アメリカ主導の対中軍事同盟がさらす醜態に笑いが止まらない中国
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北村 淳のプロフィール
軍事社会学者。
東京生まれ。
東京学芸大学教育学部卒業。
警視庁公安部勤務後、平成元年に北米に渡る。
ハワイ大学ならびにブリティッシュ・コロンビア大学で助手・講師等を務め、戦争発生メカニズムの研究によってブリティッシュ・コロンビア大学でPh.D.(政治社会学博士)取得。
専攻は軍事社会学・海軍戦略論・国家論。米シンクタンクで海軍アドバイザーなどを務める。
現在安全保障戦略コンサルタントとしてシアトル在住。
日本語著書に『アメリカ海兵隊のドクトリン』(芙蓉書房)、『米軍の見た自衛隊の実力』(宝島社)、『写真で見るトモダチ作戦』(並木書房)、『海兵隊とオスプレイ』(並木書房)、『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』(講談社)『トランプと自衛隊の対中軍事戦略』(講談社)『シミュレーション日本降伏:中国から南西諸島を守る「島嶼防衛の鉄則」』(PHP研究所)、『米軍幹部が学ぶ最強の地政学』(宝島社)など
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アメリカが中国海洋戦力に対する劣勢を挽回すべくイギリスとオーストラリアを引き込んで対中軍事同盟「AUKUS」を結成して1年経過した。
AUKUSの目玉は、なんといってもアメリカとイギリスが協力してオーストラリアに攻撃型原子力潜水艦(以下「攻撃原潜」)を供給するという取り決めである。
そもそもAUKUSが結成されるはるか以前より、中国海洋戦力が南沙諸島を制圧しつつある状況に脅威を感じ始めたオーストラリアは、極めて弱体な海軍力を強化するために新型の非原子力推進潜水艦(以下「潜水艦」)を12隻手に入れることを決定した。
しかし、自国に潜水艦建造技術がないため、海外から技術を導入し海外メーカーの協力を得ながらオーストラリア国内で建造する計画が打ち出された。
「世紀の武器取引」といわれた12隻の潜水艦開発建造には、フランス、ドイツ、そして若干遅れて日本も名乗りを上げた。
日本国内では安倍首相が自ら動いたことも相まって日本優勢などという手前勝手な期待が持たれたが、2016年4月、かねてよりオーストラリア海軍や政界に食い込んでいたフランスの提案が採用された(本コラム2016年3月3日、4月14日、5月5日参照)
〇奪い取られた「世紀の武器取引」
しかし、実際にフランスとオーストラリアによる共同開発計画がスタートすると、建造予定価格は見積もりの数倍に跳ね上がり、納入推定期限も数年以上先送りになってしまった。
そのため、オーストラリア国内やアメリカ海軍関係者などの中からは「日本製潜水艦を採用するべきであった」との声が上がった。
実は海上自衛隊の潜水艦を知るアメリカ海軍の潜水艦関係者たちは、性能、価格、そして日米海軍の協力関係などの諸点によって日本製を推していたのだった。
とはいっても国家間の契約を締結し、フランス政府も強力にバックアップしている潜水艦建造計画を蔑ろにできないオーストラリア政府は、窮地に追い込まれてしまった。
ちょうどその折、中国海洋戦力に追いつかれ、一部能力では追い越されてしまったアメリカは、自らが主導する対中包囲網に同盟国や友好国の戦力を強化させて結集して、海洋戦力復活までの時間稼ぎを画策し始めた。
その一環として、アメリカはイギリスとともにオーストラリアの苦境を救い、確固たる軍事同盟を結成してしまうという挙に出た。
すなわち、フランスとの契約を米英両国がバックアップして反故にしてしまい、12隻のフランスの新型潜水艦の代わりに米英の攻撃原潜(6~8隻)をオーストラリアに供給しようというのである。
つまりは、アメリカとイギリスで「世紀の武器取引」をフランスから奪い取ってしまったのだ。
〇 「日本の潜水艦を採用すべきであった」
攻撃原潜を供給するための計画検討期間は18カ月とされたため、いまだに明確な供給案が打ち出されたわけではない。
しかし、AUKUS結成1年を期にして浮上してきた進捗状況によると、推定価格が超高額になるとともに、オーストラリアが手にするまでに要する期間も少なくとも10年以上は必要になるのではないかと見られ、フランス潜水艦計画と大差ないものとなっているようである。
そのため、再びオーストラリア国内からも、かつて日本製潜水艦を押していた米海軍関係者たちからも、次のような後悔と批判の声が再浮上している。
「今更言っても始まらないが、やはりオーストラリアは日本の潜水艦を採用すべきであった。日本のメーカーならばフランスやアメリカやイギリスのように臆面もなく提示した価格の数倍をふっかけてくることなどありえず、自腹を切ってでも提示価格で建造するであろう。
「今更言っても始まらないが、やはりオーストラリアは日本の潜水艦を採用すべきであった。
日本のメーカーならばフランスやアメリカやイギリスのように臆面もなく提示した価格の数倍をふっかけてくることなどありえず、自腹を切ってでも提示価格で建造するであろう。
しかしアメリカが自国の攻撃原潜と戦略原潜の調達スピードに苦悩している現状では、とてもオーストラリア向けを優先させることなどできない。
オーストラリアが攻撃原潜一番艦を手にするのはいつになるのかわからない」 実際に、オーストラリア海軍はAUKUSの攻撃原潜が手に入るまで10年以上にわたって現有の旧式潜水艦を使い続けなければならない。近代化改修を加えることになってはいるが、いくら手を入れても旧式は旧式である。
ということは、弱体海軍から脱却できない状態が続くことを意味する。
そのため、アメリカ海軍の攻撃原潜の数隻をオーストラリアが借り受けて、米海軍とオーストラリア海軍が共同運用する(もちろんオーストラリアに建造する原潜施設や運用費用はオーストラリアが支払う)といった案まで囁かれている始末だ。
しかしこの案では、AUKUS軍事同盟全体としての潜水艦戦力の増強にはならず、ただアメリカが攻撃原潜の中国に対する前進拠点を、自腹をまったく切らずに確保できるだけ、という効果しかない。
〇オーストラリア同様の醜態をさらしかねない日本
このように、アメリカ政府が鳴り物入りで結成したAUKUSであるが、その眼目であるオーストラリアの潜水艦戦力増強、すなわち海軍力の増強は、今後10年近くは実現しそうにはない。
結局この件では、イギリスとともにフランスを蹴落としたアメリカが漁夫の利を得ることになるだけのようである。
弱体な海軍力しか保有していないオーストラリア(下表参照)
<下記URL
参照
>
は、自国の国防をアメリカとの同盟に大きく期待しているがゆえに、「世紀の武器取引」と呼ばれたくらい巨額にのぼる国防予算をアメリカに振り回され、無様な国防姿勢を国際社会にさらした結果となった。
日本政府はオーストラリア政府以上にアメリカに頼り切っているため、国防費もアメリカの意向に忖度して、財源も欠いた状態でGDP費2%に引き上げようと息巻いている(実際には、日本国民にはあまり知れわたっていないものの制度化されている米軍占領統治継続維持のための日米合同委員会などを通してのガイアツの結果と思われる。
もちろん秘密裏の交渉のため確証は得られない)。
このままでは日本もオーストラリア同様の醜態をさらしかねない。