異形の仲間たち見聞録

私が見てきた精神疾患者たち

小説『呆け茄子の花 その六』

2016年03月25日 16時52分00秒 | 小説『呆け茄子の花』

尚樹は専務・大三郎から別の日に呼び出され、

「これ以上、会社に対して賠償を求めない」旨のただ一枚の紙切れに署名捺印した。

これの紙切れに後々になって尚樹が「後悔の念」で苦しめることになる。

しかし、この会社とのやり取りが終わったことによって、

尚樹の「腹」は決まった。

尚樹はその年の10月20日付けで退社することを決め、会社にも届けを出した。

それまでは、有給休暇を取り事実上、退社日の一ヶ月前程から会社を休んでいた。

尚樹の元に先輩から連絡があり、「送迎会をするから来てくれ」といわれた。

会社ともめたことで、断ろうかとも思ったが「立つ鳥跡を濁さず」と教えてくれた

上司の言葉が浮かび、出席することとした。

会場は尚樹が住む田舎には珍しい洒落たイタリアンで行われた。

会の始めに尚樹は一言を求められたが、

当たり障りのない言葉で12年半を締めくくった。

実は尚樹の精神は退院後、2~3ヶ月くらいから異常を来していた。

 

 

 


小説『呆け茄子の花 その五』

2016年03月19日 11時34分10秒 | 小説『呆け茄子の花』

話しを元に戻そう。

大三郎との話を終えた尚樹はひとり心の中で

「(いくらが適正なのか・・・)」と反復し続けた。

尚樹は親にも友達にも相談すること無く、

2回目の大三郎との話し合いに着くことになる。

初めての話し合いから1ヶ月が過ぎた。

また突然に直属の上司から「専務が呼んでいる」と言われ、

尚樹は胸中に何かを秘めながら会議室へと向かった。

2回目の話し合いはすでに会議室のイスへ腰掛けていた。

尚樹は一応「専務・大三郎」を立ててドアを開けた後、

直立で深々と頭を下げたが、内心は180°違っていた。

「(この逆玉が!)」尚樹内心は結構毒持ちである。

「失礼します。」と真向かいの席に座り、

その後、大三郎が口を開けた。

「この前の話しなんですけど、決まったかな?」

尚樹は「ええ、・・・」と間を置いた。

「専務はどうお考えです?」まずは相手の手の内を知ろうというのだ。

「そうですね、私は一千万から一千五百万円と考えています。」

尚樹は、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

一生、片足で生きていかねばならない者に対する金額ではない。

尚樹は怒りを内包しながら出来るだけ静かに絞り出すように言った。

「専務、それは本当にそうお考えですか?」

大三郎は半笑いで「尚樹くんそうですよ。」

尚樹は、怒りをぶつけようか、しまいか、選択の時間も置かず言い放った。

「専務、ひと一人の人生を変えておいて、そんな不誠実な回答は無いでしょ!!」

大三郎の「半笑い」は続いていた「じゃあ、いくらがいいの?」

尚樹は具体的な数字は出さずに「今言った額の倍以上は要るでしょ」

尚樹は内心自分のことを「(俺は金の亡者か?)」と思いつつ言ったのだ。

大三郎は「それは会社として出せないな、もう少し考えてくれないかな?」

大三郎が金額についてこの様に即答出来るのも『会社の金庫番』の役を

牛耳ってているからだ。

尚樹自身このとき既に冷静ではなく、持ち帰って考え直しても良かったのだが

反射的に口をついて金額を言った。

「では、二千万円でいかがですか?」

大三郎は間髪入れず「いいですよ、では次の話し合いまでに詳細を詰めておきますので

尚樹くんは判子を持ってきてください。」

話し合いは、30分掛からなかったが尚樹には一時間ぐらいに感じられた。

尚樹のその日の疲労感は並ではなかった。

 

その六につづく

 

 

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小説『呆け茄子の花 その四』

2016年03月18日 04時23分05秒 | 小説『呆け茄子の花』
ここで尚樹自身について触れておこう。

尚樹は今年31歳になり、今の会社に就職したのは高校卒業時だった。

なので、今年はちょうど10年となり、祝えるような年であったが、

尚樹はそんなことを気にする余裕は無かった。

尚樹の実家は両親が尚樹の幼少時に離婚し、尚樹は母に引き取られた。

だが、「女の腕一本」では、『豊かな生』は望むべきもなかった。

しかし、それが原因でいじめに遭うこと無かった。

それは尚樹持ち前の『明るさ』であった。

それも今回の事故で『仮面の笑顔』になった。

幼少ながら尚樹の笑顔は『本当の笑顔』であったが今回はさすがに堪えきれなかった。

笑顔も激減し、やっと出た笑顔もどこか引きつったものがあった。

それは、尚樹を徐々に襲ってきた『うつ病』のサインであったが、

その知識も無かったが、後にイヤと言うほど味わうこととなる。








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その五につづく

小説『呆け茄子の花 その三』

2016年03月17日 17時07分35秒 | 小説『呆け茄子の花』

尚樹は『サラリーマン社長』の奥村に語気を強くしてこういった。

「もう半年話しているのに話が進まないじゃないですか!

