゃんの愛称でトレンディー、そして阪神の”田村勤”がトレンディーし、『日本田村三景』がテレビ界を飾った。
「ママのタイプだよ」
「早く会わせたい」
「エリコさんは何故?そんなことを言うんだろう?」と、不思議に感じ、池袋西武で買ったベージュのフェイクレザーのハーフコートに水色系のEDWINのジーンズ。そして、飯能のスーパーマーケットの衣料品コーナーで見つけた小豆色のセーターを着たマッチ棒は、着こなしは今年一番のお気に入り。その姿で宮古に訪れたことで功を奏したと思い、カウンターでひとり照れ笑いを浮かべた。
エリコとふたりになり、30分もしないうちに電話がかかってきた。
「あー町野さんという方が来てるよ」
「ママが好きそうな人」
「お客さん?さっきまで居たけど今は町野さんだけよ」
「お土産まで頂きました」
「町野さん、帰りはどこのホテルか旅館ですか?」
「駅の駐車場に車を止めてて、泊まるところは決めてないです」
パブ改め、宮古のバーのママからの電話だった。
「ママがもうちょっとかかるみたい」
「伝言があって」
「今日はあと、お店をお休みにするから、3人で飲みましょうだって」
「町野さん、それでもいいですか?」
「え、あーべつに大丈夫ですけど」
エリコは、ママのことづてに従い、バーの看板を消して店のドワのカギをガチャっと閉めた。
「え!」
「ママさんはどこから?」
「ママは他のところから入ってくるから」
マッチ棒を店に入れ、店のドワのカギをかけたエリコの顔つきは、マッチ棒を独占したような顔つきになり、緊張感が漂った。
「ちょっとトイレ」
「そちらの扉です」
マッチ棒は恐る恐るトイレに向かい、トイレの中で間違いなく反応した尿意とその下になだれ落ちていく尿の音が、エリコにまで聴こえているんじゃないかと思うと、そのまま立ち尽くし動けなくなっていた。そして、全身を前に傾け、周囲を汚せまいと必死に硬直した身体を下になだれ落とした。
緊張がほぐれても、エリコのもとへ帰るとその身体は硬直し、喉が乾き、唾を飲み込み水割りを飲んでも、水割りのお酒は飲んだ後に冷たく染み込み、ブルブル肩を揺らし震えが止まらなかった。
「寒い?」
「お湯割りにしてもらえますか?」
「寒いもんねー」
エリコがお湯割りを作り「熱いから気をつけてね」と、一言添えてグラスを差し出した指先にマッチ棒は再び尿意を感じ、「ちょっとまた」と言っては、トイレの中へ閉じ込められた。