マンション管理のお勉強日記+スピリチュアルなブログ:飯田史彦教授 江原啓之氏 坂本政道氏等の精神世界の書籍を読んで

先立った最愛の彼女といつか必ず逢いたい…彼女が枕元に置いて逝った江原啓之氏の書籍…Spiritualな世界の存在を信じて

福島大学 飯田史彦教授 -ブレイクスルー思考-を読んで

2006年11月12日 14時13分18秒 | ★書籍で探訪|福島大学  飯田史彦教授
飯田史彦教授の「ブレイクスルー思考 人生変革のための現状突破法」PHP
は、読んで「知る」というより、「考える」書籍です。


どのような思考で人生を生きていけばよいのでしょうか。


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一例として・・・
結婚したばかりの夫が、過労死で亡くなりました。
新婚旅行へ行く暇もなく、結婚式の翌日に休んだだけで、次の週から
3週間、日曜日以外は毎日、帰宅は午前になりました。
・・・中略・・・
会社のトイレの個室で座り込み、息絶えているのが発見されました。
脳に出血があったそうです。

私は、これから、なにを理由に生きていけばいいのでいいのでしょうか。
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<マイナス思考>
私たちは、本当に不幸な夫婦だ。もっと体に気をつけるようにいえばよかった。
私のせいで、取り返しのつかないことになってしまった。
会社のせいでもある。
など・・・


<プラス思考>
失った夫は、もう帰ってこない。私は運の悪い人間だ。しかし、このままふさぎ
こんでいても、しかたがない。
なにか明るい前向きなことに目を向けなければ。なにか夫の死を忘れさせてくれ
るような、前向きになれるようなことがないだろうか。
仕事に打ち込むとか、しばらく傷ついた心を癒す旅に出るのも、いいかもしれな
い・・・



そして、飯田史彦教授が我々に伝えたい「思考」は、

<ブレイクスルー思考>
「夫は先立ったが、また必ず会えるし、いまでも私と一緒に生きている。」
「これまでもそうだったように、今後の人生でも、また一緒に生まれ変わって
夫婦になることができる。」
「それでは、夫は、なぜ今回の人生では、結婚したばかりの私を残して先立った
のだろうか。」
「そこには、よほど大きな意味があるはずだ。」
「それは、過労死や、死による離別について考えるきっかけを与えてくれたの
ではないだろうか?」
「そうだ、仕事と家庭について考えたり、過労死を防ぐための活動をはじめる
のもいいかもしれない。」
「それに、同じように、若くして妻や夫に先立たれた人々を、癒し、救うための
活動をはじめよう。」
「夫に先立たれて私が学んだことを、今後の人生で大いに生かしていこう。」
「人生では、自分に解けない問題は用意していない。」
「こんな試練を自分たちに計画したなんて、私たち夫婦は、これほどの難問に
挑戦するに値する、素晴らしいチャレンジャーなのだ。」


何度聞いても「また必ず会える」「今でも一緒」と言われる言葉を聞きますと、
ホント、明日への望みが出てきます。

飯田史彦教授は、いわゆる「霊媒体質」で、亡くなったたましいとの対話がで
きる方です。
それに、最近は先生ご自身も死に掛けて、体外離脱いわゆる「臨死体験」もさ
れました。
はじめてこのような話を聞いた方は「大学の先生でありながら、怪しげな思想
の持ち主なのか?!」「気が変なのではないか」ともお思いになるでしょう
けど、これは全て「真実」なんです。
「このブログの管理人も、悲しみから変なオカルトに引っかかっている」とも
お思いになる方もいるでしょうけど、

飯田史彦教授の「生きがいの創造Ⅱ」→「新版 生きがいの創造」→「ツイン
ソウル」をお読みになられると、

「えっ?!そんなことあるの」から始まって「人間の本質とは」「生きるとは
何か」まで、そして、飯田史彦教授は何をおっしゃりたいかが、わかってくる
と思います。是非ともご一読ください。



・・・話を元に戻しまして・・・


飯田史彦教授は、
「私たちは、本当は、『死ぬ』ことなどありません。そのため、私はなるべく
『死ぬ』ではなく、『先立つ』『他界』という表現を使います。」
とおっしゃっています。

「これらの表現の方が、ずっと正確ないい方だからです。」とも。


飯田史彦教授は、
「私たちは寿命を延ばすために、いや、『見せかけの寿命』を延ばすために、
あらゆるテクノロジーを駆使してきた。しかし、その一方で、死という問題から、
あきれるほど長い間、目をそむけてきたものだ。」
「死に直面することは、すなわち『人生の意義』という究極の問題に、真っ向か
ら立ち向かうことだからである。」と述べています。



飯田史彦教授は、
「万物は存在し続け、死ぬことはない。ただ、ほんのしばらくのあいだ視界から
消え、またもどってくるだけのことなのだ。死ぬ者など、いないのである。」
ともおっしゃっておられます。

このような思考に芽生えたい方は、是非とも飯田史彦 著「ブレイクスルー思考」
をご一読ください。


さすがは、飯田史彦先生です。色々な角度から「読める」「考えさせる」書籍を
色々と出版されており、飽きがきません。


-不幸なのか「不幸」とは何か-
私は、なぜか「不幸」とは思っていません。それは、スピリチュアルな視点を
知らなかったときからそうなんです。

しかし・・・
悲しい、無茶苦茶悲しいです。
今まで寄り添って生きてきた彼女が、もうこの世にはいないと思った瞬間、
本当寂しいです。
早く亡き彼女と会いたいと毎日思いました。(今でもそうです)


しかし、なぜか周りから「大変な不幸だったね」と言われても、不幸という言葉
にはピンときませんでした。

たぶん、誰かに殺されたなんていう悲劇であったならば、不幸だと感じていた
ことと思います。相手を殺しに行っているかも知れません。

しかし、何で?と思うような突然の単身事故・・・
ですから・・・
彼女と過ごした部屋に一人で戻ってからも、しばらくの間、
私の心の中には「ヘルメットも被り、あご紐もしてて、なんで死んじゃったの。」
「いったい何があったというのか。」
「知りたい。本当のことを知りたい。」
「優しかった彼女は、本当に『無』になってしまったのか。」
「悪いことをいっぱいしている者がのうのうと生きてて、そんなの理不尽じゃないか。」
「本当に、彼女はどこへ逝ったのだろうか。」
そう想う思いがありました。

そして、「スピリチュアル」に出会ったのです。
何度かブログ内で申し上げましたが、たった一冊、彼女のベッドの枕元に置かれ
ていた、江原啓之氏の「幸運を引きよせるスピリチュアルブック」が、きっかけ
でした。彼女の所持していた本棚にある書籍には、他に一冊もスピリチュアルに
関する書籍は一切ありませんでした。
それなのに、枕元にあった1冊の、たった1冊だけ置かれていた書籍が、
スピリチュアルだったのです。

この本を手に取ったあなたは、偶然手にしたのではない。
この本に出会うことになっていたのです、という一文が目に飛び込んできた、
そのときから、私は変わったように思います。

そして、飯田史彦教授の書籍との出会いは、私が最愛の彼女と
出会う、さらに以前から必然的に、手にすることとなっていたのです。

本当に不思議です。。。
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