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芭蕉『貝おほひ』寛文十二年正月廿五日 伊賀上野松尾氏 宗房 釣月軒にしてみづから序す   松尾氏宗房撰

2024年08月12日 10時29分03秒 | 俳諧 山口素堂 松尾芭蕉

芭蕉 『貝おほひ』 寛文一二年 

小六ついたる竹の杖ふしぶし多き小歌にすがり、
あるははやり言葉のひとくせあるを種として、
いひ捨られし句どもをあつめ、右と左にわかちて、
つれふしにうたはしめ、其のかたはらにみづからは、
みぢかき筆の辛気ばらしに、清濁高下を記して、
三十番の登発句を思ひ太刀、
折紙の式作法もあるべけれど、
我まゝ気まゝに書ちらしたれば、
世に披露せんとにはあらず。
名を『貝おほひ』といふめるは。
合せて勝負を見るものなれは也。
又神楽の発句を巻軸に置ぬるは、
歌にやはらぐ神心といへば、
小うたにも予が心ざす所の誠を
てらし見給ふらん事をあふぎて、
當所あまみつおほん神の
みやしろのたむけぐさとなしぬ

寛文十二年正月廿五日
伊賀上野松尾氏 宗房
釣月軒にしてみづから序す
  松尾氏宗房撰

一 番
左  勝
にほひある色や伽羅ぶしうたひ初   三木

春の歌やふとく出申すうたひぞめ   義正

 左の句は匂ひも高き伽羅ぶしの、
うどんけよりもめづらかに覚侍る。
右も又春の歌はふとく大きにと云ふより
まことに大昔のほどもしられ侍れども、
一聲二ふしともいへば猶、
匂ひある聲に心ときめき侍りて、仍左を爲勝

二 番
左  勝
紅梅のつぼみやあかいこんぶくろ   此男子

見分に梅をたのむや児ざくら     蛇足

 左の赤いこんぶくろは、
大阪にはやる丸の菅笠と、
うたふ小歌なればなるべし。
右梅を兄分にたのむ児桜は、
尤たのもしき気ざしにて侍れども、
打まかせては梅の発句と聞えず、
児桜発句と聞こえ侍るは、
今こそあれ、われも昔は衆道ずきのひが耳にや。
とかく左のこん袋は、
趣向もよき分別袋と見えたれば、
右の衆道のうはき沙汰は、
先思ひとまりて左を以為勝

三 番
左 なく聲やけに伽羅のはし匂ひ鳥    露節
右  勝
 薮にすむうぐひすのうたやお竹ぶし   哉也

 左、伽羅の橋をかきょいのとあるを、
匂ひ鳥のはしに取なされたるは、
げによくさへづられたる口ばしなれども、
右のおたけぶし藪にすむといふより、
言葉の茂りも深く、いくふしも籠りて、
是も百姓の納米のくだけたる所もなく、
上々蟲いらずとかや申侍らん

四 番
左 さかる猫は気の毒たんとまたゝびや  信乗母
右  勝   
  妻戀のおもひや猫のらうさいけ    和正

 猫にまたゝびを取つけられたる左の句、
法珍らしきふしを見出られたるは、
言葉の花がつをともいふべけれども、
きのどくと云言葉、
さのみいらぬ事なれば少し難、
これ有てきのどくに侍る
 右、また猫のらうさいと云小歌を、
つま戀に取合されたるは、
よい作にやきんにやうにや。
かの柏木のいにしへねうねうとなきし、
わすれがたみ叉源氏の宮を、
木丁のすき垣に見しも、
いづれも猫の引綱の思ひ捨がたけれど、
右の句さしたる難もなければ為勝

五 番
左 持
牛馬の糞ふみわけて雪間かな     貞好

消残る雪間や諸足ふんこんだ     一友

左の句、雪間をふみわけしつめたさは、
うきうきどつこい、
うき世に住めばうさこそまされと、
うたふはしかあるべし。
太山(みやま)かけ道へ引き出されたる
牛馬の糞のふんこつげに珍重に覚え侍る。
 
右の句、雪にもろあしまでふみ込んだるは、
草履のうらもたまゐまじく、
足もとしらすの鹿相ものと見え侍れども、
一足とんだら作意もをかしく、
また雪に立しためしもなきにあらねば、
持とさだめぬ。

