★『孤独問題が悪化しているのは、母子家庭への支援の削減、児童や若者が集う「ユースセンター」の閉鎖等の生活基盤コストカット問題』か
★「孤独は、1日にタバコを15本吸ったのと同等の害を健康に与えるという。雇用主には年間25億ポンド(約3700億円)、経済全体には320億ポンド(約4.7兆円)の損失を与えるとしている。」か
★生活基盤コストカット は320億ポンド(約4.7兆円)を上回るか>
★「孤独を防止できれば、5年間で360万ポンド(約5億3000万円)の医療費の節約が可能」か
★孤独防止費用は5年間で360万ポンド(約5億3000万円)を下回るか
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2018/05/16 05:20
在英ジャーナリストの小林恭子さん
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生涯未婚率の増加や高齢者の「孤独死」が報じられる一方で、書店には「孤独」を前向きにとらえた本が並ぶ日本。孤独は個人の心の問題ととらえられることが多いが、英国では内閣に孤独担当大臣のポストを新設し、政府が対策に乗り出した。ここまで踏み込んだ政策を打ち出す背景には何があるのか。在英ジャーナリストの小林恭子さんに寄稿してもらった。
■内閣に「孤独担当大臣」「孤独から抜け出すには、孤独であると感じている自分を責めないこと」
複数の慈善団体が参加する「孤独を終わらせるキャンペーン」のウェブサイトには、孤独を感じる人に向けた対処法が掲載されている。その最初のステップとして、上記の言葉が書かれている。英国では今、政府と民間が協力しながら、個人の「孤独」に対処しようという機運が生まれている。
話は今年1月にさかのぼる。メイ首相が内閣に「孤独担当大臣」を置くことを発表した。孤独という心の内面に関わる領域に政府が踏み込むのは前代未聞で、多くの海外メディアは驚愕きょうがくの念をもってこのニュースを報じた。英政府は、なぜ今、孤独解消を政策課題として取り上げることにしたのか。また、どのように取り組んでいるのだろうか。
■きっかけは殺害された議員の努力
孤独担当大臣の任命は、慈善団体「ジョー・コックス孤独問題対策委員会」が昨年末に行った提言が基になっている。
ジョー・コックスは、労働党の故ヘレン・ジョアンヌ・コックス(1974~2016年)下院議員の名前から来ている。ジョーはジョアンヌの略称だ。
コックス議員は、16年に行われた欧州連合(EU)からの離脱を巡る国民投票では残留派だった。投開票日まで残すところ1週間となった6月16日、「英国第一」を叫ぶ極右系男性に発砲された後に刺され、運び込まれた病院で亡くなった。
生前のコックス議員は、孤独問題の解消をライフワークとしていた
コックス議員は15年、イングランド地方北部ウェスト・ヨークシャ―州バトレー・スペン選挙区の議員として当選した。この選挙区には低所得者や年金生活者が多く住んでおり、孤立や孤独が大きな問題となっていた。それを知ったコックス議員は、自らの使命として孤独の解消に取り組むことを決めた。
コックス議員は保守党のシーマ・ケネディ議員と共に「孤独問題対策委員会」を設立したが、道半ばで命を落とすことになった。コックス議員の遺志を引き継ぐ形で組織化されたのが、彼女の名前を冠した孤独問題対策委員会である。
昨年12月、委員会は13の慈善組織と協力しながら、孤独がいかに個人の生活全体や社会のあらゆる面に影響を及ぼすかを調査し、報告書を発表した。
それによると、孤独はすべての年齢層、社会的背景を持った人に影響を及ぼす。友達を作れない子供、初めて子を持つ親、友人や家族に先立たれた高齢者といった人たちだ。孤独状態が慢性化すると、健康に害を及ぼし、人とのコミュニケーションができなくなるところまで追い込まれる。孤独は、1日にタバコを15本吸ったのと同等の害を健康に与えるという。雇用主には年間25億ポンド(約3700億円)、経済全体には320億ポンド(約4.7兆円)の損失を与えるとしている。
■政治環境も後押し
孤独問題対策委員会の報告書発表から担当大臣の設置までに要した期間は約1か月。あっという間に実現した背景には、政治環境が熟していたという要因があった。
メイ首相は2016年7月の首相就任当時から、社会的に恵まれない人々を助けたいと述べており、17年1月には精神疾患に悩む人々を支援する施策を発表していた。
実を言えば首相にとって、孤独問題の解消は有権者、特に孤独に悩む高齢者層の支持を増やすために、手をつけやすい政策の一つだった。昨年6月の総選挙では、介護費用の負担設定を変更しようとして高齢者から総スカンを食らったばかり。失地回復の狙いもあった。「コックス議員の遺志を継ぐ」とすれば、他の議員からの支持も得やすい。
英国で65歳以上の人口は、16年の時点で約18%に上る(国家統計局調べ)。日本は27.3%(人口推計による)だ。30年後の46年、英国ではこの割合が24.7%に上昇すると推定される。今後、急速に進む高齢化に英政府が危機感を持っていることも、孤独対策を後押しする理由となった。
■孤独は高齢者だけの問題ではない
人口約6600万人の英国では、実際どれぐらいの人が孤独に悩んでいるのだろうか。
これまで孤独と言えば高齢者というイメージがあったが、実はそれだけではない。離婚、家族の死、経済状態の急変など、誰にでも起こりうる出来事が人を孤独に陥れる。
