【信長の野望 覇王伝withパワーアップキット】でまさかの鉄砲売りで傭兵雇いまくり外道作戦・完結編なのです。
早い話が、前回あまりにも記事を書くのが大変だったので、1回でUPするつもりが、2回に分割になっちゃったと言うわけですw
さて、前回は本願寺家を弩外道が禅定されて弩家と改め日本制覇・天下布武を突き進む道筋を解説させて頂いたものですが、日本の戦略地図を北部・中部・南部の3区分に分割してキャプチャーに撮影、その侵攻ルートを手書きで書き加えたものでしたが、本ゲーム終盤の北部MAPの公開と解説がまだでした。
皆さん、ゲームシステムや何処が外道プレイなのかは前回を読んで下さっている前提であえて今回は書きませんので、今日始めて私のブログに来てくださった方はお手数ですが、前回の記事に軽く目を通して頂くとより楽しんで頂けると思います。
では、話題の日本北部戦略MAPと攻略MAPを公開させて頂きますね。
ご覧になって分かるように、上の登場武将の顔グラフィックの横に下手くそな横線が入ってますが、そのそれぞれの色がMAPのそれぞれの侵攻路に対応しています。
下手ですみません。
せめて、線を書き加える時なんかはBASICのようにLINE宣言して始点と終点の座標を記入するだけで直線が描画されるソフトが欲しいのですが、まあフリーソフトじゃあこんなものかも知れません。
本物のフリーハンドだから絵心の無い弩外道にはきっつい作業ですたww
前回分を読んで頂いて無い方には随分偏った武将チョイスだなあと感じられると思いますが、武将の各パラメーターの内、信長の野望シリーズでは稀有な事に合戦する上で最も重要なパラメーターは武力値でもなければ采配値ですら無く(但し、敵に攻撃された際、自軍の損害を抑えるという意味で采配値は弩外道の今回のプレイスタイルでは、最も重要な武将パラメーターである智謀値の次に重要でした。
もちろん弩外道の事ですからまともな戦術使ってませんがww
ともかく、合戦でも謀略で事が決してしまう本作なので、起用する武将は智謀値が高い武将、目安としては70以上が選ばれています。
たとえ戦闘値100の上杉謙信でも本作での合戦では、著しく見劣りしてしまうのですw(ちなみにこの北部戦略MAPには、未だ関東管領上杉家が生き残っていますので、当然彼が河越夜戦に敗れて北条氏に追い立てられて謙信に保護を求めて越後に逃げ込む前ですから、謙信との養子縁組も成立していませんのでこのシナリオでは、未だ長尾景虎なのですw
このシナリオのタイトルが【信長出世編】で西暦1551年から始まる事でお分かりのように未だ群雄割拠の日の本の国の天下の趨勢は見えず、桶狭間の合戦すら起こっていないので信長はまだ織田家を継承したばかりで大うつけと呼ばれていた頃から始まります。
しかし、さすがの主役補正!?か織田家が一番弩軍に損害を与えてくれましたww
他大名が三好家のような大国ですら弩軍に与えた損害はせいぜい数十名だったので他の弱小大名はもっとたかが知れているのですが、織田家の清洲城攻めの野戦と続く攻城戦闘では、5000人近い損害を強いられ、態勢の立て直しに数ヶ月を要したほどですw
この作戦に参加した弩軍が全軍で20000人であることからいかに甚大な被害か分かって頂けると思います。
もっとも、織田家も斎藤家に援軍頼むわ、残る尾張のふたつの支城:犬山城と鳴海城からほぼ全軍を援軍として送っているので戦力比は織田・斎藤連合軍の10万人に対しての弩軍2万人ですから無理も無いっちゃないかもですけどねww
しかし、この戦いにおける弩外道の最大の失敗は、羽柴秀吉を攻めすぎて殺してしまい幕下に招くことが出来なかった事だったのですがww
