同じような話を聞いて、どれもこれも似たりよったりで聞き手は別段興味も湧かないから、とりあえず聞き流している場合。わたしは弁別してもらわないといけない。話し手それぞれに程度も内容も差がありながら、聞き手はエンドレスリフレインで聞いてるように内心うんざりしている。これはホントはチャンスだったんだ。差があるのに差が問題にされてないんだから。程度も高く内容も濃い、という人の話は朴訥でだろうが流暢であろうがどう話そうが、あくびをかみ殺している聞き手にもきちんと響いていくものだ。程度も内容もたいしたことない自分の話をどう話したら聞いてもらえるか。
慣れていないとはいえ、これがわたしには欠けている。
ことは了解した。
だかしかしでも、いったい、どうしたら良いのだろう・・?
それにしてもわたしの”志”とはこうも軽くあっさりとベルトコンベアーに乗せられたように流されてしまうものなのだ、
ということが改めて確認できた。
わたしを支えてるのは、これ、しかないんだけどな。
それが弱点だと知ってから1年、量でカバーしようとしてきて今、これから、
に立つ日。
慣れていないとはいえ、これがわたしには欠けている。
ことは了解した。
だかしかしでも、いったい、どうしたら良いのだろう・・?
それにしてもわたしの”志”とはこうも軽くあっさりとベルトコンベアーに乗せられたように流されてしまうものなのだ、
ということが改めて確認できた。
わたしを支えてるのは、これ、しかないんだけどな。
それが弱点だと知ってから1年、量でカバーしようとしてきて今、これから、
に立つ日。