六 番
左 勝
  きやん伽羅の香ににほへかし犬桜   正之
右                                                                                                  
  見にゆかんとつと山家のやまざくら  意見

 左の句、伽羅の香に句へとは、
一句もやさしく、
手ざはりもむくむくと
むく犬の尾もしろき作意なるに、
右の句さのみ言葉のたくみも見えず、
とつと山家のいよ古狸とうたふ小歌なれば、
秀逸物の犬楼に狸は喰ひふせられ侍らん

七 番
左 持
たぐりよせんから糸ならばいと桜   簾尼
右       
  春風になれそなられそ江戸楼     信乗母
 
唐糸の句は、
長太郎ぶしと聞えよくいひかなへられて、
此世のものとも覚えぬは。
から糸なればなるべし
 右、またこむろぶしの江戸衆になれそといふを、
春風になれそと作り立られしは、
花を惜む心ふかくいづれも捨がたく特に定侍りき

八 番
左  勝
うたへるや晩鐘寺ぶしの暮の花    鋤道

 種ならばまかせておけろ花ばたけ   指盞子

左は山寺の春の夕暮も思ひ出られ、
晩鐘寺の花の作意げにおよびなき所なり。
 右の句、花の種をまかせが定なら、
といてロ説てかたりて聞せ侍らん種を、
まかるゝと優に聞ゆれど、
浮世五十年一寸もまだのびぬ、
花の枝咲きまでの間遠なれば、
先づ目の前の晩鐘寺の、
けふの花見こそたふとけれ仍左を爲勝

九 番
左 勝
鎌できる音やちよいちょい花の技   露節
 右
きても見よ甚べが羽折花ごろも    宗房(芭蕉)

 左、花の枝ちょいちょいとほめたる作意は、
誠に誹諧の親々ともいはまほしきに、
右の甚兵衛が羽折はきて見て、
我おりやと云心なれど、
一句の仕立もわろく染出す
こと葉の色もよろしからず
みゆるは愚意の手づゝとも申べし。
其上左の鎌のはがねも堅さうなれば、
甚べがあたまもあぶなくてまけに定侍りき

十 番
左 持
啼さわげにほんつゝみの無常鳥    政定

ゆかしきや山の尾常はなきやらもの  和久

 左は、
日本堤の無常の畑も立のびたる句の姿は、
子規のとりなりもよく見え侍るに
 右の句は、
窓なきさうなおつねの顔も、
ずんといやな気なれども、
左にひつびけうんのめと、
うたふ小歌なれば、
お常のしやくも捨がたくて、
 いづれのかちまけをも
えさだめ侍らぬはこゝろき判者なめり。

十一番
左 勝
  郭公谷から峯からこんゑをせい    吉之

鶯の玉子じやとおしやるかほとゝぎす 一意 
 
左は木鑓の音頭と聞えて、
くどく言葉の中のつな扨も
見事によう揃うた。
右の句、鶯のかひこの中の郭公と
云心をふくみ脈のふしをあらせて、
賢者に見すれば玉子じゃとおしゃるといふ
小歌をかり加へられ侍る。
伊勢のおたまが事に出れば、
玉の句といはんに、
難なかるべけれど、
左の谷から峯から
こゝはちつくりこざかしくいひ出されし
大持に心はひかれ侍り

十二番
左 勝
小六方の木さしや菖蒲かたなの身   義子
右 菖蒲刀中や檜の木のあらけづり    雫軒

 これさ爰許へ小六方と
ほざけだいたるで
つちはうるしいこんではあるでぱあるぞ
 右の刀は源五兵衛をとこの長脇差のさやは
三文下緒は二文しめて
五文の銭うしなひのやすものと見え侍る。
右の六方はいかさまロ舌を
菖蒲刀のよきものにて侍れば、
檜の木のあら削り太刀打にも及べからず
                                     
十三番
左 
蚊やり火にわれも木管が娘かな    辿窓
右 勝
  ふすべられたはん半夜の蚊遣かな   義正

左の句、木売りがむすめとは、ふすべられたまと云を、
残したるてにをは一句の立ちすがたも
しほらしく山家のものとも見えねど
 
宍右の句、たはんはと云ふもを言葉にことわられたるは、
かやの木どくに思ひよられたり。
其上木売りむすめにふすべられて、
われもむかひ火つくらんもむづかしけければ、
ただ右の半夜のけぶり立まさり侍らんかし
   
