50代母、30代娘の卵子で「孫」を代理出産…国内初
子宮を摘出して子どもを産めなくなった30歳代の女性に代わり、この女性の卵子
を使って女性の50歳代の母親が妊娠、出産していたことを、実施した諏訪マタニ
ティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘(やひろ)院長が14日、明らか
にした。
祖母が孫を産む形の代理出産で、米英での実施例はあるが、国内では初めて。家族
関係が極めて複雑になるだけに、代理出産を巡る議論が再燃するのは必至だ。
根津院長によると、今回、代理出産に踏み切ったのは、ともに30歳代の夫婦で、
妻は結婚後、子宮の摘出手術を受けていた。女性の実母の申し出を受けて2004
年、夫の精子と妻の卵子を体外受精させ、受精卵を実母の子宮に移植した。実母が
昨春、出産した。母子ともに健康だという。子どもの性別は明らかにされていな
い。子どもは戸籍上、妻の実母の実子として届け出た後、夫婦の子として養子縁組
した。(読売新聞) - 10月15日10時8分更新
向井さん代理出産 東京・品川区長が抗告
タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が
米国女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届を受理するよう
命じた東京高裁決定(9月29日)に対し、東京都品川区長は10日、決定を不服
として高裁に許可抗告の手続きを取った。高裁が抗告を許可すれば、最高裁で審理
される。
国は「出産した女性を母親とする」との法解釈に基づき、代理出産で生まれた子の
出生届を受理しない立場を取り、区に抗告するよう求めていた。会見した向井さん
夫妻は「子供の福祉を優先して、子供が幸せになれる判断を最高裁に望みたい」と
訴えた。
許可抗告は、通常は不服申し立てが出来ない高裁決定について最高裁での審理を求
める例外的な手続き。判例違反や法令解釈上の重要な問題を含むと高裁が認めれ
ば、抗告許可の決定を出す。
双子の男児は体外受精により米国人の代理母が03年11月に出産。出生届を受理
されなかった向井さん夫妻は家事審判を申し立て、東京家裁は昨年11月に却下し
たが、夫妻側の抗告を受けた高裁は「夫妻に養育されることが最も双子の福祉にか
なう」などと判断した。(毎日新聞) - 10月11日9時57分更新
・・・
大変難しい問題ですよね。
<スピリチュアルな視点で考えた場合・・・>
代理出産をした向井さん自身の人生の中での「子を持つ・持てない」ことについて
は、代理出産を依頼しすでにお子さんがいるので「運命=変えられるもの」であり
「宿命=変えられないもの」ではなかったということですので、現実を見ると、
向井さんは、子供を授かること自体は「このようなかたち(代理出産)で、子供
を持つという運命にあった。」と言えるかと思います。
同様に、国内初の代理出産の方もそう言えます。
しかし・・・
私がはじめに代理出産で考えたことは、「この親のところへ生まれよう」
と生前に計画して生まれてくる魂は、生まれた途端、親が変わるという事実を
どう受け入れるのだろうか?それ(産みの親が変わる)も、生まれてくる計画に
しっかり組み込まれているのだろうか?
