・以前、私が仲に立って話をした、
知人の息子の結婚式が終わった、
と竹下夫人が電話をしてきた。
その相手はぼてれんのまま結婚式を挙げた。
「なぜ、そう産みたがるんでしょ?」と私。
「あなた・・・子供を産むのは女の本能ですから」
「本能たって、人間は本能を抑えて、人間らしくなるんでしょ?」
「ハア・・・?」
「私ねえ、
こういう出来の悪い子供を増やしてはいけないんじゃないかと。
子供を産む本能を放置していいのかしら、と考えますのよ」
「奥さま、何てまあ、きついことを!悪いことは申しません。
ちょっと奥さま、荒気になっていらっしゃるようですわ。
どうぞ『天地生成会』にお入りなさいませ」
荒気なんて言われてしまった。
竹下夫人ばかりではない。
息子たちもそう思っているらしい。
が、私はごく普通の気性だと思っている。
ただ向こうが私の気を荒立てるようなことを言うからだ。
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・五十二の長男は私よりずっと古くさい。
「いつ電話かけてもおらへん。
年寄りは年寄りらしゅう、家に落ち着いていなはれ」
大きなお世話だ。
家にじっとしていると、恍惚の人に近づくのが関の山。
足腰立つうちに出歩いた方がよい。
私は習字教室を週に二度、市民会館で持たされていて、
四、五十人の婦人が集まる。
筆や墨の店、紙屋、表具屋へ行ったり忙しい。
長男が電話するのは、
「誰もおらん間にコロッといかれたら風が悪いよってな」
と外聞を気にする男である。
長男の嫁もよく電話してくる。
立て板に水で、
「治子ですけど、お元気?
何かありましたらお手伝いにあがります」
そして、こっちの言うことも聞かず切ってしまう。
ところで、およそ電話をしてこないのは三男である。
もう四十五にもなって、
銀行の支店長だの何だのと威張っているが、
銀行以外の世界は知らないのだから、
井の中の蛙である。
女房も銀行員の娘をもらった。
中学生の息子も銀行員にするらしい。
この息子は女房に巻かれっぱなしで、
私のことは思い出しもしない。
それを思うと腹が立つのでこっちから電話をかけてやる。
「あんた、ちっとはな、電話するもんやで。
七十六のお袋一人で住まわして世間の聞こえも悪い、
と思わへんのか」
「いや・・・そら・・・もう・・・お袋は丈夫やし」
「丈夫いうたかて、
私も今日は丈夫でも、コロッと、という場合もあるかもしれへん」
「わかってる、けど忙しいてな・・・」
「誰でも忙しいわ、
そこを電話してくるのが『かわいげ』いうもんやないかいな。
よろし、私ゃ一人でミイラになって、箕面(みのお)の方向いて、
うらめしや・・・」
箕面というのは三男の住む町のことである。
「どうせなら、西宮や豊中の方向いてほしわ」
西宮は長男、豊中は次男のいる町である。
「堪忍や、お母チャン」
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・ところでおかしいのは次男の電話である。
この男、鉄鋼会社に入って四十八才、
この男は息子たちの中でいちばん欲深で、
私の財産管理ばかり気にしている。
電話でしゃべっていちばんハラが立つのは、この次男である。
何を言うかといえば、上司のワルクチを言う。
会社の内紛を私にしゃべる。
よって私は次男の会社の内情、人間関係を、
頭に入れてしまった。
五十近くになって、実にけったいな息子である。
そのさまは、小学生のころ、外から帰ってきて、
(あのな、お母チャン、今日学校でな・・・)
と報告した子供時代を思い出させる。
なんでこういうことを、自分の女房に言わぬのだ?
「そんなこと道子さんにいうたらどうやねん」
道子というのは次男の嫁で、
かつ虚礼の大家、おしゃべり婆の娘である。
「あいつはあかんねん。
いやな話、聞きとうない、言いよんねん」
当り前だ。誰だって聞きたくない。
「なんでこんなトシヨリに言うのや」
こういう時に私は「トシヨリ」を主張する。
この次男、電話で来宅を予約する。
「今晩、家にいてるか?」
「あかん!」
「あかん、てどっか行くのんか、何しに、どこへ行くねん」
私はせせら笑いつつ、
「今晩は阪神巨人戦や、ナイター見んならん」
(次回へ)