・玉蔓と結婚した髭黒の大将は、
日を重ねるほどに、
いよいよ物狂おしく玉蔓に溺れていくが、
玉蔓の心は晴れない。
大将の強くなる執着を、
うっとうしくも気重く、
思うばかり。
この上、
大将の邸に引き取られたならば、
この重い心は、
よけい閉ざされるであろう。
玉蔓は、
人に会ったり、
話したりせねばならぬ、
公務の忙しさを感謝した。
大将はいやがるが、
宮中へ上がってしまうのもいいかも、
と彼女は思うようになっていた。
大将は離れていきそうな、
若い玉蔓の心をとらえるのに、
やっきになっている。
そうすればするほど、
若い心が離れていくのを、
いちずな大将は知らない。
あまたの求婚者の中でも、
兵部卿の宮の嘆きと恨みは深かった。
宮は、
失恋のいたみを長く、
お忘れにならなかった。
宮のお嘆きのようすが、
玉蔓の耳にも入った。
たしなみ深いお手紙、
みやびやかな口説、
そんなものを思いだすと、
玉蔓はわけもなく悲しくて、
涙ぐんだ。
あのやさしい恋の風趣は、
私の人生から遠いものに、
なってしまった。
しかし、玉蔓は、
宮よりも源氏への思慕が、
強くなっていた。
はじめて源氏を恋しく思った。
「あなたは疑っていられたが、
私は潔白だった。
こんどの玉蔓の結婚で、
よくわかっただろう?」
と源氏は紫の上にいった。
華やかにも盛大な、
結婚の宴が行われ、
髭黒の大将が、
意気揚々と通うさまをみれば、
紫の上ばかりでなく、
世間の人々もやっと、
玉蔓と源氏の仲についての、
疑いを晴らした。
しかし源氏の心は、
まだあやうい戸惑いの中にいる。
源氏は、
主上(冷泉帝、実子である)の、
仰せがあったということで、
形式的にも参内したほうがよい、
といった。
大将がその邸へ引き取ったら最後、
もはや玉蔓を外の風にも当てず、
包み込むに違いないからである。
大将ははなはだ不満であったが、
(よし、ここは折れて、
一日、参内させよう。
退出の折、
そのままわが邸に連れ帰ろう)
とひそかに決心し、
許した。
大将は、
若い時ならともかく、
中年の今となっては、
夜々、女の邸へ通うのは大儀であり、
不自由であるから、
一日も早く自邸に玉蔓を迎えたかった。
そうなると、
一途な性格だけに、
北の方の気持ちも省みず、
可愛がっていた子供たちも、
目に入らなくなった。
真面目なだけに気が利かず、
周囲を傷つけてしまうのであった。
大将の北の方とて、
決して軽い身分の女性ではなかった。
式部卿の宮の姫君、
おん父君がとりわけ、
いとしまれた長女の姫で、
世にも重んじられ、
若いころは美しかった。
(紫の上の異母姉になる)
ただ惜しいことに、
物の怪が執念深くとりついて、
この数年は常軌を逸した振る舞いがある。
大将は、
夫人の発作をいとおしく思いながら、
今は疲れ果てていた。
いつとはなく、
夫婦仲は離れていった。
しかし、
北の方を唯一人の妻として、
尊敬していた。
子供たちの母でもある北の方を、
大将は大切な人として遇していた。
まして大将も世間も、
疑っていたように、
源氏と玉鬘には何ごともなく、
玉蔓は処女だったことを知って、
大将はなお執着を増していた。
北の方も子供も、
捨てて省みないほど、
のぼせてしまったのも、
無理はないのである。
「なぜそんな邸に、
いつまでもいる?
新しい女が迎えられようという邸に、
いつまでもいることは、
世間体も悪い。
私が生きている限りは、
笑いものにはさせない。
帰ってきなさい」
と北の方の実父の父宮、式部卿の宮は、
そういわれるが、
それでも北の方は、
帰る気になれなかった。
夫に捨てられて、
実家で嘆き暮らすのも辛く、
ここにいるのも苦しく、
ますます思い乱れ、
半狂乱になって嘆いていた。
(次回へ)