・冬がきた。
末摘花は、いよいよ困窮し果てて、
より所もなく、寒くひもじい日々を、
過ごしていた。
一方、そんなことは露知らぬ源氏は、
故父院の供養のため、
盛大な御八構を催していた。
僧なども、
学識すぐれ修行を積んだ、
徳の高い僧ばかりを選んでいたので、
末摘花の兄君の禅師も入っていた。
禅師は、その帰りに妹邸へ立ち寄った。
ふだんなら「やあ、どうだね」
と帰るのであるが、
今日は珍しく、昂奮のおももちで話す。
「源氏の権大納言殿の御八構へ参ったのだが、
その尊くてありがたいことといったら、
なかった。
生きながら浄土を見るように結構であった」
そう夢中でしゃべって、
そのまま帰ってしまった。
さすがに末摘花は、
兄君をぼんやり見送って、
さまざま思いにふけった。
この兄妹は、
世間普通の兄妹のようでなく、
うちとけて世間話をする、
という習慣はなかった。
それにしても、
兄君は末摘花と源氏の仲を、
知らないこともなかろうに、
妹の末摘花が源氏に捨てられて、
困窮しているのには気づきもしないさまで、
言いたいことだけしゃべって、
去るのであった。
兄君も兄君だが、
こんなに困って落ちぶれた私を、
思いだしても下さらぬ、
と末摘花は淋しかった。
(やはり、あの方との、
縁は切れたのだろうか・・・
いつかは風の便りにも、
私の哀れな様子を伝え聞かれて、
きっと訪ねて下さると信じていた。
荒れ果てた家を手放しもせず、
道具類を散らしもせず、
昔のままに守って、
お待ちしていたのだけれど・・・)
そう思いながらも、
末摘花の心のおくそこには、
源氏がしみじみ聞かせた愛の言葉、
情の深い約束が強く焼き付けられていた。
世なれぬ、おぼこな心のまま、
年古りた末摘花は、
叔母君のいうように、
あれが男のそらごとの口説とは、
思えないのであった。
叔母君が突然やってきたのは、
それからしばらくたった日。
今日はどうしても筑紫へ誘おうという、
下心があるので、末摘花に贈る衣装などを、
新調して携え、意気揚々とやってきた。
案内も乞わず、
無遠慮に車を乗り入れたが、
門を開けるや、
あまりに物凄く荒れた邸のさまに、
みなびっくりする。
末摘花は、
(あるじの許しもないのに無作法な)
と思ったが、
侍従が古ぼけてすすけた几帳を出して、
応対する。
侍従は年来の苦労で、
やつれ、衰えているが、
やはりどこか風情のある姿で、
こういうと悪いが、
末摘花と取り換えたいような、
綺麗な若い女であった。
叔母は几帳を隔てて、
末摘花に話しかける。
「筑紫へ出発しようと思いながら、
あなたのことが気がかりで・・・
でも、お誘いしてもお聞き入れがないので、
今日は、侍従の迎えに参りました。
侍従を連れてゆくのは、
お許し頂けるでしょうね。
それにしてもこんなにまで哀れなご様子で」
叔母君は同情したようにいうが、
実は夫の栄転が得意な様子。
叔母君はさまざな語るが、
皮肉やあてこすりがまじって、
末摘花は気を許して答えられない。
「お誘い下さって、
ほんとにありがたいのですけれど、
人並みでないわたくしが、
よそへ行って何が出来ましょう。
ここでこのまま朽ち果てたいと思います」
叔母君は語気を強めて、
「あなたもまだ若いのに、
こんな気味わるいところで、
朽ち果てることはありません。
源氏の君が、ここをつくろって、
面倒見て下さるとでもいうのなら、
ですが、
あの方は、ただ今は、紫の上に首ったけで、
他の女性には目もくれないありさまで、
いらっしゃるそうです。
昔はあちこち通われる所が多かったけれど、
そんな方々とも、
手を切っておしまいになった。
まして、こんなみすぼらしい藪原で、
暮らしている人を、
いくら操を立てて待っていたといっても、
尋ねて下さることなんか、
万に一もないと思います」
末摘花は、
ほんとに叔母君のいう通りかもしれないと、
涙を拭く。
それでも叔母に従って、
田舎へ下るとは言わなかった。
日が暮れるので、
叔母君は侍従を急かした。
末摘花は、侍従までが、
自分を見捨ててゆくのかと思うと、
恨めしくも悲しくもあったが、
さりとて、どうやってとどめよう。
声を放って泣くのがせいいっぱいだった。
(次回へ)