・「ハイ、シーッ」の生昌は、
いったい何を思って私の部屋へ、
やって来たんだか、
「いや惚れました、
聞きしにまさる才女ぶりで、
いらっしゃる、
私め、そういうお方が、
好きでございましてな」
なんて、
片腹いたいってもんである
惚れた、といえば、
女は一も二もなく、
ありがたがるとでも、
思っているのかしら
生昌なんかに惚れられて、
私がのぼせあがると、
思っていたとしたら、
救いようのない頓馬である
それをいいに来るのも、
おかしいけれど、
「そこへおうかがいじても、
よろしゅうございますかな」
なんて、
あまりのおかしさに、
笑いころげてお腹が痛くなる
女の部屋を開けたら、
すっと入ってくるものだ
男に、「入っていいか」
と夜中にいわれて、
「どうぞ」と女がいうはずはない
夜中に女の部屋を訪れた以上は、
案内を乞うまでもなかろう
私は若い女房たちと、
生昌のわるくちをいい、
大笑いのうちに、
夜が明けてしまった
朝、中宮の御前へ参上したときに、
この話を申し上げる
「生昌が、
そんな風流男だという噂は、
聞いたことがなかったけど・・・」
と中宮はおかしそうにいわれる
中宮も、
あの生昌の謹直な様子を、
思い出されて、
不釣り合いだとおかしく、
思われたにちがいない
「まあそれにしても、
さぞこっぴどく、
やりこめたんでしょうね
せっかくいい格好したかった、
のでしょうに
かわいそうなことをしたのね」
と生昌をおかしがられる、
お気持ちは私たちに劣らぬほどで、
いられるらしい
しかしそれは決して、
生昌を嘲弄軽侮なさる、
それではない
それが私にはわかった
私たちは生昌を、
(なんだ、
この密告野郎、
おべっか使いの、
木っ端役人
わけ知らずの田舎者)
とこきおろして、
見下しているから、
生昌をおかしがっているのだが、
中宮のお顔色には、
そんなものはない
定子中宮は、
どんな悲境に遭遇されても、
決して滅入られることはない
それはこの、
何でもおかしがられる、
ご性質の品よさから、
きているのだ
生昌とすれば、
受難の日々がはじまった
何かひと言いうと、
女房たちはクスクス、
あるいはどっと笑う
それを制する年かさの女房たちも、
笑ってしまう
生昌は冷や汗を流しつづけ、
「ハイ、シーッ」
と平伏してまた、
女房たちの笑いを買う
姫宮お付きの童女たちも、
お供しているので、
彼女たちの秋から冬への、
装束をととのえるよう、
中宮の仰せが出る
生昌は衣の趣味について、
自信がないらしく、
「この『あこめのうわおそい』
は何色にしたらよろしゅう、
ございましょう」
とお伺いをたて、
「あこめのうわおそい」
などという言い方もへんである
「うわおそい」というのは、
どうやら「上へ着るもの」
の意味で使っているらしい
あこめの上に着るものは、
童女はかざみに決まっている
かざみといえばいいのに、
まわりくどく田舎っぽく、
「あこめのうわおそい」
なんていうので、
それを聞いた女房は、
おかしさをこらえて、
意地悪く、
「は?
なんておっしゃいまして?」
「あこめのうわおそい、
でございますが」
生昌は律儀にくり返し、
私たちはたまらず笑う
それからは、
「あなたのうわおそい、
ご立派ねえ」
「このうわおそいの色見てよ」
などと、
私たちの間の、
流行語となった
生昌は、
何が私たちの笑いを招くのか、
わからぬから、
途方にくれてしまう
それでもまめまめしく、
お仕えする気はあるようで、
「姫宮の、
お召し上がりのお道具類は、
大人用のもので、
不都合でもあり、
可愛げがございません
ちゅうせえお膳、
ちゅうせえ高坏など、
おひなさまか、
ままごとの、
お道具のようなものを、
早速作らせることに、
いたしましょう
ハイ、シーッ」
と心を砕いている
小弁の君などは、
それを聞いただけで、
袖の中に顔をうずめて、
笑いをこらえるのに、
難儀しているが、
私は、
「ははあ、
ちゅうせえお膳、
ちゅうせえ高坏、
でございますか
それでこそ、
うわおそいを着た女童も、
運び参らせるのに、
好都合でございましょう」
といったら、
また一座は沸いてしまう
「そんなに笑ってやったら、
かわいそうだわ」
と中宮はおたしなめになる
「でもあの、
ちゅうせえお膳には・・・つい」
小弁の君が申し上げると、
「人それぞれの癖はあるもの」
さりげなく中宮がおっしゃる、
どこだって笑いが湧くのだ
左大臣(道長の君)側は、
さぞや中宮方では意気消沈して、
いじけてしまっているであろう、
と考えているかもしれない
しかし実際は、
どこにいても笑い声は、
あがっているのである
生昌のおかしさといえば、
まだある
何でもないときに、
「ぜひお耳に入れたいと、
大進が申されています」
とわざわざ女官が、
私に知らせてきた
大進とは生昌のこと
「何なの、物々しい、いますぐ?」
「ぜひお耳に入れたい」
とは何か重大な情報でもあるのか、
ふと気が動く、
「また何か失敗して、
手ごわい人たちに、
笑われようというのかしら
行って、聞いていらっしゃい」
と中宮はおかしがって、
仰せられるので、
私はわざわざ出ていって、
かしこまっている生昌に、
「何かご用でございますか」
権高にいってやる、
生昌は昂奮していた
「私めの兄、惟仲中納言のことで、
ございます」
「中納言どのが、
どうかされましたか」
「褒めておりましたのです、
あなたさまを!」
生昌はせきこんでいうが、
私はいぶかしいばかり
(次回へ)