・この話のあったのは、
二月上旬のこと。
十六日が吉日というので、
源氏は裳着の式を行うことにして、
玉蔓にいろいろ話した。
内大臣との会見の様子。
裳着式の心得。
心こまやかに注意を与える源氏は、
やさしい父親の態度であった。
玉蔓は、
うれしくも慕わしい心地になりながら、
さすがに、実父に会える喜びは強かった。
源氏は、
夕霧にも事情を打ち明けた。
夕霧はうなずきながら、
心中ひそかに合点していた。
いつぞやかいま見た、
源氏と玉蔓のただならぬ痴態は、
あれはやはり、
実の父娘ではないためなのだ。
それならば、
自分と玉鬘姫とのあいだに、
恋が生まれても、
べつにけしからぬ道理はない・・・
と夕霧は思って、
いやいや、考えれば、
あの玉蔓は、
恋人、雲井雁の姉君に当たる人ではないか、
と真面目な青年は思い返し、
みずからをいましめた。
裳着式の当日、
三條の大宮から、
忍びやかなお使いが来た。
おばあちゃまからの贈り物として、
新たに増えた孫の玉蔓に、
今日の式のための櫛箱を下さった。
「尼の私がお祝いするのも、
ふさわしくございませんが、
長生きだけはあやかって下さいまし。
かわいい孫が一人増えて、
うれしく思っております」
というお手紙が添えられてある。
源氏はそれを見て、
「昔は美しい字をお書きになるかただった・・・
お年を召して、
字もふるえがちだ」
と感無量である。
今日の式のために、
あちこちから贈り物が届けられた。
他の夫人たちからも、
それぞれ趣向を凝らして、
衣、櫛、扇などみごとな物を調えて贈った。
東の院の人々は、
六条院の女君とは身分も立場も違うので、
裳着式のあることは聞いていたが、
遠慮して控えていた。
その中で、
末摘花の君だけは、
型通りの贈り物を調えないと、
気がすまぬたちである。
青鈍色の細長、
古風な昔ものの色褪せた袴、
紫色が白く飛んでしまったような小袿。
それらを衣装箱に入れ、
大層に包んで贈った。
手紙には、
「私などが贈り物をさしあげますのは、
どうかと存じますが、
知らぬ顔をするのもどうかと思いまして。
つまらぬものですが、
お付きの人々にでもさしあげて下さいまし」
源氏はそれを読んで、
顔が赤くなる気がする。
舌打ちしたい思いで、
「またよけいなことをする人だ。
とんまな人はいっそ引っ込んでいればいいのに、
へんな所で律儀にやるから、
却って恥をかく」
そういいながら、
玉蔓に、
「しかし、
返事はさしあげて下さい。
気にするだろうからね。
亡き父宮(秩父宮)が、
大切にしていられた姫なので、
それを思うと哀れでもある」
末摘花は歌も入れていた。
<わが身こそうらみられけれ唐ごろも
君がたもとに馴れずと思へば>
(長いことあなたと離れて住んでいる、
わが身が恨めしゅうございます)
常套的な儀礼の歌である。
(あいかわらずだな・・・
歌は進歩していないし、
字に至っては後退している)
源氏はしまいにはおかしくなってきた。
「この歌を詠むのに、
何日かかったことやら。
この歌の返事は私がしよう」
といって、
さらさらとしたためた。
「よけいな贈り物は、
なさらぬ方がましですよ」
玉蔓に見せると、
「あんまりですわ。
そんな・・・
まるでからかっていらっしゃるみたいで・・・」
「なあに。
これくらいいわないと分からない人でしてね。
いった方があの人のためなのです」
(次回へ)