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旧える天まるのブログ
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『毛皮を着たヴィーナス』王子

2019-09-29 10:53:20 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』あらくれ

<王子>

「ゼフェリン。キミとヴァンダの関係はどこにあるんだ?」

「王子になっただっち」

「王子?・・・・・」

 今日、ロシアの王子が街の散歩道にはじめて姿を現した。

「もうじき退院ですね」

「リハビリするだっち」

 運動家らしい体格と立派な容貌と堂々たる態度をしていたので、人々の注目の的になった。女性たちがどきもをぬかれて、ぽかんと口をあけて眺めている間を、彼は憂鬱げに歩いていた。

 彼には二人の召使いが従っていた。一人は黒人で赤い繻子(しゅす)の盛装をし、もう一人はサルカシア人で、きらきらする制服で身をつつんでいた。

 王子は、すれちがいざまヴァンダに目をとめ、冷たい刺すような目つきで、彼女を追った。彼女が通り過ぎてからも、彼は彼女の後ろ姿を見送っていた。

 彼女は、晴れやかな緑の目でむさぼるように王子をみた。そして二度目に彼に出会ったときは、たくみな媚態を示して、しだいに彼に近づいた。わたしは窒息するばかりであった。帰路、わたしがそれを指摘すると、彼女は眉をよせて、

「あなたはわたしに、なにを要求なさるの。あの王子は、わたしが好きになれる人よ。わたしを恍惚とさせてしまったんですもの。それにわたしは、あなたとお約束したとおり、自由なのよ」

「それでは、もうボクを愛していないのですか?」

 わたしはがく然とした。

「いいえ、愛しているわ。愛しているのはあなただけよ。でも、わたしの機嫌をとってくれるような王子さまが、現れたらしいわね」

「ヴァンダ」

「あなたはわたしの奴隷よ。わたしはヴィーナス、毛皮を着たヴィーナス、そうじゃなくって?」

「・・・・・毛糸の」

「え?なんですって?!」

 わたしは彼女の言葉におしつぶされてしまった。

 彼女の冷ややかな態度は鋭い短剣のようにわたしの心を突き刺した。

「すぐにあの王子の名前とお住まいと境遇をしらべておいで」

「しかし」

「命令をききなさい」

 彼女の声は、午後にならないうちにしらべあげて、彼女に報告した。彼女は肘掛け椅子に身をもたれながら、微笑を浮かべて直立不動の姿勢のわたしから報告をきくと、満足そうに軽くうなずいた。

「足台をもってきて」

 彼女の命令に従って、わたしは彼女の足もとへ足台を運んできて、ひざまずいたまま、

「結局、どうなるのでしょう?」

 と悲しげにたずねた。

「まだなにもはじまってやしないじゃないの」

 彼女は、ふざけたように笑いだした。

「あなたは予想以上に無情です」

 わたしは不愉快な気持ちをぶちまけた。

「まだなんにもやってやしないのよ。それなのに、どうしてそう無情よばわりをなさるの。あなたの理想をかなえてあげて、あなたを足でふみつけ、ムチで打ったら、なにか起きるとおっしゃるの?」

「あなたは、ボクの夢をあまりにもまじめに取りすぎます」

「まじめにとりすぎてどうしていけないの。お芝居や茶番劇なんか、わたし大嫌いよ」

「ヴァンダ、ボクのいうことをよく聞いてください。ボクとあなたは、無限に愛し合って非常に幸福です。それなのにあなたは、出来心のために、二人の未来を犠牲にするのですか?」

「出来心じゃないわ」

「それじゃ、なんですか」

「たぶん、わたしの性質のなかにひそんでいたなにかよ。あなたがそれを呼びさましさえしなかったら、けっして表面へあらわれてこないものよ。でも、今ではもうダメ。力をもった衝動となって、わたしのからだじゅうにあふれてしまっているわ。いまさら、あなたがそれを取り消したいといいだしてもダメよ。あなたはそれでも男なの?」

「ボクの大好きな、かわいいヴァンダ!」

 わたしは彼女をなだめすかして接吻した。

「あなたは男じゃなかったの?」

「それなら、あなたは?」

「わたしは強情よ。わたしには空想なんかないわ。実行力もないわ。でもこうときめたら、わたし、やりぬくわよ。もういいから、出て行ってちょうだい!」

「ヴァンダ!」

 わたしと彼女は立ちあがって、顔と顔をつき合わせた。

「いまはじめて、あなたには、わたしというものがわかったのね。それなら、もう一度いうわ。わたしは無理じいにあなたを奴隷にするつもりじゃないから、いやならいやといってもいいわ」

