むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

35、夕霧 ⑤

2024年03月24日 08時16分44秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳





(イチゴの花)







・夕方、
母君、御息所から重ねて、
ご催促があり、宮は、
重い足を運ばれる。

御息所は苦しい中、
起き上がり、

「親子は一世の縁と、
申しますから、
次の世ではめぐりあえません。
こんなにむつまじく過ごしてきて、
今となればそれも、
却って辛うございます」

とお泣きになった。

宮も悲しくなられて、
お返事もお出来にならない。

宮は内気な性格で、
昨夜のことをはきはきと、
弁明なされるような、
方ではなくただ恥ずかしく、
お思いになっている。

御息所はいとおしくて、
それ以上おたずねに、
なれなかった。

日が暮れた。

御息所手ずから、
宮にお食事をすすめられる。

そこへ夕霧から手紙が来た。

さすがに御息所は、
お気になさる。

御息所は、
もともと宮を、この先、
内親王の運命にふさわしく、
独身のまま生涯を、
過ごさせたいと、
お思いになっていたが、
もし、夕霧から求婚があれば、
それはそれで許してもよい、
とお気弱になっていられた。

しかし手紙が来た、
ということは、
本人は今日は、
来ないつもりらしい。

御息所は胸騒ぎなさって、
夕霧の手紙をご覧になる。

「情け知らずのお心でした。
一度立った浮名は、
堰き止められるものでは、
ありませぬ。
私はもう何をするか、
わかりません」

御息所は読み果てられない。
後朝(きぬぎぬ)の文にしては、
おごった手紙、
自身はおいでにならず、
実がないとお思いになる。

あれこれ思い悩まれて、
ご気分の悪いのを押して、
夕霧大将の真意を知りたいと、
お返事を書かれた。

「先の長うもありませぬ、
私を気遣うて、
宮が見舞いにお越しの折、
お文が参りました。
お返事をすすめましたが、
気分が晴れぬようですから、
私が代ります。

<女郎花しおるる野辺を
いづことて
一夜ばかりの宿に借りけん>」

とお書きになって、
横になられたが、
たいそうお苦しげになり、
容態が変ってゆく。

女房たちは騒ぎ立て、
僧たちは、
いそいで大声で祈祷を始める。

宮に「あちらへ」
と申し上げるが宮は、
「お母さまのそばに」
とついていられる。

夕霧大将は、
その日の昼頃、
自邸へ帰った。

今夜も小野へ出かけたいが、
妻の雲井雁は、
快かろうはずはない。

宵を過ぎるころ、
小野から御息所のお文が届いた。

お具合が悪い時に、
書かれたらしく、
乱れた筆跡は読み辛く、
灯を近く寄せて見ていると、
雲井雁が目ざとくみつけ、
奪ってしまった。

「何をする。
それは六條院の花散里の上の、
お文だ。
お風邪で悩んでいられるのを、
お見舞いをさしあげた、
お返事だ。
見なさい。
恋文のようかね。
それにしても、
品の悪いことをなさる」

夕霧は嘆息して、
未練そうな顔は見せず、
取り返そうともしない。

雲井雁は夫が、
一向に動じないので、
自分のやったことが、
反省されたらしい様子。

夕霧はうまくだまして、
取り返そうと思っている。

「前から浮気っぽい方なら、
私もそのつもりでいます。
律儀な方と信じていたから、
どうしていいか心配です」

「私のどこが心配なんだ。
よくないことを告げ口する人が、
あるらしいが、
あちらの宮さまにも、
お気の毒だ」

結局は宮を、
妻の一人とすることに、
なるだろうと夕霧は思うので、
強く否定はしない。

そ知らぬ顔で寝たものの、
内心、手紙を取り返そうと、
気が気でなかった。

(御息所のお文だった。
何が書いてあったのだろう)

雲井雁が寝入ってから、
しとねの下など探したが、
ない。

隠したのだろうか。

夜が明けたが、
夕霧は起きないでいる。

雲井雁は子供たちに起こされて、
起きたのでその間に、
探ったが見つからなかった。

雲井雁の方は、
夕霧がそれほど手紙に、
執着しないので、

(恋文ではなかった)

と思ったので、
気にもとめない。

手紙のことなど、
すっかり忘れてしまった。

夕霧は手紙のことしか、
考えていない。

何やかやしているうちに、
日暮れになって、
やっと夕霧は、
居間の敷き物の下から、
手紙を見つけた。






          


(次回へ)

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