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あいまいに只ほほ笑み

2005-12-04 15:06:35 | よむ
『田辺元・野上弥生子往復書簡』(岩波書店)を遅々としたペースながら読み進めている。野上夫人として弥生子を奥様と呼び続け、田辺元を学問的師と仰ぎ先生と呼び続けるふたりの手紙は、遠い国への距離感すら薄くなるようなメール慣れした現在からすると、一瞬、違和感を覚えるほどの敬語と定型文が交わされて行き、徒に距離を縮めることはない。この抑制された言葉と、元は元の、弥生子は弥生子の暮らしを守るふたりのきびしい距離感の中に、ほとばしるほどにお互いを思い遣る心があふれていることに、感銘を受ける。


さびしさは腸を喰ふ腹の虫 命吸ひとり絶やさんとする

死につつ生くるまことの道はわをも殺す 死なねば生くる道なかりけり

死は苦し生は楽しとわかちかぬる 不思議の境オルフェウスの道

君に依りて慰めらるるわが心 君去りまさばいかにせんとする

                     田辺 元


それでも先生の親愛と友情-こんな言葉を御許し下さいますならば、それを頼りに今後も正しい、まつすぐな、同時に自由でゆたかな人生の路を生きつづけたく存じます。どうぞお導き下さいませ。これまで世の人が私を幸福だとおっしゃる時、私はあいまいに只ほほ笑み、いかに孤独に淋しく生きたかを心におもふのでしたが、今はもし同じ言葉をきいたら、まつすぐに肯定したいと存じます。

                      野上弥生子