という疑問でした。
しかし、その疑問はすぐに解決しました。
それは、孤児を養子にされて育て、充実した人生を送っている方が世の中には
大勢いるわけですから、「血の繋がり」よりも「ソウルメイト」としての繋がり
が本来の魂同士の繋がりであるというスピリチュアルな視点から見ると、
「これも必然的な出会いである」ことと全く変わりが無いので、生まれてくる
魂は「そのような普通に生まれてくるよりも厳しい人生計画を立てていた。」
と言えると思います。
(私は「家族」はソウルメイトの中でも、特に深い繋がりのソウルメイトだと
考えています。家族が友人より縁が薄いなどあり得ないです。それは、無条件
の愛情の高低が全く違うからです。)
だから、生まれて来る魂の予定を、人間に宿っている魂に勝手に変えられてしま
った、ということはないと思いました。
また、代理出産もまたその生まれて来る子供(子供の魂)に関わる人の人生の
プランであったと思えますので、スピリチュアルな視点から見れば、「代理出産
で子供を授かる=おめでとう!よかったね。」という激励をすべきでしょう。
<法解釈から見た代理出産>
私は「法律は厳守すべし」と考えます。
たとえ人間が作った法律だと言っても、せめて最低限の規範として尊重しないと
「無法地帯の国家」になってしまうからです。
子供をどのように産むのも勝手、そうしましたら殺すのも勝手でしょうか。
「私に合わない法律は守らない」というのなら、では「ルールを守っている皆に
対してどのように考えるのか」という考えを示さなければ、皆納得がいかないこ
とと思います。
医療の発展で今は技術的に可能な行為(代理出産)でしょうけど、では欲しくても
子供を持てなかった時代の親御さんや低所得でそのようなことが出来ない夫婦の
方々には「お気の毒様」ということでしょうか。
「自分にとって良い(都合のいい)ところだけ聞きます。」では、まさに自己中心
的な考えになってしまいます。
この日本の法律と米国や諸外国の法律とは異なるところも多いでしょう。
死刑制度や終身刑の制度などもそうですし。
子供を欲しいが産めない、日本の法律はなぜアメリカのように寛大ではないのか、
と思うでしょうけど、「国、性別、親」だけはスピリチュアルな視点で言えば
「宿命」です。変えられないものです。
その中で、できる限りの方法を用いて「代理出産」という選択を行った結果、
「子を授かった」のでしょうけど、皆が守ろうとしている決めたルールを逸脱す
るのは、車も人も通らない場所だからと「自分の中では悪くない」と判断して
路上駐車をし、その結果、違反切符を切られたときに警官に色々と言い訳する人
間と同じ行動で、「すべては自分(家族の幸せ)のためなら何やってもよい。」
と言っている自身の言動をしっかりと見つめ、肝に銘じてもらわないといけませ
ん。
(路上駐車の場合、その車が邪魔となり人が怪我をするかもしれない。路上駐車
と代理出産を一緒にするな、と思われた方は、考えてみてください。その子供が
将来どんなに素晴らしい教育と愛を注ぎ、育てたとしても、犯罪を犯し他人が怪
我をするかもしれない。絶対にないといえるでしょうか。このように考えるとど
ちらも「法律違反」「リスクはある」と言えるでしょう。)
現行の国法から言えば、生命倫理に対しての線引きは「出産した女性を母親とす
る。」としたのです。日本国では。
個人云々の諸事情は小儀、皆が守るべき決まりを遵守させるのは大儀。
小儀は、小儀ではなく大儀であることを認めさせるためには国を動かすしかない
です。
だから、向井さん夫婦は闘っているのでしょう。
しかし、忘れてはいけません。
産んだ時点そして今は、日本では認められていないということを。
国に法律を変えさせてから、産んだのではなく、
産んでから闘っているということを。
「法律は簡単には変えられない。」
「母体のこと(子供を産める時期)もある。」
そのことを承知していたと思います。
だから、強行突破のように「子供を持ってから闘う。」という選択は、
申し訳ないが向井さんの中で試行錯誤した一番手っ取り早い効率の良いやり
方であり、自我の欲求であり、当然多くの方や国家からも反発があるのは必死
です。
(国内初の代理出産の方もそう)
人々の中には・・・
人の幸せを妬むという気持ちもあるでしょう。
しかし、それだけでなく「カネがあれば何をしてもいいのか」という倫理の問題
もあるのです。
そして、
法律お構いなし。
自分欲する行動を「良」とする。
皆の為と大儀を掲げたことが果たしてそうなのか。まず考えたのは自己のためでは
なかったか。
それらの試練を、子を持つことで背負う「運命」を選んだわけです。
