むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

24、行幸 ③

2023年12月30日 08時57分37秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・この話のあったのは、
二月上旬のこと。

十六日が吉日というので、
源氏は裳着の式を行うことにして、
玉蔓にいろいろ話した。

内大臣との会見の様子。
裳着式の心得。

心こまやかに注意を与える源氏は、
やさしい父親の態度であった。

玉蔓は、
うれしくも慕わしい心地になりながら、
さすがに、実父に会える喜びは強かった。

源氏は、
夕霧にも事情を打ち明けた。

夕霧はうなずきながら、
心中ひそかに合点していた。

いつぞやかいま見た、
源氏と玉蔓のただならぬ痴態は、
あれはやはり、
実の父娘ではないためなのだ。

それならば、
自分と玉鬘姫とのあいだに、
恋が生まれても、
べつにけしからぬ道理はない・・・

と夕霧は思って、
いやいや、考えれば、
あの玉蔓は、
恋人、雲井雁の姉君に当たる人ではないか、
と真面目な青年は思い返し、
みずからをいましめた。

裳着式の当日、
三條の大宮から、
忍びやかなお使いが来た。

おばあちゃまからの贈り物として、
新たに増えた孫の玉蔓に、
今日の式のための櫛箱を下さった。

「尼の私がお祝いするのも、
ふさわしくございませんが、
長生きだけはあやかって下さいまし。
かわいい孫が一人増えて、
うれしく思っております」

というお手紙が添えられてある。

源氏はそれを見て、

「昔は美しい字をお書きになるかただった・・・
お年を召して、
字もふるえがちだ」

と感無量である。

今日の式のために、
あちこちから贈り物が届けられた。

他の夫人たちからも、
それぞれ趣向を凝らして、
衣、櫛、扇などみごとな物を調えて贈った。

東の院の人々は、
六条院の女君とは身分も立場も違うので、
裳着式のあることは聞いていたが、
遠慮して控えていた。

その中で、
末摘花の君だけは、
型通りの贈り物を調えないと、
気がすまぬたちである。

青鈍色の細長、
古風な昔ものの色褪せた袴、
紫色が白く飛んでしまったような小袿。

それらを衣装箱に入れ、
大層に包んで贈った。

手紙には、

「私などが贈り物をさしあげますのは、
どうかと存じますが、
知らぬ顔をするのもどうかと思いまして。
つまらぬものですが、
お付きの人々にでもさしあげて下さいまし」

源氏はそれを読んで、
顔が赤くなる気がする。

舌打ちしたい思いで、

「またよけいなことをする人だ。
とんまな人はいっそ引っ込んでいればいいのに、
へんな所で律儀にやるから、
却って恥をかく」

そういいながら、
玉蔓に、

「しかし、
返事はさしあげて下さい。
気にするだろうからね。
亡き父宮(秩父宮)が、
大切にしていられた姫なので、
それを思うと哀れでもある」

末摘花は歌も入れていた。

<わが身こそうらみられけれ唐ごろも
君がたもとに馴れずと思へば>

(長いことあなたと離れて住んでいる、
わが身が恨めしゅうございます)

常套的な儀礼の歌である。

(あいかわらずだな・・・
歌は進歩していないし、
字に至っては後退している)

源氏はしまいにはおかしくなってきた。

「この歌を詠むのに、
何日かかったことやら。
この歌の返事は私がしよう」

といって、
さらさらとしたためた。

「よけいな贈り物は、
なさらぬ方がましですよ」

玉蔓に見せると、

「あんまりですわ。
そんな・・・
まるでからかっていらっしゃるみたいで・・・」

「なあに。
これくらいいわないと分からない人でしてね。
いった方があの人のためなのです」






          


(次回へ)

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