・空港に着くと、長男夫婦が息せき切って現れた。
泰クンは「バイ!アロハ!」と帰って行く。
長男と嫁は、「誰です、あれは?」と聞く。
「ボーイフレンドやがな」と私。嫁は、
「お姑さん、塩昆布と梅干、それから煎茶のティパックです」
私ゃ、ハワイへ行って塩昆布や梅干なんぞ食べる気にもならない。
集合場所へ行ってびっくりした。
まるで敬老旅行だ。
私ゃ、こういう敬老旅行と分かっていたら、
来るのではなかった。
ここでもあちらでも、
「行ってらっしゃい」「気をつけて!」とかしましい。
私はピンクのコートにピンクの帽子、紫色の靴。
嫁は私の姿を見て、
「まあ、お姑さん、後ろから見ると四十代ぐらいに見えますわ。
服装もマサ子(娘)も着ないような派手なもの・・・」
とあきれている。
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・やれやれ、ヒコーキに乗ればもうこっちのものである。
私は日本を離れるときが、
しんからくつろげてホッとする人間である。
私はヒコーキの中でも退屈しない。
眠くなると、ぐっすり眠れるほうである。
後ろの座席の老女はトイレから帰ってきて、
「ああ、狭い狭い、あんなトコで用足せません」
とぼやいていたが、
私はコンパクトな感じが好きなので、
用も足せれば、お化粧もする。
「お父さん、このスリッパはいて行きなはれ。
ついて行きまひょか」
後ろの席ではしきりに亭主の世話を焼いている。
旅に来たのか、亭主の世話に来たのか、わからない。
なんで女が男に世話され、面倒見てもらえないのか、
考えると腹が立ってくる。
私は、わが亭主、亡夫の慶太郎の無能にこり、
息子らの不出来にあきらめているから、
どうしても男が女よりエライと認めたくないのだ。
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・隣の窓際に老紳士がステッキを抱いて坐っていた。
「うらやましいこっちゃ、なあ・・・」
「は?」と私。
「いや、後ろの方のご夫婦仲がむつまじくて、うらやましいて」
「お一人ですか?」
「ハイ、とうとう家内を外国旅行に連れていってやれずじまいでした」
品のいい老紳士である。
ほどよいおしゃべりが続いて、
私はこの敬老旅行にほのかな楽しみがわく。
いよいよ、ハワイに着いた。
老婆たちは冬のセーターを脱いで着替え出した。
私はコートをたたんでしまい、サングラスをかければおしまい。
座席でシミーズ一枚になって着替えている無様な婆さんは。
旅行の手引書などのぞいたこともないのであろう。
老害に加え、あれは無智害という公害の一種であろう。
税関の外へ出れば真っ青な空、と言いたいが、
ハワイは嵐に包まれていた。
雨はますますひどくなり、
ホテルへ入る前に、バスで観光する手ハズであったらしいが、
バスに乗ると、例の老紳士が後ろの座席にいて、
何だかホッとする。
「おお、これは日本の台風やなあ。
えらいトコへ来てしもうたなあ・・・」
この紳士、ひとり言のクセがあるらしい。
バスは嵐の中をやみくもに走った。
とうとうガイドはあきらめてバスをホテルに着けた。
部屋の窓からはワイキキの浜が見えたが、
嵐の真っ最中の今、人っ子一人いず、
ヤシの木が弓なりにしなって、烈しく吹き立てられていた。
私はただただ、物珍しさで、
窓外の景色が面白くてたまらない。
こんなワイキキ、見たことない。
大海の真っただ中に浮かぶ小さい島は、
いま、自然の大きな力に頼りなく翻弄されている。
(次回へ)