むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

4、姥嵐  ②

2021年09月06日 08時09分23秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・空港に着くと、長男夫婦が息せき切って現れた。
泰クンは「バイ!アロハ!」と帰って行く。

長男と嫁は、「誰です、あれは?」と聞く。

「ボーイフレンドやがな」と私。嫁は、

「お姑さん、塩昆布と梅干、それから煎茶のティパックです」

私ゃ、ハワイへ行って塩昆布や梅干なんぞ食べる気にもならない。

集合場所へ行ってびっくりした。
まるで敬老旅行だ。

私ゃ、こういう敬老旅行と分かっていたら、
来るのではなかった。

ここでもあちらでも、
「行ってらっしゃい」「気をつけて!」とかしましい。

私はピンクのコートにピンクの帽子、紫色の靴。
嫁は私の姿を見て、

「まあ、お姑さん、後ろから見ると四十代ぐらいに見えますわ。
服装もマサ子(娘)も着ないような派手なもの・・・」

とあきれている。


~~~


・やれやれ、ヒコーキに乗ればもうこっちのものである。

私は日本を離れるときが、
しんからくつろげてホッとする人間である。

私はヒコーキの中でも退屈しない。
眠くなると、ぐっすり眠れるほうである。

後ろの座席の老女はトイレから帰ってきて、

「ああ、狭い狭い、あんなトコで用足せません」

とぼやいていたが、
私はコンパクトな感じが好きなので、
用も足せれば、お化粧もする。

「お父さん、このスリッパはいて行きなはれ。
ついて行きまひょか」

後ろの席ではしきりに亭主の世話を焼いている。
旅に来たのか、亭主の世話に来たのか、わからない。

なんで女が男に世話され、面倒見てもらえないのか、
考えると腹が立ってくる。

私は、わが亭主、亡夫の慶太郎の無能にこり、
息子らの不出来にあきらめているから、
どうしても男が女よりエライと認めたくないのだ。


~~~


・隣の窓際に老紳士がステッキを抱いて坐っていた。

「うらやましいこっちゃ、なあ・・・」

「は?」と私。

「いや、後ろの方のご夫婦仲がむつまじくて、うらやましいて」

「お一人ですか?」

「ハイ、とうとう家内を外国旅行に連れていってやれずじまいでした」

品のいい老紳士である。

ほどよいおしゃべりが続いて、
私はこの敬老旅行にほのかな楽しみがわく。

いよいよ、ハワイに着いた。

老婆たちは冬のセーターを脱いで着替え出した。
私はコートをたたんでしまい、サングラスをかければおしまい。

座席でシミーズ一枚になって着替えている無様な婆さんは。
旅行の手引書などのぞいたこともないのであろう。

老害に加え、あれは無智害という公害の一種であろう。

税関の外へ出れば真っ青な空、と言いたいが、
ハワイは嵐に包まれていた。

雨はますますひどくなり、
ホテルへ入る前に、バスで観光する手ハズであったらしいが、
バスに乗ると、例の老紳士が後ろの座席にいて、
何だかホッとする。

「おお、これは日本の台風やなあ。
えらいトコへ来てしもうたなあ・・・」

この紳士、ひとり言のクセがあるらしい。

バスは嵐の中をやみくもに走った。
とうとうガイドはあきらめてバスをホテルに着けた。

部屋の窓からはワイキキの浜が見えたが、
嵐の真っ最中の今、人っ子一人いず、
ヤシの木が弓なりにしなって、烈しく吹き立てられていた。

私はただただ、物珍しさで、
窓外の景色が面白くてたまらない。

こんなワイキキ、見たことない。

大海の真っただ中に浮かぶ小さい島は、
いま、自然の大きな力に頼りなく翻弄されている。






          


(次回へ)

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