孤独問題対策委員会の調査では、約900万人の成人が孤独に苦しんでいると推定されている。しかし、その3分の2は、孤独と感じていることを公にしたことはないという。問題が表に出てこないことが問題なのだ。
子を持つ親の24%が常に孤独を感じ、10代の子供たちの62%が「時々、孤独を感じる」。家族の介護をしている人は、10人のうち8人が「孤立していると感じる」という。このほか、ロンドンに住む難民の58%、75歳以上の3人に1人、身体障がい者の半分が孤独感情を持つという。65歳以上の360万人が、「テレビが唯一の友人」と答えている。
近年、孤独と感じる人が増えているのかどうかについては、その判断が主観的になる面もあって、専門家によって見方が異なる。
しかし、50年ほど前は成人した子供は高齢になった親の近くに住む傾向があったが、交通機関の発達や都市圏での雇用の集中によって遠く離れた場所で生活するようになり、核家族化が進んでいる。高等教育の機会増大で、一人暮らしの若者が増えると同時に、IT化の進展で職場でも私生活でも直接、面と向かって話すよりも、ネットを使ったコミュニケーションに依存する傾向が高まっている。
英国では、こうした現代社会の構造が生み出す孤独が、肥満に次ぐ健康への最大規模のリスクとして受け止められるようになってきた。
昨年9月、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスが発表した調査によると、慢性的に孤独状態にある人は心身の健康状態が悪化し、医療機関や福祉サービスの利用が増加するという。孤独は死期を早め、認知症の発症リスクも高める。
もし孤独を防止できれば、5年間で360万ポンド(約5億3000万円)の医療費の節約が可能になるとされる。
英国では孤独は心の問題のみならず、このように医療問題、経済問題としてとらえられているのだ。
■社会福祉削減に厳しい批判も
孤独担当大臣に就任したのは、デジタル・文化・メディア・スポーツ省(日本の文部科学省にあたる)の政務次官トレイシー・クラウチ氏だ。
担当大臣はできたが「省」はできておらず、全省庁が協力して仕事を進める。
その職務は年内に孤独解消のために全省庁で取り組むための戦略を策定することで、現在、これに向けた調査や話し合いが続いているところだ。秋までにはその骨格が公表される見通しだ。
担当相は、国家統計局と協力しながら孤独を測る指標を統一化し、どの支援がどれほど役に立ったのかを調査する。また、専用基金によって慈善組織などに財政支援する。
こうした中、オックスフォード大学教授で公共政策が専門のナオミ・アイゼンシュタット氏は、メイ政権の孤独問題対策に厳しい目を向けている。
孤独問題が悪化しているのは、2010年以降の保守党政権下で社会福祉のサービスが削減されたからではないか、との指摘(米タイム誌、4月25日号)だ。母子家庭への支援の削減、児童や若者が集う「ユースセンター」の閉鎖が「大きな影響を与えている」と述べた上で、生活基盤の不十分さという問題を解決せずに「孤独問題を解決できると思っているのだろうか」と、批判している。
厳しい財政状況の下で「無駄」を見直した結果、孤独に悩む人のよりどころを奪ってしまった面があることは否定できない。
■対処法は
孤独担当大臣の取り組みが動き出すのは少々先になりそうだ。
では、今、目の前にある孤独を解消するにはどうしたらいいのだろうか。冒頭で紹介した「孤独を終わらせるキャンペーン」は、孤独を感じる人に向けた対処法を掲載しているが、
Ⅰ.最初のステップは自分が孤独であることを認識することから始まるという。
①その後で、「自分が何を望んでいるのかを考えてみる」(例えば、友人あるいは家族に来てもらいたいのか)、
②「自分の面倒を見る」(体に良い食べ物を食べる、簡単な運動をする、何かの活動に従事する)、
③「地域社会や近隣で何が起きているかを知る」、
④「地域の福祉サービスの担当者に相談してみる」、
⑤「持っているスキルを他の人と共有する」など、具体的な行動のヒントを列挙している。
Ⅱ.地域社会が主導する取り組みとしては、①年金生活者と住む場所を失った若者たちが共同生活をする「シェアード・ライブズ」、②退職者や失業した男性たちが木工細工や電気製品の修理などの作業を共にする「メンズ・シェド」、③難民たちが近所に住む住民らと交流をする「ホスト・ネーション」などのサービスが知られている。
こうしたサービスを通じて、孤独を感じている人を社会に取り込み、居場所を提供しようとしている。
BBCのニュースサイト(1月17日付)によると、
(ア)孤独な高齢者に対しては、①「話しかける」②「代わりに買い物に行く、郵便物を出すなどの実用的な支援を行う」③「慈善組織のボランティアになる」④「総菜を分け合う」などを奨励している。
また、(イ)孤独な若年層に対しては、①「こちらから会う機会を作る」②「孤独について話せる場所がないかどうかを地元で探すのを手伝う」③「聞き役に回り、先入観を持たない。忙しそうに見える人が孤独感を味わっていることもあることを意識して接する」といった対応を勧めている。
一つ一つは小さなことだが、相手に合わせたきめ細かい英国の実践例は、日本でもヒントになるのではないだろうか。
https://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/20180514-OYT8T50092/3/