「ヴァンダ!」

 わたしは興奮のあまり、目に涙をためて、

「ボクがどんなにあなたを愛しているか、あなたには知らないのですか?」

「はっきり、きめてちょうだい。無条件で、奴隷をつづけるの?」

「もしも、ボクがいやといったら?」

「そのときは・・・・・」

 彼女は冷ややかな態度で、両腕を乳房のうえあたりに組み、邪悪な薄笑いを浮かべて、ぐいと一歩詰め寄ってきた。その様子は暴虐な女性そのものであった。慈愛も親切もなにもない激情の女だった。

「それなら、それでもいいわよ」

「怒っているんですね。わたしを罰するつもりでしょう」

「違うわ。縁を切っていただくだけ、わたし、いつまでもあなたを縛ってなんかおきはしないわ。あなたはもう、自由よ」

「ヴァンダ、ボクがこんなに恋い募っているのに・・・・・」

「そうね、あなたはわたしを崇拝していらっしゃるわね。でもあなたは卑怯者で、ウソつきで、約束を破る人よ、さっさと出ていってちょうだい」

 彼女はわたしに軽蔑のまなざしを投げつけた。

「ヴァンダ!」

「悪者」

「・・・・」

 わたしは返す言葉もしらず、心臓のなかで血汐が煮えたぎる思いで、彼女の足もとに身を投げ出して泣きふせった。

「その涙もいっしょに出て行っていただくわよ」

 彼女は悪魔的に笑いだした。

「ああ、後生ですから、そういわないでください」

 わたしは我を忘れて哀願した。そして彼女の膝にすがりついて、彼女の手に接吻した。

「わかったわ。あなたは奴隷になって、わたしのムチを味わうのね。あなたは蹴られれば崇拝し、虐待されればされるほど、わたしを尊敬するのよね、犬みたいな性質。こんどは、わたしというものをあなたにわからせてあげるわよ」

 そういって彼女は荒々しくわたしを引きよせ抱きしめ、涙のうちに微笑しながら、わたしの両目の涙を唇と舌で吸いとりはじめた。

次回

『毛皮を着たヴィーナス』交換

 


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『いだてん』シナリオ&『セックス・チェック第二の性』

2019-09-26 14:13:07 | 雑記の宿
NHK大河ドラマ「いだてん」完全シナリオ集 第1部
宮藤 官九郎
文藝春秋

 2019年NHK大河ドラマ『いだてん』のシナリオ集(本)発売されたということで、今回初めて視聴者からの感想を書きます。

 1964年(昭和39年)東京オリンピックまでの50年を描いた作品なのはみなさまご存じかと思いますが、日本初のオリンピック選手として出場した金栗四三の時代は、明治維新も明け、西洋文化で日本を彩った時代でもありました。

 明治大正昭和平成、そして現在は令和と、歴史の流れはある年齢を過ぎるとみなさん知ってるわけで、近代歴史を知ってるうえで、今回大河ドラマ『いだてん』を見ていると思います。

ただ、当時の人々はそのさきのことは何が起きるのか?知らずに暮らしていたわけで、原作者の宮藤官九郎さんの脚本は、その辺をセリフメッセージとして表現されていたと、僕は感じました。

 主役のひとり金栗四三さんの人物描写は、ひとりの日本人として当時の生き方をセリフのひとつ、ひとつで、微妙に間違ってゆく流れのメッセージを瞬間的に感じとって観ていました。

 オリンピックの祭典は別として、日本全体として大きな戦争に踏み込み、巻き込まれ、過ちとして歴史に刻まれてゆくわけですが、そこに至るまでの日本人、金栗四三が第一部には描かれているのではないでしょうか?

 現在、一話づつ生で見ている状況なので、その瞬間瞬間にしか印象を語れませんが、シナリオ本を読んで、改めて確認するのもいいかもしれません。クドカンかぶれで申し訳ございません。弟のようで可愛いんです。すみません。クドバカですけど、どうか応援してください。

セックス・チェック 第二の性 [DVD]
安田(大楠)道代,緒形拳,小川真由美
KADOKAWA / 角川書店

セックスチェック 第二の性

 1968年公開の作品で、東京オリンピック後のメキシコオリンピックを目指し、戦争後のやさぐれた元単距離選手コーチと女子選手による愛憎のスポコン物語。戦時中を経験したスタッフで構成されているのか、今見ると乱暴な映画ですが、その時代の日本人をも表現されているかのような映画でした。

 