まあ、武将が皆優秀なのもあるんですが戦略思考ルーチンに何か特別な他のNPC大名には無い強さが付加されているのかもしれません。
ちなみに本作の本シナリオの最高の智謀値の持ち主はかの梟雄松永久秀氏の99がぶっちぎりで、先に上げた弩外道が合戦武将にチョイスする基準にしていた智謀値71以上は、シナリオ全体で絶対に10人をちょっと超えるかな感じで、しかもせっかく智謀値が高くても年齢的に老い先短かそうで大軍を預けられない風魔小太郎氏とか朝倉宗滴氏とか実際使うのに勇気がいる武将も結構居るし、なんといってもマスクデーターの義理がおそらくぶっちぎりで低そうな智謀ナンバーワン松永久秀氏は寝返りが怖くて合戦場にとても出せませんww
何しろ、弩外道が彼の主家を攻めた際、内応の謀略が成功した訳でも無いのに勝手に弩軍に寝返ってさっきまでの主家を工作でボロボロにするありさまですから、ちなみに確認できるパラメーターの野望が高くても、せいぜいが挙げた勲功に対して多めの報奨を欲しがるくらいでまず彼以外寝返りはまずありえないと言っても良いでしょう。
其の証拠にカノ最高の智謀を持つ人物で何十回と内応の謀略を戦略ターン時に仕掛けたものの1回も成功しなかったことからも本当っぽいw
松永君も、合戦にさえ出さなければ使い道はあるもののなんとなく嫌だったので彼が持つ2つの1級品評価の茶器は論功行賞の懲罰で2つとも没収して他の合戦要員の褒美にしてしまったくらいwどうでも良かったww
まあ、罪滅ぼしに次回の論功行賞では勲功に見合わない大量の知行地をあげたけどww
普通なら2千石加増で終わる勲功値に対して3万石加増してあげましたw
土地余っていたのでww
彼は、一生殿についていきまする!とかなんとか行っていたが、はっきり言ってその言葉が宛にならないのは確信してましたw
でも、これだけ冷遇してるのに最後まで出奔しなかったのだから戦略ターンでの成功率の比較的高い謀略、一揆扇動などには使い勝手は良かったですww
それと茶器有難う、弩外道から貰った子が感動していたよww
そんなこんなで、本作での智謀値はとても評価が厳しいですし、何せ正々堂々戦う猛将タイプが全く合戦で役立たずなのはかなり人的資源として厳しかったです。
ていうか名だたる戦国武将って大抵そのタイプで謀将タイプで成功した人物って限られてますもんねww
そもそも軍師が同じ陣営に何人もいたら返って事態は混乱しますしね、船頭多くしてって奴ww
さて、そろそろ北部MAPの各将の攻略ルートを順に解説していきますね。
まず、松永久秀に次ぐ智謀97が光るMAP東海岸沿い攻略を担当した宇喜多直家君から。
まず、中部MAP重複分を除くといきなり北条家相模伊豆国(ゲームの便宜上合体させた国)の小田原城攻めからのスタートですが、直家君の智謀の前には名にしおう巨城も焼け野原と化したのでしたww
同じく北条家相模伊豆国玉縄城を落城させると今度は渡海して里見家上総阿波国(またも便宜上合体国)稲村城・久留里城と連戦し、里見家を滅ぼしました。
続いて北上し、結城家下総国国府台城・結城城を落城せしめ結城家も敗亡の縁へと追いやったのです。
更にその武威は関八州の北限まで及び佐竹家常陸国土浦城も落城させました。
最後には弩陣営の諸軍競い合うように入り混じり奥羽攻めが決行され、蘆名家陸前国小高城へ、続いて伊達家陸中国白石城・米沢城、南部家陸奥国三戸城攻めは小早川隆景軍と共同で当たりました。
続いてオレンジの侵攻ライン、小早川隆景君です。
強敵武田家を甲斐国岩殿山城に追い詰めこれを抛っています。
続いて北条家武蔵国滝山城・江戸城・河越城・忍城・鉢形城を次々落城させて北条家の命脈を断ち切った功績は彼にあります。
そして宇都宮家下野国唐沢山城を落城させ同じく宇都宮家下野国小山城攻めとどめの宇都宮城攻めは真田幸隆軍と共同で行われました。
