異形の仲間たち見聞録

私が見てきた精神疾患者たち

小説『呆け茄子の花 その九』

2016年04月21日 22時07分32秒 | 小説『呆け茄子の花』

話しを約10年ほど戻そう。

尚樹は裏日本の「X県」に住んでいる。

高校卒業と同時に表日本の本社勤務をしていたが、

当初から会社と約束していたとおり、4年で故郷でもある「X県」に帰してもらった。

帰って来て、尚樹の生活は苦しいものになった。

一人暮らしを初めて、分相応のアパートを借りたものの

給与が安かった為、本来会社が禁じていた副業をせずに生活が出来なかった。

当時、裏日本の田舎でも広まりつつあったコンビニでアルバイトをし始めた。

時間帯は、土日の18~24時。

尚樹は元々剣道をしていて、

土曜は稽古、日曜は大会や昇級・昇段審査などの行事があるのだ。

毎週土曜は稽古が17時に終わりその足でバイト先に行き、

行事のある日曜は少しアパート休んだ後、バイトに行くという感じ。

22、23歳といえども「無休」は、尚樹の体に応えた。

なぜ尚樹はそこまでして一人暮らしを続けているのか?

尚樹の家庭は、尚樹が11歳の時に両親が離婚しており、

その後は、近所に住む父方の祖母の援助を受けながら高校卒業まで過ごした。

そして、尚樹がちょうど20歳の時、二人兄弟の兄から

「父親が再婚した」事を告げられた。

元々性格が穏やかであった尚樹ではあったが、

さすがに、事前になんの承諾も相談もなかっただけに逆鱗に触れた。

尚樹の父は、長男には幼少から厳しく躾けていたものの

尚樹には溺愛であったので、再婚の話しをすれば必ず反対や怒りを

表すであろう事が解っていただけに話せずに

ズルズルと再婚相手に引きずられた形になった。

こういうことが、尚樹が無理をしてでも親と同居しない大きな理由になっていた。

しかし、尚樹の体も持たなくなり、

他のアドバイスもあって帰省して4年が経とうとした時に渋々実家に戻ることにした。

実家で住むことの居心地の悪さは、剣道へ打ち込むエネルギーになった。

 

 

 その十に続く

 

 

 


小説『呆け茄子の花 その八』

2016年04月20日 02時06分41秒 | 小説『呆け茄子の花』

こころにむち打ち出勤し続けた尚樹はとうとう出勤出来なくなった。

なんとか、デスクの上の携帯電話に手を伸ばして直属の上司に電話した。

上司は何のためらいもなく尚樹の訴えを認めてくれた。

その日、出勤しなくても良くなった安堵感でベッドからすぐに起き上がることが出来た。

これは尚樹自身も不思議に思った。

「なぜ体がこの様な反応をするのか?」

数日後、尚樹はかかりつけの内科医に相談した。

「そりゃあ、尚樹さんあんな酷い目に遭って、ただで済まないでしょ」

と、事も無く言い放った。

そこで尚樹は『ドグマチール』という薬を処方してもらった。

だが、尚樹の症状は上向くことはなかった。

尚樹の疾病は、医師や尚樹自身の想像もしないものだったのだ。

 

 

その九に続く

 


小説『呆け茄子の花 その七』

2016年04月17日 21時52分03秒 | 小説『呆け茄子の花』

大三郎の件の前から尚樹の精神中枢は異常を行き足していた。

退院後二ヶ月して会社から『出社命令』が出て50%を焼けただれた体で出社した。

更衣室で数人の同僚と一緒になったが皆尚樹の体を見て絶句した。

付け加えておくが、大三郎はこの先も尚樹の体を一度も見ることはなかった。

体の傷もさることながら、精神をも焼かれたといっても良い。

尚樹にとって一番の衝撃は、爆発事故と同じ場所で同じ仕事をしたことだ。

これが「ダメ押し」となって、尚樹の脳裏に深く刻み込まれることとなる。

これ以後、尚樹は同じ作業に二の足を踏みながらも自分にむち打ちながら、

約一年続けることとなる。

そして、いつもの出勤の日に尚樹は起き上がれなくなった。

「行かなくてはいけない・行って嫌な目を見たくない」という

葛藤をベッドの中で毎日繰り返していた。

 

 

その八に続く