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『毛皮を着たヴィーナス』あらくれ

2019-09-23 00:38:09 | DQX毛皮を着たヴィーナス

 

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』呼吸

 <あらくれ>

 二週間あまりして、彼女の女友達たちは去っていった。わたしと彼女との間には、また水入らずの夜が来た。

 彼女は、この夜のために、これまで隠されていたすべての愛をたくわえておいたかのようにわたしにしがみついた。わたしの唇を彼女の唇に合わせ、彼女の両腕のなかに死んだように身を投げ入れるのは、なんとも幸福なことであろう!彼女の顔はわたしの胸に埋まり、完全にわたしのものになった。二人の目は歓喜に酔った。

 彼女は眠っているかのように身動きひとつせず、目を軽く閉じたまま、

「あのひとは、ひとつの点で正しいわ」

 とつぶやいた。

「だれのこと?」

「・・・・」

「君のあのお友達?」

 彼女は軽くうなずいた。そして、

「あのひとは正しいわ」

 とくり返してから、

「あなたは男じゃなくて夢想家ね。淑女の踊りの相手よ。きっと、奴隷としてもすばらしい奴隷ね。わたし、あなたを夫としては考えられないわ」

 わたしはびっくりして、ふるえた。

「あら、ふるえていらっしゃるの?」

「ボクは、あなたを失いそうで・・・」

「それでは、あなたは前よりは幸せではなくなったとでもおっしゃるの?もしも誰かがあなたと同時に、わたしから幸福をうけたら、それだけであなたのたのしみが減るとでもおっしゃるの?」

「ヴァンダ!」

「そう考えればいいのよ。そうすれば、あなたは決してわたしを失いはしないわ。わたしはあなたを深く愛してるわ。いつもあなたといっしょに暮らしたいと思うわ。ただ、わたしの気持ちで、あなた以外にもだれか男を・・・」

「なんということを!あなたはボクの胸を恐怖でいっぱいにする」

「それで、わたしを愛する気持ちが、いくつか減ってきて?」

「そんなことはありません」

 やがて彼女は、左手で身体を起こしながら、

「男の人をいつも変わらずに手に入れておくためには、その人にたいして忠実であること、それがほんとうにたいせつだと、わたしは信じているわ」

「もしもボクの最愛の女性が、不貞をはたらいたら、それこそボクには、苦痛に満ちた刺激です。最高の恍惚です」

「もしもわたしが、あなたにそのたのしみをさしあげたとしたら、どう?」

「ボクは、きっと恐るべき苦痛をうけます。しかし同時に、ボクはいっそうあなたを崇拝します。でも、あなたはけっしてボクをあざむかないでしょう」

「わたし、だますことなんか大嫌いよ。正直よ。でも、真実という重荷をほんとうに背負いきっている人がいるかしら?」

「あのギリシャのむかしの静かな官能的な生活がわたしの理想だといったら、あなたはそれにたえられるかしら?」

「大丈夫。あなたを失わないためなら、なんにでもたえます」

「それだから?・・・・なりたいんでしょう?」

「そうです。あなたの奴隷に!」

 とわたしは叫ぶようにいった。

「あなたが人生の盃をたっぷりのみほす間、ボクはあなたの召使いになって、あなたに靴をはかせたり、ぬがせたりしてあげたいです」

「わたしの奴隷になって、わたしがほかの男を愛するのをみて、がまんできるなんて!奴隷制度のないところでは、そんな享楽の自由なんかないわ。でもわたし奴隷が欲しいわ」

「ボクがあなたの奴隷じゃないですか」

「それで、よく聞いてちょうだい___」

 と彼女は興奮しながら、わたしの手をぎゅっと握って、

「わたし、あなたを愛している間は、あなたのものでありたいわ」

「一ヵ月ぐらい?」

「二ヵ月でも」

「それからは?」

「わたしの奴隷になるの」

「そしてあなたは?」

「わたしは女神よ。オリンピアの山の上から、ときどきあなたのところへ降りてきてあげるわ。静かに、こっそり・・・・」

 彼女はそういってアゴを両手のうえにのせて、遠くのほうをうっとりと見つめる様子をして、

「実現できそうもない金色の空想だわ」

 とつぶやいた。

「どうして、できないのです?」

「奴隷制度がないからよ」

「それでは、二人でどこか奴隷制度のある国へ行きましょう。アラビアか、トルコかへ」

「ほんとうにあなたは、そうするつもり?」

 と彼女は目を輝かした。

「そうです。ほんとうにボクは、あなたの奴隷になりたいのです。ボクを支配するあなたの力が、法律的にも正当化するのを望みます。ボクの生命はあなたの手に握られ、ボクは完全にあなたの意のままになるのだと思うと、ああ、なんという喜びでしょう。そしてときどき、あなたも恵み深くなって、この奴隷に死にもあたる接吻をしてくだされたら、ああ、なんという幸福でしょう」