そして馬場信房軍の援護を受けての蘆名家陸前国二本松城攻めに続きほとんどモグラ叩きの要領で最後に伊達家陸中国寺池城を攻め、弩家の覇業に大きく貢献しましたw
次は、茶色の侵攻ライン真田幸隆君です。
上杉家上野国箕輪城・沼田城・平井城を攻め関東管領上杉家を言葉上の存在に成さしめましたw
宇都宮家下野国宇都宮城攻めは小早川隆景軍のサポートの元に決行されました。
蘆名家陸前国須賀川城攻めに続く伊達家陸中国岩出山城攻めは内藤昌豊軍と共同で行われました。
伝説の軍師山本勘助君は青の侵攻ラインです。引き続き長尾家越後佐渡国佐渡国津砦・琵琶島城・坂戸城・新発田城攻めに至って長尾家を単なる歴史上の存在たらしめましたw
蘆名家陸前国黒川城、安藤家北出羽国秋田城攻めでは長宗我部元親軍の支援を受けています。
続いて同じく安藤家北出羽国大館城攻め安藤家を滅ぼしました。
更に北上を続け南部家陸奥国石川城攻め、最後に日の本の北の果て柿崎家蝦夷国松前城を攻め同家を滅しました。
不遇の名将長宗我部元親君は黄色の侵攻ラインです。
九州日向国伊東家征伐を終えた長宗我部元親君は居城を北出羽国秋田城に移し最上家に攻略された北出羽国横手城を攻め落城させました。
武田家の懐刀内藤昌豊君の侵攻ラインはグリーンです。
天下布武にギリギリ部隊の編成が間に合って伊達家陸奥国不来方城攻めに功がありました。
同じく武田家重鎮馬場信房君の侵攻ラインはベージュです。
信房君もギリで部隊編成を間に合わせ居城を陸前二本松城に移し最上家南出羽国山形城・鯖江城、両城攻めに功を挙げました。
そして、怒涛のエンディングへ、なおネタバレ防止の為にキーショットの数々はあえてキャプチャーに撮りませんでした。
貴方が日ノ本の国を統一した時のお楽しみです。
何故、安土城!?
次回も見てくださいね。
『貴方に素晴らしい出会いが待っていますように~♪』
早い話が、前回あまりにも記事を書くのが大変だったので、1回でUPするつもりが、2回に分割になっちゃったと言うわけですw
さて、前回は本願寺家を弩外道が禅定されて弩家と改め日本制覇・天下布武を突き進む道筋を解説させて頂いたものですが、日本の戦略地図を北部・中部・南部の3区分に分割してキャプチャーに撮影、その侵攻ルートを手書きで書き加えたものでしたが、本ゲーム終盤の北部MAPの公開と解説がまだでした。
皆さん、ゲームシステムや何処が外道プレイなのかは前回を読んで下さっている前提であえて今回は書きませんので、今日始めて私のブログに来てくださった方はお手数ですが、前回の記事に軽く目を通して頂くとより楽しんで頂けると思います。
では、話題の日本北部戦略MAPと攻略MAPを公開させて頂きますね。
ご覧になって分かるように、上の登場武将の顔グラフィックの横に下手くそな横線が入ってますが、そのそれぞれの色がMAPのそれぞれの侵攻路に対応しています。
下手ですみません。
せめて、線を書き加える時なんかはBASICのようにLINE宣言して始点と終点の座標を記入するだけで直線が描画されるソフトが欲しいのですが、まあフリーソフトじゃあこんなものかも知れません。
本物のフリーハンドだから絵心の無い弩外道にはきっつい作業ですたww
前回分を読んで頂いて無い方には随分偏った武将チョイスだなあと感じられると思いますが、武将の各パラメーターの内、信長の野望シリーズでは稀有な事に合戦する上で最も重要なパラメーターは武力値でもなければ采配値ですら無く(但し、敵に攻撃された際、自軍の損害を抑えるという意味で采配値は弩外道の今回のプレイスタイルでは、最も重要な武将パラメーターである智謀値の次に重要でした。
もちろん弩外道の事ですからまともな戦術使ってませんがww
