・源氏は深い悲愁に心を閉ざされている。
御葬送のときは、
世の中あげて泣いた。
みな、喪の色に黒く沈み、
さびしい春であった。
何を見ても源氏は味気なく、
心なぐさめるものがなかった。
源氏の袖も雲の色も、
そして心も薄墨色である。
帝の母宮、藤壺女院の四十九日も終わり、
ひとしきり静まってみると、
若い帝は心細くお思いになった。
すこしおやつれになって、
物思いがちな明け方のひととき、
加持祈祷の老僧相手に、
しみじみとお話などされる。
僧都はおん母の代から、
引き続き加持祈祷の僧としてお仕えしており、
亡き母宮も信頼され、
尊敬されていた。
帝も大切に扱われ、
世間でも重んじられている貴い聖であった。
年は七十ばかり、
来世のために勤行しようと、
山籠もりしていたのを、
母宮のご平癒祈願のため、
山から下りてきたのだった。
帝はこの老僧をお召しになり、
おそばにお置きになっている。
源氏も以前のように、
内裏にお仕えするようにすすめたので、
僧都は、
「主上の仰せも勿体のうございますし、
また亡き宮さまのお情けにお報いすることに、
なりましょうから」
と、お仕えすることになった。
静かな暁、
帝のおそばには誰もいず、
僧都一人であった。
僧都は、世の中のあれこれ、
お話し申し上げていたが、
かたちをあらためて、
いうのだった。
「実は、
まことに申し上げにくいことでございますが、
もし、主上がお知りになりませなんだら、
いよいよ罪が重くなるのではあるまいかと、
天の眼が恐ろしく存じられます。
主上はこのほどの天変地異、
大臣、母宮のご薨去、
とうち続く不祥事を何とご覧あそばしましょうか。
そのことにつき、
奏上しようかしまいか、
苦しんでおることがございます。
もし、申し上げずに命終りますれば、
その苦しみも何の役にも立たず、
かつは仏も、不正直者よ、
とお叱りになるであろうと存じられまして・・・」
と申し上げ、
躊躇して言葉が続かない。
主上は何事だろう、
といぶかしく思われた。
「何ごとだろうか。
幼少のころから、
へだてなくあなたを信頼していたのに、
あなたの方で私に言えぬかくしごとを、
持っていられるとはうらめしい」
と仰せになった。
「勿体ない仰せ、
仏が秘めよとお禁じになった、
真言密教の奥義をも、
主上にはご伝授しております。
まして、何のかくしごとがございましょう。
このことは過去未来の重大事でございます。
もし、これを申し上げずにおりましたら、
お崩れになりました時、
女院さま、更には源氏の大臣のため、
かえってよくない噂となって、
世間に洩れることもございましょう。
ただ仏天のお告げがあるによって、
この大事を奏上いたすのでございます」
主上はただならぬ予感に、
身をかたくして聞いておいでになる。
「主上をご懐胎になりましたときから、
故宮は深くお嘆きになることがございまして、
私にご祈祷をお命じになりました。
くわしい仔細は、
出家の私にはわからぬことでございます。
源氏の大臣が無実の罪で失脚されたとき、
故宮はいよいよ恐れられて、
重ねてご祈祷を仰せられました。
それは主上が御即位あそばすまで、
続けられたのでございます。
故宮はなにゆえ、
それほど恐れられたのでございましょう。
その深いわけは、こうでございます」
僧都は、くわしく物語った。
亡き帝の母宮と源氏と、
帝とのおそろしくもおどろくべき関係を。
主上はおん耳を疑われるお心地だった。
思いもかけぬ話に、
恐ろしくも悲しくも、
さまざまにお心みだれ、
凝然としていられ、
お言葉もなかった。
(次回へ)