 わたしは燃えたつ額のなかに埋めた。

「あなたはまるで熱病におかされているみたいね」

「お尻に注射ですか?」

「そうね」

 彼女はわたしの身体を起こして、胸に抱きしめて、接吻のあらしでわたしをつつみながら、

「あなた、ほんとうにそれをお望みになるの?」

「神にかけて誓います。いつでも、どこでも、お望みのままに、あなたの奴隷に!」

「誓うのね?」

「誓います」

「なんだかおもしろくなりだしたわ。空想じゃなくってよ。きっと、わたしの奴隷にすることよ。そしてわたしは、あらくれを着たヴィーナスになるようやってみるわ」

次回

『毛皮を着たヴィーナス』王子

 

 


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秋限定(梨屋さん)

2019-09-19 06:20:37 | 雑記の宿

<秋限定 梨屋さん>

 先週?先々週?『ジェーン・スーは生活は踊る』を聴いてて、「前日の台風は凄かった」という話題から、千葉県では停電被害(災害)が発生していると聞いてもう10日以上日が経っています。時間が過ぎてて記憶が曖昧になりそうですが、東日本大震災の時も停電になりました。その時は、1週間目に地域の電気が復旧しました(津波被害地域は別ですが)停電してる間は気分が沈み過ごしました。それが1週間も続き、自分達も凄い被害にあったんだなーと実感しました。今回はそれ以上の日数が経過していると思うと、被災地域の方々には心よりお見舞い申し上げます。

 『大竹まことゴールデンラジオ』では、吉野家が被災地域に出向いたとのお話しを聞きました。東日本大震災のときも気持ちが沈んでいたので、ファーストフード店のようなお店はどこもガラガラでした。ファミレスとかファーストフード店のようなお店に入る気持ちにならなかったことを覚えています。震災当時、お寿司屋さんは海苔巻き等を持参して売り歩いてる姿を見受け、必死な姿に心をうたれました。ラーメン300円の張り紙を見たときも、そのあたたかさにほっとした気持ちにもなりました。今回、心なし賛否があるようですが、吉野家さんの応対は学習し適切だったと個人的には思います。すき屋さんも嫌いではないので、日韓関係のような険悪なムードにはならないようにと、心から願っております。

 残暑厳しい中、9月に入り梨の季節になりました。近隣では梨の販売が季節限定で行われています。

 若柳金成インターから車で15分弱、ポツンと梨農園があります。

 秋桜の花と同居して、ポツンと梨屋さんが建っております。笠地蔵がある側といえば側なのですが、宮城では利府梨がとても有名ですけど、この辺も梨作りが盛んです。控えめなところですがりんご農園などもいくつかあります。

 仙台藩では、各武家屋敷に食い扶持に果実を植えるようにとお触れがあったと聞いたことがありますが、そのなごりと言えばなごりなのかもしれません。

『アキアカリ』という梨を作ってました。花泉梨とも言っております。

 毎年、販売方法が違ったりもしますが、今年は洋梨をお薦めされました。お値段は大き目なサイズで一個200円でした。味は保証付きです。

 


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『毛皮を着たヴィーナス』呼吸

2019-09-16 00:19:04 | DQX毛皮を着たヴィーナス

初回

DQX毛皮を着たヴィーナス

前回

『毛皮を着たヴィーナス』獣小屋

 <呼吸>

 悪夢に満ち、熱にうかされた一夜がすぎた。わたしは幸福のなかで目をさました。

 彼女は二階のバルコニーからわたしを呼んだ。わたしは急いで階段をのぼっていくと、彼女は入り口のところでわたしをむかえて、

「わたし、自分で自分が恥ずかしくなったわ」

「なぜですか?」

「きのうの、あんなひどい面のことを忘れてしまってくださいな」

 と、彼女はふるえ声でいった。そして、

「あなたのお望みはかなえてあげたんですから、理性にかえって幸福に愛し合って募らしましょうよ。一年以内には、きっとあなたの奥さんになってあげるわ」

「ご主人様、ボクはあなたの奴隷です」

「奴隷とか、残酷とか、ムチとかではなしに、別の言葉はないかしら?そんな言葉は、もう許しません。ただ、わたしが毛皮のジャケットを着ることだけは別よ。さあ、こっちへいって毛皮を着るのをてつだって!」

