(イチゴの花)
・夕方、
母君、御息所から重ねて、
ご催促があり、宮は、
重い足を運ばれる。
御息所は苦しい中、
起き上がり、
「親子は一世の縁と、
申しますから、
次の世ではめぐりあえません。
こんなにむつまじく過ごしてきて、
今となればそれも、
却って辛うございます」
とお泣きになった。
宮も悲しくなられて、
お返事もお出来にならない。
宮は内気な性格で、
昨夜のことをはきはきと、
弁明なされるような、
方ではなくただ恥ずかしく、
お思いになっている。
御息所はいとおしくて、
それ以上おたずねに、
なれなかった。
日が暮れた。
御息所手ずから、
宮にお食事をすすめられる。
そこへ夕霧から手紙が来た。
さすがに御息所は、
お気になさる。
御息所は、
もともと宮を、この先、
内親王の運命にふさわしく、
独身のまま生涯を、
過ごさせたいと、
お思いになっていたが、
もし、夕霧から求婚があれば、
それはそれで許してもよい、
とお気弱になっていられた。
しかし手紙が来た、
ということは、
本人は今日は、
来ないつもりらしい。
御息所は胸騒ぎなさって、
夕霧の手紙をご覧になる。
「情け知らずのお心でした。
一度立った浮名は、
堰き止められるものでは、
ありませぬ。
私はもう何をするか、
わかりません」
御息所は読み果てられない。
後朝(きぬぎぬ)の文にしては、
おごった手紙、
自身はおいでにならず、
実がないとお思いになる。
あれこれ思い悩まれて、
ご気分の悪いのを押して、
夕霧大将の真意を知りたいと、
お返事を書かれた。
「先の長うもありませぬ、
私を気遣うて、
宮が見舞いにお越しの折、
お文が参りました。
お返事をすすめましたが、
気分が晴れぬようですから、
私が代ります。
<女郎花しおるる野辺を
いづことて
一夜ばかりの宿に借りけん>」
とお書きになって、
横になられたが、
たいそうお苦しげになり、
容態が変ってゆく。
女房たちは騒ぎ立て、
僧たちは、
いそいで大声で祈祷を始める。
宮に「あちらへ」
と申し上げるが宮は、
「お母さまのそばに」
とついていられる。
夕霧大将は、
その日の昼頃、
自邸へ帰った。
今夜も小野へ出かけたいが、
妻の雲井雁は、
快かろうはずはない。
宵を過ぎるころ、
小野から御息所のお文が届いた。
お具合が悪い時に、
書かれたらしく、
乱れた筆跡は読み辛く、
灯を近く寄せて見ていると、
雲井雁が目ざとくみつけ、
奪ってしまった。
「何をする。
それは六條院の花散里の上の、
お文だ。
お風邪で悩んでいられるのを、
お見舞いをさしあげた、
お返事だ。
見なさい。
恋文のようかね。
それにしても、
品の悪いことをなさる」
夕霧は嘆息して、
未練そうな顔は見せず、
取り返そうともしない。
雲井雁は夫が、
一向に動じないので、
自分のやったことが、
反省されたらしい様子。
夕霧はうまくだまして、
取り返そうと思っている。
「前から浮気っぽい方なら、
私もそのつもりでいます。
律儀な方と信じていたから、
どうしていいか心配です」
「私のどこが心配なんだ。
よくないことを告げ口する人が、
あるらしいが、
あちらの宮さまにも、
お気の毒だ」
結局は宮を、
妻の一人とすることに、
なるだろうと夕霧は思うので、
強く否定はしない。
そ知らぬ顔で寝たものの、
内心、手紙を取り返そうと、
気が気でなかった。
(御息所のお文だった。
何が書いてあったのだろう)
雲井雁が寝入ってから、
しとねの下など探したが、
ない。
隠したのだろうか。
夜が明けたが、
夕霧は起きないでいる。
雲井雁は子供たちに起こされて、
起きたのでその間に、
探ったが見つからなかった。
雲井雁の方は、
夕霧がそれほど手紙に、
執着しないので、
(恋文ではなかった)
と思ったので、
気にもとめない。
手紙のことなど、
すっかり忘れてしまった。
夕霧は手紙のことしか、
考えていない。
何やかやしているうちに、
日暮れになって、
やっと夕霧は、
居間の敷き物の下から、
手紙を見つけた。
(次回へ)