・源氏は、
明石の配流先で契った、
明石の上との間に出来た、
姫君の裳着の準備に、
没頭していた。
東宮も同じ二月に、
御元服される。
引き続いて、
この明石の姫君の、
入内があるはずだ。
明日はいよいよ、
明石の姫君の裳着の式である。
六條院では、
明日の儀式の音楽のため、
楽器をそろえたり、
殿上人が笛を吹いたりしている。
内大臣の息子の、
頭の中将、弁の少将などが、
挨拶に来たので源氏はとどめ、
楽器を運ばせて、
管弦の遊びが始まった。
息子の夕霧は笛を吹いた。
弁の少将は澄んだ声で、
催馬楽の「梅が枝」をうたう。
早春のあけぼのの空に、
合奏の音はたぐいなく、
おもしろく、
うららかに響きわたる。
人々は酒に酔い、
楽の音に酔い、
花の香に酔って、
あけがたようやく散った。
明石の姫君の裳着は、
西の対で、
戌の刻(午後八時)に始まった。
亡き六條御息所の姫君は、
源氏の後ろ盾で中宮に上がった。
その中宮の御実家は六條院の、
西の対である。
その西の対の放出(はなちで)に、
儀式の設けがされてある。
紫の上も、
このついでに、
中宮にお目にかかった。
式はとどこおりなく、
子の刻(夜中の十二時)に、
姫君は裳をつけた。
中宮が腰結をされるのも、
かつてないことである。
中宮は、
明石の姫君をご覧になって、
(まあ、美しい方だこと)
とお思いになった。
源氏は、
「ご好意に甘えて、
失礼なお役目をお願いしました。
のちのちの例にならぬかと、
恐縮しております」
と中宮に申し上げる。
中宮は、
「そんなたいそうな事とは、
わたくしも思いませんでしたのに、
お気を遣って頂きますと、
かえって心おかれまして・・・」
ととりなされるご様子が、
いかにもおやさしい。
(いいかただなあ)
と源氏は思う。
源氏は、
一人娘の門出ともいうべき式を、
無事済ませ、感慨深かった。
実母の明石の上が、
この晴れ姿を見られないのが、
ふびんで、源氏は、
よほど呼んでやろうかと思ったが、
人の噂を恐れて、
ついに呼ばなかった。
東宮のご元服は、
その月の二十日過ぎ。
東宮に姫君を入内させようと、
思っている人々は、
源氏の出方を待って、
ためらっていた。
源氏は、
「たくさんの女御がたが、
少しの優劣の差を争うのが、
宮仕えの面白みでもあり、
本意でもある。
すぐれた姫君たちが、
引き込んでしまわれては、
張り合いがなくてさびしい」
といったので、
まず左大臣の姫君が入内された。
麗景殿と申し上げる。
源氏は、
御所における、
自分の宿直所であった桐壺を、
明石の姫君のために、
修理した。
東宮も明石の姫君を、
まちかねていられるようなので、
入内は四月と決められた。
入内の調度類は、
華美をつくしてととのえられた。
(次回へ)