十四番

左 持
かゞぱやな小舞あふぎの織との絵

扉もや折ふし風が吹て来た

 左はかの孫三郎が織手をこめし織ぎぬの
いとしほらしき舞振也

右の句析節かぜが吹てきたと云小歌、
扇にいひ叶へられたれば、
あなたの方へはからころびやう、
こなたの方へはからころびよつと、
勝まけを定めか一ねしは
摸陵の手をはなさぬ扇のかなめも、
 むくの葉、木賊のみがき骨とも云べければ
扇角力のかちまけなく特に物さだめし侍る

十五番

左 持
すだれごしの月やいよ此おもしろい  貞好
  右
  半夜させやあ此宵の月のかけ     指盞子

 左は、いよこのとうたふを伊豫にとりなされたるは、
すだれのあみ目をおどろかし。
何よりもつておもしろい
 
右もまた、ゐやひ踊の拍子と見えて、
やあ此さいた太刀をぬきんでたる作意は、
さやロのきいたる所侍るまゝよき
持と定めまいらせたり

十六番

左  勝
  月の舟や今宵はどこがお泊じや    信乗母

月の雲よひよひなんど出つ入つ    三竿

 右の句、はりまの國の書寫むしや
寺がおとまりになれば御法のふねにうたがひなく、
月の光をはなつこと光明遍照十方世界
のまん中とは此発句をや申べき
 
 右もまたよいよいなんどと、
踊るうちこそ佛なれとうたふ故にや、
句作り殊勝に侍りて、有がたき作意なれど、
地ごく踊の小歌なれば、
精霊のおばゞを祭る盆の折からかりにも
鬼の沙汰を嫌ひて、憎さけなるつらつき抹香くさく
織面つくり批判して以左為勝

十七番

左 
ちよいと乗りたがるやたれも駒哨むかへ 吉之
右 勝
むかふ駒の足をはぬるやひんこひん   雫軒

 左、伊勢のお玉は、あふみかくらかといへる小歌なれば、
たれも乗りたがるはことわりなるべし
 右。ひんこひんとはね廻るは、
まことにあら馬と見え侍れども、
人くらひ馬にもあひロとかやにて、
右の馬に思ひ付侍る。
左の誰も乗りたがる馬は
ちとかんよわのうち気ものとしられ侍れば
 ふみ馬御免のあしもとをば早く引てのがれ候へかし

十八番                    

左 勝    
  ほの上も大たばに出よ稲の束     適意

  かぶけるは稲のほのじそ京女蕩    城吹
   
左の句、大束と云を稲の束にゆひまはされし事、
かなたこなたをかり集めて、鎌のえならぬ
 句作りにはわらの出べきやうもなし
  
又右の京女郎、にほのじはたれもすきくはの、
かねがね望む事なれど稲のとのを持たれば
我妻ならぬつまなりと先づ此戀はさしおくて、
田のひつぢばえは其の儘にて左を勝とさだめ田

十九番

左 持
  鼻息もむせてくんのむ新酒かな    此男子

温のめとあたゝめかゆる新酒かな   哉也
 
左右の新酒味ひ、いづれかときいてみるに
鼻息もむせてくんのむ新酒はからロとみえて
誠にあまけの去りたる句作り也
 
右の句、温のめと云ことばを下にて
あたゝためかゆるとことわられし事
風味のよきはさらにて實あすをもしらぬ身なれば、
よき亭主ぶりもうれしくて、
いづれの勝負けをもえさだめ侍らぬは
判者もひとつなるロにや

二十番
  
左 勝
  鹿をしもうたはや小野が手鉄砲     政輝
 右
  女夫度や毛に毛が揃うて毛むづかし   宗房(芭蕉)
 
左の発句、小野と云より鹿とつゞけられ侍るは、
かの紫のしなものひかるお源の物語にも
小野に鹿のけしきを書つらね侍りしより、
尤よくとり合されたるなるべし、
其上おのがてつぱうと云を、
取なされたる鉄砲の寸のロかしこく打出されたる
玉の句とも云ふべければ、
火縄のひでんを打べきやうもなし
 