ともかく、合戦でも謀略で事が決してしまう本作なので、起用する武将は智謀値が高い武将、目安としては70以上が選ばれています。
たとえ戦闘値100の上杉謙信でも本作での合戦では、著しく見劣りしてしまうのですw(ちなみにこの北部戦略MAPには、未だ関東管領上杉家が生き残っていますので、当然彼が河越夜戦に敗れて北条氏に追い立てられて謙信に保護を求めて越後に逃げ込む前ですから、謙信との養子縁組も成立していませんのでこのシナリオでは、未だ長尾景虎なのですw
このシナリオのタイトルが【信長出世編】で西暦1551年から始まる事でお分かりのように未だ群雄割拠の日の本の国の天下の趨勢は見えず、桶狭間の合戦すら起こっていないので信長はまだ織田家を継承したばかりで大うつけと呼ばれていた頃から始まります。
しかし、さすがの主役補正!?か織田家が一番弩軍に損害を与えてくれましたww
他大名が三好家のような大国ですら弩軍に与えた損害はせいぜい数十名だったので他の弱小大名はもっとたかが知れているのですが、織田家の清洲城攻めの野戦と続く攻城戦闘では、5000人近い損害を強いられ、態勢の立て直しに数ヶ月を要したほどですw
この作戦に参加した弩軍が全軍で20000人であることからいかに甚大な被害か分かって頂けると思います。
もっとも、織田家も斎藤家に援軍頼むわ、残る尾張のふたつの支城:犬山城と鳴海城からほぼ全軍を援軍として送っているので戦力比は織田・斎藤連合軍の10万人に対しての弩軍2万人ですから無理も無いっちゃないかもですけどねww
しかし、この戦いにおける弩外道の最大の失敗は、羽柴秀吉を攻めすぎて殺してしまい幕下に招くことが出来なかった事だったのですがww
まあ、武将が皆優秀なのもあるんですが戦略思考ルーチンに何か特別な他のNPC大名には無い強さが付加されているのかもしれません。
ちなみに本作の本シナリオの最高の智謀値の持ち主はかの梟雄松永久秀氏の99がぶっちぎりで、先に上げた弩外道が合戦武将にチョイスする基準にしていた智謀値71以上は、シナリオ全体で絶対に10人をちょっと超えるかな感じで、しかもせっかく智謀値が高くても年齢的に老い先短かそうで大軍を預けられない風魔小太郎氏とか朝倉宗滴氏とか実際使うのに勇気がいる武将も結構居るし、なんといってもマスクデーターの義理がおそらくぶっちぎりで低そうな智謀ナンバーワン松永久秀氏は寝返りが怖くて合戦場にとても出せませんww
何しろ、弩外道が彼の主家を攻めた際、内応の謀略が成功した訳でも無いのに勝手に弩軍に寝返ってさっきまでの主家を工作でボロボロにするありさまですから、ちなみに確認できるパラメーターの野望が高くても、せいぜいが挙げた勲功に対して多めの報奨を欲しがるくらいでまず彼以外寝返りはまずありえないと言っても良いでしょう。
其の証拠にカノ最高の智謀を持つ人物で何十回と内応の謀略を戦略ターン時に仕掛けたものの1回も成功しなかったことからも本当っぽいw
松永君も、合戦にさえ出さなければ使い道はあるもののなんとなく嫌だったので彼が持つ2つの1級品評価の茶器は論功行賞の懲罰で2つとも没収して他の合戦要員の褒美にしてしまったくらいwどうでも良かったww
まあ、罪滅ぼしに次回の論功行賞では勲功に見合わない大量の知行地をあげたけどww
普通なら2千石加増で終わる勲功値に対して3万石加増してあげましたw
土地余っていたのでww
彼は、一生殿についていきまする!とかなんとか行っていたが、はっきり言ってその言葉が宛にならないのは確信してましたw
でも、これだけ冷遇してるのに最後まで出奔しなかったのだから戦略ターンでの成功率の比較的高い謀略、一揆扇動などには使い勝手は良かったですww
