・源氏は、
是が非でも朝顔の宮との結婚を、
強行する意志はなかったが、
宮の気高いひややかさ、
情の強さが恨めしく、
このまま引き下がるのが、
いかにも残念だった。
いまの源氏は、
天下一の人として世の声望もあり、
分別にも富み、
経験を積んで酸いも甘いもかみわけた年ごろ。
今さらの浮気沙汰は、
世間の批判を招こうかと思うが、
しかし失恋したということになれば、
いよいよ世の物笑いになるであろう。
(どうしたものか・・・)
と内裏泊りを重ねて、
私邸の二條院へ帰らぬ夜が続いた。
紫の上は、
冗談ごとと見過ごしがたくなっている。
しおれて涙ぐむこともあった。
それを見ると、源氏もいとしくて、
やさしくささやく。
「藤壺女院がお崩れになって、
主上がたいそう淋しがっていられるのが、
おいたわしくてね。
それに太政大臣もいられなくなって、
政務を譲る人もいなくて忙しいのだ。
わが家にいることが少ないのを、
あなたは疑うのは無理はないが、
そんな心配はいらない。
いくら私でも、
今となってはよその女人にどうこう、
ということなど、あるはずもない」
短い定めない世に、
愛する者からこうまで恨まれるのは、
つまらないと源氏は思った。
何といっても、
紫の上は源氏にとって、
誰にもかえられない恋妻であった。
源氏は人の世のはかなさに、
おびえている。
六條御息所も藤壺の宮も、
逝ってしまわれた。
人はもろいのだ。
物欲を信ずる者は永遠を信じ得ようが、
愛を信じる人間は、
人の命の有限を知って、
おののかずにはいられない。
一日中、
紫の上のご機嫌をとっていた。
源氏は御簾を上げさせた。
冬枯れの前栽は草木も淋しく、
遣水も凍って、氷が張っている。
源氏は元気のいい女童たちを庭に下ろし、
雪ころがしをさせた。
少女たちは大喜びで、
雪遊びに熱中しはじめる。
小さな女の子たちは走り回り、
源氏と紫の上の前ということも忘れ、
はしゃいで遊んでいる。
静かな雪の庭に、
可愛い声がみちて、
辺りへひろがっていった。
源氏と紫の上は、
部屋でそれを見ながら、
しんみりと落ち着いてゆく。
源氏はさすがに、
紫の上に朝顔の宮とのことは、
打ち明けられなかった。
紫の上は、
朝顔の宮のことについては、
自分の取り越し苦労かもしれない、
と思うようになっていた。
庭を見やる紫の上の横顔の、
何とまあ恋しい藤壺の女院に、
紛らわしくも似ていることか。
朝顔の宮に向いていた心が、
取り戻される気がした。
(次回へ)