 右の女鹿委しく論をせんも、
けむづかもければ
あぶなき筒先あしばやに包のき侍りぬ

二十一番

左 
土佐男鹿の妻の名もいとし萩の花    鼻毛
右 勝
  みそ萩やほそけれど長いほんのもの   石ロ

左、萩を鹿の妻といへるを、
をかしくうたひなされ侍れば、
みそ萩のほそけれど長いと云處を
 能考へて心のおくをついて見るに、
ほそ長き故にや一句もすらりと立のびてなれ合たり。
左の発句には、
はるかにこえたやつさ大いかい物とや申さん

二十二番

左 勝
とりやけばゞが右の手なりの紅葉かな  三木

 もみちぬと来て見よがしの枝の露    蚊足
 
左の句、紅葉のきめうの作意也
 右の句、よくいひ叶へらね侍れども、
もみぢぬかしを好まるゝは、
異風なろ物数奇にて、色にふけらぬ人ならべし。
左の婆々が右の手の赤くなるは、
いかさま戀をすきものゝ言葉の品も
大むすこも雲泥萬里のたがひあれば、
かゝるめでたき折節を
来てみよがしの木刀ならば
一本かたげて、のがれ候へ 

二十三番

左 勝
  しつぽとやぬれかけ道者北時雨    餘淋

しぐる昔やさつさやりたし簑と笠   政當

 左のぬれかけ道者はぼつとりものゝしなものゝ、
袖にしぐれの通りものとや申さん
 右の句さつさやりれしなんしゆんさまとうたへば、
あつたものぢやないはさてと、
いいはまほしけれど、
とてもぬれよならなまなかしぐれはいやよ、
君がなみだの雨にしつぽと
ぬれかけ道者を例のかちとや定めむ

二十四番   

左 持                                     
洒の酢やすちりもちりの千鳥足

から臼の代のちんどり足をふめ

左の洒の酔いは、まことに一盃過たると見えて
足もとはよろくと弱く侍れども、
一句たしかにいひ立られて下戸ならぬこそ、
男はよけれともいへば、おもしろく侍るに、
右のちんどり足とほとほと踏み鳴らすから臼は、
天の原をふみとどろかす
神鳴の挟み箱もちの器量にもすぐれて、
骨ぐみつよく足の筋骨もたくましければ、
作者のちからも強さうにて、
いづれも千鳥のあしき所なければ、為持

二十五番

左 
しやうことかたまらぬものはみぞれかな 鼻毛
右 勝
みぞれ酒元来水ぢやとおぼしめせ

左の句、しやうことかたまらぬどいはれしは、
みぞれの古句ども見えず。
われも面白てたまらぬに、
右は元来水ぢやと云小歌をみぞれ酒に作られたるは
桶の底意深くいひ立てられ
樽のかがみともなるべき句なれば、
かん鍋のふた目とも見ずかちのかちとさだめぬ。
されど判者もひとつ過て耳熟し
目もちろちろりのみぞれ酒のみこみ違ひも有やせん。
かやうにはほむるともさのみに勿體付きすな  

二十六番

左 持
わろ言はかんからめける氷かな     勝言

そこでさせ氷のしたの月のかげ     城次

左の句、こがねのはしはかんからめくにと云
小歌を割つくどいつ云立られたれば、
氷のはり骨にて、自慢せらるゝもことわりなるべし
 右又、居合踊のそこでさせと云を
氷にとぢあはされたるはげによく思ひ
月影のひかつた句作とも申べけれぱ、
勝まけのわいだめをさだめんこと
おろかなろざえのおぼつかなく、
深き淵に臨むがごとくうすき氷をふんでとりて、
持ときはめ世の人のそしりを、
けふよりしてのちわれまぬかれんぬるかな

二十七番


越後布か松の葉はんの雪のいろ
右 持
降つもる雪やしら藤こふじ山

 雪の色を越後布に見立られたる左の句は
けにも手きゝのしわざにて
あさ糸のよりもよくかゝりたるにや、
わらはれぬ作意なれども松の葉はんと云事、
小歌のふしは尤ながら、一句のはたらき見え侍らず
 右は、しら藤こふじを、
富士に取なされ候ことまことに
名高き不二にはいかでか肩をならべ侍らんと、
左の越後布を安うりにまけさぜたるは、
さぞもとねになりかねや侍らん

