むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

28、梅枝 ①

2024年01月14日 08時32分23秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・源氏は、
明石の配流先で契った、
明石の上との間に出来た、
姫君の裳着の準備に、
没頭していた。

東宮も同じ二月に、
御元服される。

引き続いて、
この明石の姫君の、
入内があるはずだ。

明日はいよいよ、
明石の姫君の裳着の式である。

六條院では、
明日の儀式の音楽のため、
楽器をそろえたり、
殿上人が笛を吹いたりしている。

内大臣の息子の、
頭の中将、弁の少将などが、
挨拶に来たので源氏はとどめ、
楽器を運ばせて、
管弦の遊びが始まった。

息子の夕霧は笛を吹いた。

弁の少将は澄んだ声で、
催馬楽の「梅が枝」をうたう。

早春のあけぼのの空に、
合奏の音はたぐいなく、
おもしろく、
うららかに響きわたる。

人々は酒に酔い、
楽の音に酔い、
花の香に酔って、
あけがたようやく散った。

明石の姫君の裳着は、
西の対で、
戌の刻(午後八時)に始まった。

亡き六條御息所の姫君は、
源氏の後ろ盾で中宮に上がった。

その中宮の御実家は六條院の、
西の対である。

その西の対の放出(はなちで)に、
儀式の設けがされてある。

紫の上も、
このついでに、
中宮にお目にかかった。

式はとどこおりなく、
子の刻(夜中の十二時)に、
姫君は裳をつけた。

中宮が腰結をされるのも、
かつてないことである。

中宮は、
明石の姫君をご覧になって、

(まあ、美しい方だこと)

とお思いになった。

源氏は、

「ご好意に甘えて、
失礼なお役目をお願いしました。
のちのちの例にならぬかと、
恐縮しております」

と中宮に申し上げる。

中宮は、

「そんなたいそうな事とは、
わたくしも思いませんでしたのに、
お気を遣って頂きますと、
かえって心おかれまして・・・」

ととりなされるご様子が、
いかにもおやさしい。

(いいかただなあ)

と源氏は思う。

源氏は、
一人娘の門出ともいうべき式を、
無事済ませ、感慨深かった。

実母の明石の上が、
この晴れ姿を見られないのが、
ふびんで、源氏は、
よほど呼んでやろうかと思ったが、
人の噂を恐れて、
ついに呼ばなかった。

東宮のご元服は、
その月の二十日過ぎ。

東宮に姫君を入内させようと、
思っている人々は、
源氏の出方を待って、
ためらっていた。

源氏は、

「たくさんの女御がたが、
少しの優劣の差を争うのが、
宮仕えの面白みでもあり、
本意でもある。
すぐれた姫君たちが、
引き込んでしまわれては、
張り合いがなくてさびしい」

といったので、
まず左大臣の姫君が入内された。

麗景殿と申し上げる。

源氏は、
御所における、
自分の宿直所であった桐壺を、
明石の姫君のために、
修理した。

東宮も明石の姫君を、
まちかねていられるようなので、
入内は四月と決められた。

入内の調度類は、
華美をつくしてととのえられた。






          


(次回へ)

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