それと茶器有難う、弩外道から貰った子が感動していたよww
そんなこんなで、本作での智謀値はとても評価が厳しいですし、何せ正々堂々戦う猛将タイプが全く合戦で役立たずなのはかなり人的資源として厳しかったです。
ていうか名だたる戦国武将って大抵そのタイプで謀将タイプで成功した人物って限られてますもんねww
そもそも軍師が同じ陣営に何人もいたら返って事態は混乱しますしね、船頭多くしてって奴ww
さて、そろそろ北部MAPの各将の攻略ルートを順に解説していきますね。
まず、松永久秀に次ぐ智謀97が光るMAP東海岸沿い攻略を担当した宇喜多直家君から。
まず、中部MAP重複分を除くといきなり北条家相模伊豆国(ゲームの便宜上合体させた国)の小田原城攻めからのスタートですが、直家君の智謀の前には名にしおう巨城も焼け野原と化したのでしたww
同じく北条家相模伊豆国玉縄城を落城させると今度は渡海して里見家上総阿波国(またも便宜上合体国)稲村城・久留里城と連戦し、里見家を滅ぼしました。
続いて北上し、結城家下総国国府台城・結城城を落城せしめ結城家も敗亡の縁へと追いやったのです。
更にその武威は関八州の北限まで及び佐竹家常陸国土浦城も落城させました。
最後には弩陣営の諸軍競い合うように入り混じり奥羽攻めが決行され、蘆名家陸前国小高城へ、続いて伊達家陸中国白石城・米沢城、南部家陸奥国三戸城攻めは小早川隆景軍と共同で当たりました。
続いてオレンジの侵攻ライン、小早川隆景君です。
強敵武田家を甲斐国岩殿山城に追い詰めこれを抛っています。
続いて北条家武蔵国滝山城・江戸城・河越城・忍城・鉢形城を次々落城させて北条家の命脈を断ち切った功績は彼にあります。
そして宇都宮家下野国唐沢山城を落城させ同じく宇都宮家下野国小山城攻めとどめの宇都宮城攻めは真田幸隆軍と共同で行われました。
そして馬場信房軍の援護を受けての蘆名家陸前国二本松城攻めに続きほとんどモグラ叩きの要領で最後に伊達家陸中国寺池城を攻め、弩家の覇業に大きく貢献しましたw
次は、茶色の侵攻ライン真田幸隆君です。
上杉家上野国箕輪城・沼田城・平井城を攻め関東管領上杉家を言葉上の存在に成さしめましたw
宇都宮家下野国宇都宮城攻めは小早川隆景軍のサポートの元に決行されました。
蘆名家陸前国須賀川城攻めに続く伊達家陸中国岩出山城攻めは内藤昌豊軍と共同で行われました。
伝説の軍師山本勘助君は青の侵攻ラインです。引き続き長尾家越後佐渡国佐渡国津砦・琵琶島城・坂戸城・新発田城攻めに至って長尾家を単なる歴史上の存在たらしめましたw
蘆名家陸前国黒川城、安藤家北出羽国秋田城攻めでは長宗我部元親軍の支援を受けています。
続いて同じく安藤家北出羽国大館城攻め安藤家を滅ぼしました。
更に北上を続け南部家陸奥国石川城攻め、最後に日の本の北の果て柿崎家蝦夷国松前城を攻め同家を滅しました。
不遇の名将長宗我部元親君は黄色の侵攻ラインです。
九州日向国伊東家征伐を終えた長宗我部元親君は居城を北出羽国秋田城に移し最上家に攻略された北出羽国横手城を攻め落城させました。
武田家の懐刀内藤昌豊君の侵攻ラインはグリーンです。
天下布武にギリギリ部隊の編成が間に合って伊達家陸奥国不来方城攻めに功がありました。
同じく武田家重鎮馬場信房君の侵攻ラインはベージュです。
信房君もギリで部隊編成を間に合わせ居城を陸前二本松城に移し最上家南出羽国山形城・鯖江城、両城攻めに功を挙げました。
そして、怒涛のエンディングへ、なおネタバレ防止の為にキーショットの数々はあえてキャプチャーに撮りませんでした。
貴方が日ノ本の国を統一した時のお楽しみです。
何故、安土城!?
次回も見てくださいね。
『貴方に素晴らしい出会いが待っていますように~♪』