二十八番

左 持
炭の荷や付てうるしいこんだ馬     吉勝

炭頭けぶるやすんといやな木ぢや    善勝

 左、炭をうると云かけられたるは、
げにうるしいこんだ馬のあしき處なく、
一句もよくいひ立がみの、けおされぬ作者也
 右の句、ずんといやなきとはあれど、
気のどくたんといひ叶られたれば
今更けし炭となさんともおぼえず、
勝負に世話をやく炭がまの
口々いづれも捨がたくて持と定め侍りき

二十九番

左 勝
掃除して瓢箪たゝきや炭ほこり
右 
  炭焼やおのが先祖はよくしつた

左、炭とりべうたんをたゝきて掃除したるは、
手もまめなる處あらはれて奇麗なる我句也
右は、野郎ざふとく出申な、
おのが先組はよく知つたと云ふを、
小野炭に取なされたる事、
尤炭頭をかたふけて感じ入侍れども、
先祖をよくしられん事わきまへがたく、
只左のへうたんの軽口にまかせて、
勝と定めたるはをかしき判とゆふがほの、
ひょんな事にやあらんかし

三十番

左 勝
  犬の鈴やきくびしやだんの神々祭    此男子

舞衣やをかみの出立御察神子      一友

左の犬の鈴の句、まことに人作の及ぶ所にあらねば、
いきくび社壇もうごき、
御社のおやぢさまも御感心浅からす。
末社のほこらのこやくまでも、
いきくびごたいをかたぶけられん事
うたがひなくおほえられ侍る

 右のをかみの舞衣、ひとへに聞えて、
手うすき作意なれば、まけの上のまけたるべし。
とかく息災延命の神楽歌を舞のきにのき給へとぞ。
 
 附貝於保飛跋
松尾氏宗房稚仲為予断金之友、
其性嗜滑稽潜心於詼諧者幾換伏臘矣、
今茲春正月閑暇之日以童謡俚近之語作狂句者
総若于釆而輯之分是於左右以判断
其可否誠錦心ロ撃節嘆賞焉瑶後序
鯫生素以切偲之情不忍袖手旁、
文雖漸羊豹僣一言以続于後云
      寛文壬子孟春日
 
  伊陽被下横月漫跋

 貝おほひ 俳諧大辞典
 かいおおい

❖俳諧発句合。
❖松尾宗房(芭蕉)著。自序。横月跋。
❖寛交十二年(1672)
❖一名、「三十番俳諧合」という如く、芭蕉が郷里伊賀上野の諸俳士の発句に自句をも交え、これを左右につがえて三十番の句合とし、更に自ら判詞を記して、勝負を定めたもの。
❖書名は遊戯「貝おほひ」の「合せて勝負を見る」ところに由来したものであろう。
❖序に「寛文十二年正月二十五日、伊賀上野松尾氏宗房、釣月軒にしてみづから序す」とある通り、出京して数年間、季吟門に遊んだ若き日の芭蕉が、上野に帰郷してこの書を編し、折から菅公七百七十年の忌日に産土の天神に奉納したものと思われる。
❖板本は久しく行方を失していたが、昭和十年の秋出現して、現在天理図書館納屋文庫に収められている。❖他に、東大付属図書館蔵の旧洒竹文庫本に、柳亭種彦自筆自注書入本と、横本の校本とがある。前者は本書中の小唄や流行詞に、種彦が出典を示したりした略註がついている。
❖後者は版元に「芝三田二丁目、中野半兵衛、同庄次郎開板」と記されていて、現存の納屋文庫本と別板本の存在した事が知られる。
❖本文は、仏兮・湖中の『俳諧一葉集』以下、芭蕉の全集順に多く収められている。本書は芭蕉二十九歳の時の処女著作であると共に、芭蕉が生前、署名して自著として出版した唯一の書である。
❖その内容は、ことにその判詞において、芭蕉は当時遊里などに流行の小唄や六方詞などを自由自在に駆使して、軽妙洒脱に洒落のめしており、その澗達で奔放な気分は、談林俳諧の先駆と称して過言でない。❖談林俳諧がその旗幟を天下に鮮明にしたのが延宝二年とすると、本書はそれに三年も先立っており、いかに芭蕉が時代の息吹に敏感であったかを実証する。
即ち、芭蕉の判詞は 合せた発句よりはるかに遊蕩気分の横溢したもので、後年の清僧の如き翁からは想像もしがたい底のものである。
その点、芭蕉生涯における思想・作風の変遷を跡づける重要な資料と目される。


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