・海はうずまいて、
さながら大きい波のタワシで、この島をこするかのよう。
私は熱心にハワイの嵐に見入っていた。
パイナップルボートというのが昼食代わりに出た。
くりぬいたパイナップルに果物を盛り合わせたもの。
例の老紳士はステッキを撫でつつ、
「おお、これはハワイらしゅうて、珍しいもんやなあ、
食べてみようか」
また、誰かに言うように一人ごちつつ、皿を引き寄せた。
ホテルの私の同室の相手は五十七、八の中婆さん。
「せっかくハワイに来てなあ、こんなお天気で、
ハワイに来た値打ちあらへん!あほらしい、あほらしい・・・」
とぼやく。
「滅多にない嵐に遭うた、いうて、ええみやげ話もできますやないの」
私は息子や嫁たちの事を考えている。
日本にニュースが伝わって、
「ちょいと、新聞見はった?
ハワイは二十五年ぶりの大嵐ですって。
お姑さん、どんな顔してはるやろ」
と電話をかけ合っていることであろう。
しかし、どっこい、私はこの中婆のように、
がっかり、ふてくされる気にはならない。
「買い物、楽しめるやありませんか?」と私。
「私、買い物の趣味はないんです」
「おや、そうですか。
夕食までの間、タクシーでちょっと行ってみます」と私。
「行きますよ!」
私たち二人はタクシーで街へ行き、土産物屋を見てまわった。
中婆は、
「ワイキキなんか鳥取砂丘みたいなもんやし、
雨は降るわ、観光もでけへんわ・・・」
とぶつくさ。
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・夜は大きなレストランへバスで連れ込まれる。
何十組という老夫婦たちは、嵐のあいだ中、外へ出ないで、
部屋にこもっていたということだ。
食事はバイキング形式のセルフサービス。
そうして食事を取りに行くのはみな老妻たちである。
私は一人で好きなものをちょっぴり取り、
舞台を見、楽しんで食事をする。
やれやれ、よかった、一人もんの楽しさ、
なんという幸せであろう。
例の老紳士もそう思うであろうと見ると、
一人で皿に向かい、
「うん、うん、うまいか?そうか、よかった、よかった」
私は笑い出してしまった。
自問自答というけれど、何としゃれっ気のある人だろう。
紳士はきまり悪そうに、
「家内を亡くしてから、杖にもの言うクセが出まして・・・」
「杖?」
「はい、このステッキですが、
これはリューマチを患うとった家内が、
いつもついて歩いておりました。
家内の形見なので、ついモノ言うクセがつきましてな」
老紳士は、いとしげにステッキを撫でた。
「お父さん、お父さん、はい、お茶」
とうしろの声。
誰も彼も、一人でよう生きんのかいな、
この私を見なさい、と私はやたらと腹が立ってくる。
そうして、私の腹立ちに、(そやそや、皆、しっかりせんか!)
と呼応するごとく、二十五年ぶりのハワイの嵐は、
ますます荒れ狂っているのである。
自立姥の凛然たる気概に同調するごとく、
常夏の平和な島、ハワイに警鐘のごとく、
大嵐は吹きすさぶのである。
(了)