 こうして一日を楽しいおしゃべりのうちにすごし、やがて暖炉のうえの、キューピッドが弓に矢をつがえて引きしぼった姿の置き時計が、真夜中の時刻を示した。

「さあ、帰ります」

 わたしが立ちかけると、彼女は有無をいわせずわたしを抱擁して、長椅子のうえに引きもどした。そしてわたしの唇に接吻の雨をふらせた。その沈黙の言葉は、すべてを暗示してくれた。わたしの腕のなかに身をまかせきった彼女の五体には、ものいう色がみなぎった。赤と白の繻子の服のなかに、いい香りのする貂の毛皮のなかに、なんともいえないほど強くやわらかく欲情をそそるものがあった。

「お願いです・・・・・」

 とわたしはいいよどんだ。

「なんでも、お好きなように」

 彼女は色っぽくささやいた。

「わたしをムチ打ってください。そうでないと、ボクは気が狂いそうです!」

「それは、もう禁制よ」

 と彼女はいって、わたしのぐうたらをきびしくたしなめた。

「ボクは、あなたを死ぬほど恋慕しているのです」

 わたしは彼女のふくよかな膝の間に顔を埋めた。

「あなたの狂気ぶりは、悪魔にとりつかれて満足を知らない欲情のしわざよ。あなたが、節操のない男だったら、もっと立派に正気でいられたでしょうに」

「それなら、ボクを正気にさせてください」

 わたしは彼女の長い髪の毛の間に手を入れて、ふるえながら毛皮の一端をもてあそんだ。わたしは彼女を抱きしめて接吻した。いや、彼女がわたしをせめ殺しでもするかのように野蛮に、無慈悲に、強烈に接吻した。わたしは息がつまりそうになったので、身を引こうとした。

「どうしたの?」

「苦しんでいらっしゃるの?」

 彼女は、にわかにたのしそうに高笑いした。

「笑っているのですね」

「そうよ」

 彼女は厳粛な表情になって、両手でわたしの頭を起こすと、乱暴な身ぶりでわたしのからだをしっかりと抱いて、胸のあたりに引きつけた。

「ヴァンダ!ああ・・・・・」

「あなたは苦痛をたのしんでいるのね。ちょっと待ってらっしゃい。じきに正気にしてあげるから」

 彼女は殺人を犯しかねない残酷な唇で、ものすごくわたしの唇を吸った。わたしは彼女の貂の毛皮を左右にひらいた。彼女の玉の肌の胸、美しい乳房がわたしの腕のうえで、大きく波打った。

 わたしは理性を失った。気がついてみると、わたしの手から血汐がたれていた。

「あなた、わたしをひっかいたのね?」

「いいや、ボクはたしかに、あなたのどこかを噛んだはずです」

 こうした状態になってから、わたしと彼女とはすばらしい日々を送るようになった。山や湖を訪れ、いっしょに本を読み、わたしは彼女の肖像を描いた。彼女の微笑した顔はなんと美しかったことか!

 だがそれもつかの間で、彼女の親友のひとりがこの山荘へたずねてきたので、事情は一変してしまった。

その女は彼女よりもいくらか年上で、夫と別居して、彼女といっしょに住むようになったからだ。

 わたしと彼女がこれまでのように水入らずになれず、しかも彼女とその女とが数名の男たちの一団に取りまかれるようになっては、わたしにはたえきれない抑圧になった。彼女はわたしを、まるでよそ者のように扱いはじめた。

 今日も散歩の途中、彼女はふとわたしをかえりみて、

「わたしのお友達のあの方はね、わたしがあなたを愛している理由がわからないというのよ。男前がいいわけでもないし、特別に魅力があるわけでもないのにと、思っているらしいわ。そして朝から晩まで、都会のはなやかな生活の魔力、すばらしい社交界のことなどをほのめかしているのよ。でも、あなたを愛しているわたしにとって、そんなものは、一体なにになるかしら?」

 わたしは一瞬、息がとまる思いがした。

「ボクは、あなたの幸福の邪魔をしようなどとは思っていません、ヴァンダ!」

 その散歩の帰り道、わたしがまた彼女のそばに寄ると、彼女はそっとわたしの手を握った。彼女のまなざしが晴れやかで、幸福の期待に満ちていたので、わたしはたちまち日ごろの苦しみを忘れてしまった。

 次回

『毛皮を着たヴィーナス』あらくれ

 


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