子を授かったことには、皆から喜ばれるべきことであり、法というルールを守ら
なかったという自我の欲求によって行動したことは、皆に謝るべきことでしょう。
そして、その後は法的には国家が判断し、子育て方法はしっかりと向井さん夫婦
が愛情一杯に育ててあげればよいことだと、私は思いました。
子宮を摘出して子どもを産めなくなった30歳代の女性に代わり、この女性の卵子
を使って女性の50歳代の母親が妊娠、出産していたことを、実施した諏訪マタニ
ティークリニック(長野県下諏訪町)の根津八紘(やひろ)院長が14日、明らか
にした。
祖母が孫を産む形の代理出産で、米英での実施例はあるが、国内では初めて。家族
関係が極めて複雑になるだけに、代理出産を巡る議論が再燃するのは必至だ。
根津院長によると、今回、代理出産に踏み切ったのは、ともに30歳代の夫婦で、
妻は結婚後、子宮の摘出手術を受けていた。女性の実母の申し出を受けて2004
年、夫の精子と妻の卵子を体外受精させ、受精卵を実母の子宮に移植した。実母が
昨春、出産した。母子ともに健康だという。子どもの性別は明らかにされていな
い。子どもは戸籍上、妻の実母の実子として届け出た後、夫婦の子として養子縁組
した。(読売新聞) - 10月15日10時8分更新
向井さん代理出産 東京・品川区長が抗告
タレントの向井亜紀さん(41)と元プロレスラーの高田延彦さん(44)夫妻が
米国女性に代理出産を依頼して生まれた双子の男児(2)の出生届を受理するよう
命じた東京高裁決定(9月29日)に対し、東京都品川区長は10日、決定を不服
として高裁に許可抗告の手続きを取った。高裁が抗告を許可すれば、最高裁で審理
される。
国は「出産した女性を母親とする」との法解釈に基づき、代理出産で生まれた子の
出生届を受理しない立場を取り、区に抗告するよう求めていた。会見した向井さん
夫妻は「子供の福祉を優先して、子供が幸せになれる判断を最高裁に望みたい」と
訴えた。
許可抗告は、通常は不服申し立てが出来ない高裁決定について最高裁での審理を求
める例外的な手続き。判例違反や法令解釈上の重要な問題を含むと高裁が認めれ
ば、抗告許可の決定を出す。
双子の男児は体外受精により米国人の代理母が03年11月に出産。出生届を受理
されなかった向井さん夫妻は家事審判を申し立て、東京家裁は昨年11月に却下し
たが、夫妻側の抗告を受けた高裁は「夫妻に養育されることが最も双子の福祉にか
なう」などと判断した。(毎日新聞) - 10月11日9時57分更新
・・・
大変難しい問題ですよね。
<スピリチュアルな視点で考えた場合・・・>
代理出産をした向井さん自身の人生の中での「子を持つ・持てない」ことについて
は、代理出産を依頼しすでにお子さんがいるので「運命=変えられるもの」であり
「宿命=変えられないもの」ではなかったということですので、現実を見ると、
向井さんは、子供を授かること自体は「このようなかたち(代理出産)で、子供
を持つという運命にあった。」と言えるかと思います。
同様に、国内初の代理出産の方もそう言えます。
しかし・・・
私がはじめに代理出産で考えたことは、「この親のところへ生まれよう」
と生前に計画して生まれてくる魂は、生まれた途端、親が変わるという事実を
どう受け入れるのだろうか?それ(産みの親が変わる)も、生まれてくる計画に
しっかり組み込まれているのだろうか?
という疑問でした。
しかし、その疑問はすぐに解決しました。
それは、孤児を養子にされて育て、充実した人生を送っている方が世の中には
大勢いるわけですから、「血の繋がり」よりも「ソウルメイト」としての繋がり
が本来の魂同士の繋がりであるというスピリチュアルな視点から見ると、
「これも必然的な出会いである」ことと全く変わりが無いので、生まれてくる
魂は「そのような普通に生まれてくるよりも厳しい人生計画を立てていた。」
と言えると思います。
(私は「家族」はソウルメイトの中でも、特に深い繋がりのソウルメイトだと
考えています。家族が友人より縁が薄いなどあり得ないです。それは、無条件
の愛情の高低が全く違うからです。)
だから、生まれて来る魂の予定を、人間に宿っている魂に勝手に変えられてしま
った、ということはないと思いました。
また、代理出産もまたその生まれて来る子供(子供の魂)に関わる人の人生の
プランであったと思えますので、スピリチュアルな視点から見れば、「代理出産
で子供を授かる=おめでとう!よかったね。」という激励をすべきでしょう。
<法解釈から見た代理出産>
私は「法律は厳守すべし」と考えます。
たとえ人間が作った法律だと言っても、せめて最低限の規範として尊重しないと
「無法地帯の国家」になってしまうからです。
