:::::
:::::
〇日本の安全保障に禍根残し
昭和51(1976)年、三木武夫内閣は、初めての防衛大綱を閣議決定した。当時、日本の経済力は英仏独を抜き、世界第2の経済大国であった。
昇竜の勢いだった日本は、今日の中国のように国際的な懸念の対象でもあった。
三木首相は、必要最小限度の防衛力を整備し、自らが力の真空となって地域を不安定化させないという理屈を持ち出して、基盤的防衛力という構想を打ち出した。
これが日本の安全保障政策に大きな禍根を残した。
自衛とは、脅威対抗が基本である。
外交で敵を減らして味方を増やす。
どうしても紛争が避けられなくなったとき、刀を抜いた敵軍に対して、刀の柄(つか)に手をかけて自制を促すのが軍の本来の仕事である。
そうして外交が復活する。
敵の大きさ、強さ、装備、紛争のシナリオに合わせて防衛力は整備されなければならない。
敵を全く想定しないで、自分で勝手に防衛水準を決めることはできないのである。
冷戦中の自衛隊の現実は、極東ソ連軍の侵攻を米軍来援まで北海道で食い止めることにあった。
米陸軍や海兵隊は遠く離れたシアトルやハワイにいる。
ソ連軍の動員から侵攻までの時間は短い。
海上自衛隊は米第7艦隊と共に米軍を連れ帰るのだが、太平洋は1万キロだ。時間がかかる。
当時40万と予想された大規模なソ連軍侵攻には、28万の自衛隊では持ちこたえられない。
玉砕覚悟で緒戦の数カ月持ちこたえるのが精一杯であった。
これが「小規模限定対処」といわれた基盤的防衛力の真実の姿である。
防衛費GDP(国内総生産)1%の根拠はここにある。
〇復活しつつある戦略的思考
にもかかわらず基盤的防衛力構想では、敵国を想定しないということになっている。
それ以降、日本の防衛思想の中で、脅威はどういう勢力であり、日本はどういうシナリオで、どういう防衛装備を備えて、どう戦うのかという戦略的思考が壊死(えし)した。
日露戦争後、田中義一が起草し、山縣有朋が明治天皇に奏上した第1次帝国国防方針では、日英同盟を基軸として敵国を想定し、どう戦うから(用兵綱領)、どういう装備がいる(所要兵力)という近代的な論理構成となっている。
これは現在の米国の国家安全保障戦略、防衛戦略、軍事戦略と同じ論理構成である。それに比べ戦後日本の戦略的思考の退化は著しいものがある。
第2次安倍晋三内閣では国防の基本方針を廃して国家安全保障戦略を策定した。
国際情勢を俯瞰(ふかん)して敵味方を分け、紛争のシナリオを予想し、日本がとるべき国家方針を記したのである。
そして防衛大綱を2度改定した。
そこには基盤的防衛力構想からの決別がくっきりと見て取れる。
中国の台頭、北朝鮮の核武装、加速度的に進む軍事技術に、日本はどう対応するのかという思想が透けて見える
戦後75年の太平の眠りを破り、ようやく日本に戦略的思考が復活しつつある。
また、60年安保改定騒動後に生まれた「保革なれ合い」がもたらした奇妙な「中立幻想」や「経済成長至上主義」もようやく影を潜めた。
今、日本国民は、現実主義に立った真の防衛論を求めている。
特に令和の日本を担う若人がそうである。
政府は、それに応える義務がある。国家、国民の安全保障こそ、政府の「一丁目一番地」の仕事である。
敗戦の瓦礫(がれき)の中から立ち上がった吉田茂は、豪胆にも、敗戦後わずか7年で、東京を焼き払い、沖縄を破壊しつくし、広島、長崎に原爆を落とした米国との同盟に舵(かじ)を切った。
冷戦の冒頭に堂々と西側に深く足を差し込んだ。
アデナウアー西独首相と並び称される所以(ゆえん)である。
戦後保守政治の原点はここにあるはずだ。
〇日本だけが「丸裸」では
脅威に備えるのであれば、反撃力の保持は当然である。
自分のミサイルだけを見て、長いか短いかを議論するのは愚かである。
核兵器を保有する中国のミサイルが1600発も日本に照準を合わせ、
<
>
北朝鮮も核武装に余念がない。
隣国である韓国も台湾も通常弾頭の中距離ミサイルを数多く備えている。
日本だけが丸裸でよいはずがない。
この期に及んで日本の中距離ミサイルが中国に脅威を与えるなどと言っても、中国は鼻で笑うであろう。
「撃たれたら撃ち返す」と言うから撃たれないのである。それが抑止である。
反撃力だけではない。サイバー防衛、宇宙戦、電磁波戦といった最先端分野から伝統的な弾薬、部品、掩体(えんたい)、指揮通信機能の堅(けん)牢(ろう)化、戦時医療、国民保護、シェルター設置といった後方面までやらねばならないことは山ほどある。
台湾戦争は、北海道で米軍来援まで数カ月頑張るという話では全くない。
米軍と共に数年強大な中国軍と戦うかもしれないのだ。
GDP2%の防衛費でも足りないかもしれない。財源が大きな問題となるが、新型コロナ対策に80兆円ばらまいた政府である。
国家のプライオリティ(優先順)はどこにあるのか国民にしっかり問うて、年末の安保3文書では、飛躍的な防衛力の充実を実現してほしい。(かねはら のぶかつ)