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続・樹木葬という考え方

2012年08月16日 | ふと思ったこと
タイトルに「続・樹木葬・・・」なんて書いてしまいましたが、前編は2007年1月の記事だった。
この5年の間に、我が家もご近所も、日本も世界も、いろいろなことがあったけれど、今日も元気に生きている・・・それだけでもう、十分ありがたいです。



昨夜、NHKのニュースを見ていたら、東京都の樹林墓地、500人の募集に対して16倍を超える応募があったとのこと。
特に「生前」の申込み枠325人分に対しては、7067人の申し込みがあり、倍率は21倍を超えているとのこと。

この背景として考えられるのは、核家族化が進む中、見てくれる人がいない、あるいは残った人に、お墓の管理やなにかで迷惑をかけたくないという思いの人が多いからではないかということです。以前、樹木葬について調べて欲しいと聞かれた方もやはり同じようにおっしゃっていました。
死んだ後は、自然に還りたいと思う方もいらっしゃるでしょう。
それは、現代を生きる多くの方たちも思い当たるような理由だと思います。





実は、それとは別に、魂の深いところで、樹木葬について、大いなる何かが喜んでいるのを感じます。
ようやく、気づいてくれたんだね、と。
何かって何?って聞かれたら、さて何でしょうか?・・・と、あなたに下駄を預けまする(笑)


 


でね、1000年に一度の地震があった日本に住んだら、1000年先のことを考えるのです。
途中で倒れたり枯れたりしなければ、1000年の巨木になる。1000年後に大きな地震があって、遺骨の欠片が出てきても、なんの問題もないですよね。
比べて、1000年に一度の地震と津波に耐えられず、住民の故郷を奪ったのが原発。1000年どころか、10万年後の未来まで後始末に困るのは、原発の放射性廃棄物。だから、やっぱり脱原発。と、いつもこの結論になるわけですが。


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