奥村さん、実務的な話しをしたいんです!」と。

尚樹がなぜ社長に対して『奥村さん』というのか。

それは、奥村が常務時代に親しく話していた時の名残であった。

今はもう『親しい関係』ではない。

尚樹は奥村のことを『使いの丁稚』くらいにしか思っておらず見下していた。

それからふた月して『実質的な社長』である婿養子の大三郎から、

「話があります。」と、直属の上司から聞かされた。

尚樹は「(いよいよ、本丸攻めだな)」と、内心思った。

新築された二階建ての事務所兼詰所の一階にある『会議室』に事務員に招かれると、

5分程してから、大三郎が長身にスーツを身に纏って入ってきた。

尚樹は「(相変わらず、形から入る奴だな)」、

元々、尚樹は大三郎が好きではなく、いわゆる『KY』である大三郎は、

尚樹が毛嫌いしているのを気づかずずかずかと話しかけてくるタイプで、

尚樹の苦手なタイプであった。

大三郎は手に何も持っていなかったが、開口一番「尚樹くん、いくらならいいの?」

尚樹はこころの中で「(でた!専務の品格も何もない)・・・。」と思ったが、

即答はしなかった。

実際にいくらが相場なのか、司法書士にも弁護士にも事前に相談しなかったからだ。

それは、尚樹の頭の中に思いつかない発想だった。

なぜなら、足の切断事故以来、毎年の入院~手術でそこまで頭が回らなかったからだ。

「(さて、どうしたものか・・・)」と思いながら、本論には入らず話しをかわした。

「専務、足が無くなるということは~。」と、約30分かけて『障害を持つ身』と、

事故があった同じ場所で働かされることのプレッシャーを懇々と話した。

結局、その日は金額の答えは言わずに話し合いを終えた。




「その四」につづく





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小説『呆け茄子の花 その二』

2016年03月16日 20時54分58秒 | 小説『呆け茄子の花』
尚樹は気脈の通じている直属の上司に「退社」の意志を告げた。

直属の上司は、以前勤めていた会社を辞めこの会社に就職したので

なんらかのアドバイスを貰えると思ったからだ。

アドバイスの内容は要して『立つ鳥跡を濁さず』というものだった。

その時、会社との交渉は始まっていたが、

『暖簾に腕押し』の対応に業を煮やしていたところだった。

そんな中の『立つ鳥跡を濁さず』のアドバイスは「熱した鉛を飲む」思いで聞いた。

尚樹の勤める会社は、尚樹が勤め始めた当初は

創業者が社長を務める言わば「ワンマン」の会社であった。

その当時は立ち上げ当初の会社員も居て、夏場など社長の号令で一部の社員に

拘束時間中だというのにバーベキューの用意に走らすなど良い面もあった。

しかし、創業者が会長に退き創業者メンバーで「社長の右腕」と頼る常務が社長になり、

創業者の娘婿が専務に就くと、専務の専横が始まり、会社の業績は上がったが、

会社全体に一体感が無くなり、「物言わぬロボットが作っている」様だった。

全てがシステマチックになり、他言は許されなくなった。

そんなところで「保証」を求められる状況では無かったが、

尚樹は「どうせ辞めるのだから・・・」と、半分自暴自棄になり交渉に挑んだのだが、

交渉相手が、元常務で今はサラリーマン社長の奥村であったので

具体的な話にはならなかった。

本丸の娘婿専務である大三郎を引き出さなければと思っていた。

しかし、この専務の大三郎、正社員の経験が無く、また高校に進学せず

ブラブラしていて、その時たまたま交際していた

当時の創業者社長の娘と付き合っていて、子を孕んだので息子の居ない社長家に

婿養子として入ったのだ。

大三郎の専横振りは、その時の社員を震え上がらせた。

「全ては金」という考えの基、「札で頬を叩く」様な振る舞いで、

またそれを注意する古参の社員も首をすくめていた。

尚樹はそんな相手と交渉のテーブルに着こうとしていた。




「その3」につづく








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