子供をどのように産むのも勝手、そうしましたら殺すのも勝手でしょうか。
「私に合わない法律は守らない」というのなら、では「ルールを守っている皆に
対してどのように考えるのか」という考えを示さなければ、皆納得がいかないこ
とと思います。
医療の発展で今は技術的に可能な行為(代理出産)でしょうけど、では欲しくても
子供を持てなかった時代の親御さんや低所得でそのようなことが出来ない夫婦の
方々には「お気の毒様」ということでしょうか。
「自分にとって良い(都合のいい)ところだけ聞きます。」では、まさに自己中心
的な考えになってしまいます。
この日本の法律と米国や諸外国の法律とは異なるところも多いでしょう。
死刑制度や終身刑の制度などもそうですし。
子供を欲しいが産めない、日本の法律はなぜアメリカのように寛大ではないのか、
と思うでしょうけど、「国、性別、親」だけはスピリチュアルな視点で言えば
「宿命」です。変えられないものです。
その中で、できる限りの方法を用いて「代理出産」という選択を行った結果、
「子を授かった」のでしょうけど、皆が守ろうとしている決めたルールを逸脱す
るのは、車も人も通らない場所だからと「自分の中では悪くない」と判断して
路上駐車をし、その結果、違反切符を切られたときに警官に色々と言い訳する人
間と同じ行動で、「すべては自分(家族の幸せ)のためなら何やってもよい。」
と言っている自身の言動をしっかりと見つめ、肝に銘じてもらわないといけませ
ん。
(路上駐車の場合、その車が邪魔となり人が怪我をするかもしれない。路上駐車
と代理出産を一緒にするな、と思われた方は、考えてみてください。その子供が
将来どんなに素晴らしい教育と愛を注ぎ、育てたとしても、犯罪を犯し他人が怪
我をするかもしれない。絶対にないといえるでしょうか。このように考えるとど
ちらも「法律違反」「リスクはある」と言えるでしょう。)
現行の国法から言えば、生命倫理に対しての線引きは「出産した女性を母親とす
る。」としたのです。日本国では。
個人云々の諸事情は小儀、皆が守るべき決まりを遵守させるのは大儀。
小儀は、小儀ではなく大儀であることを認めさせるためには国を動かすしかない
です。
だから、向井さん夫婦は闘っているのでしょう。
しかし、忘れてはいけません。
産んだ時点そして今は、日本では認められていないということを。
国に法律を変えさせてから、産んだのではなく、
産んでから闘っているということを。
「法律は簡単には変えられない。」
「母体のこと(子供を産める時期)もある。」
そのことを承知していたと思います。
だから、強行突破のように「子供を持ってから闘う。」という選択は、
申し訳ないが向井さんの中で試行錯誤した一番手っ取り早い効率の良いやり
方であり、自我の欲求であり、当然多くの方や国家からも反発があるのは必死
です。
(国内初の代理出産の方もそう)
人々の中には・・・
人の幸せを妬むという気持ちもあるでしょう。
しかし、それだけでなく「カネがあれば何をしてもいいのか」という倫理の問題
もあるのです。
そして、
法律お構いなし。
自分欲する行動を「良」とする。
皆の為と大儀を掲げたことが果たしてそうなのか。まず考えたのは自己のためでは
なかったか。
それらの試練を、子を持つことで背負う「運命」を選んだわけです。
子を授かったことには、皆から喜ばれるべきことであり、法というルールを守ら
なかったという自我の欲求によって行動したことは、皆に謝るべきことでしょう。
そして、その後は法的には国家が判断し、子育て方法はしっかりと向井さん夫婦
が愛情一杯に育ててあげればよいことだと、私は思いました。
「フランスで実弟の子を産んだ代理母の年齢は?」というのがクイズ。
正解は→ http://q-q.at.webry.info/200610/article_51.html
他にも1200問ほどのクイズがあります。退屈で死にそうな折りにどうぞ。
FLASH動画集も始めました。2編が掲載されています。
→ http://blog76.fc2.com/a/akunin/file/kakuryoPhoto.swf
→ http://blog76.fc2.com/a/akunin/file/kamedaKO.swf
※ご迷惑でしたら、お手数ですがコメント、TBの削除をお願いします
拝見させていただきました。面白いですね☆
「へ~っ、そうなんだ」と豆知識が増えるブログ
で、「ほうほう、なるほど」と、気づくと次々と
読んでいってました。
また、寄させていただきます☆
経験と街頭哲学のみで渡世の舵をとる零細企業事業
者さんという自己紹介を拝見しましたが、芸術家さ
んのように思いました☆